第2話 とあるオンゲの日常会話

 青い空、白い雲、ついでに年中新緑の大地に絶対飛び込む事の出来ない母なる海。

 現実の世界のどこかの景色をベースとしながらも、まったく異なる世界。

 と言っても異世界ではなくて、その世界は広大な電子の海の中に構築された人工島のようなもの。

 つまりは『オンラインゲーム』の中でももうすでに賞味期限切れとまで揶揄されるジャンル、『MMORPG』の中だ。

 僕の名前はリリィ……ではなく小和田誠一、25歳。

 小学校時代から仲のいい友人4人と一緒に特に新作でもない老舗のMMORPGを始め、その魅力にすっかり取りつかれてしまったうちの一人だ。

 そのタイトルを選んだのは月額課金である事、国内外で人気のビッグタイトルの一角である事、そして何より数年前に発売されたゲームとは思えないほど世界が綺麗だった事だ。

 リリィ=リィというのは僕がこのゲームで操作する自分の分身に着けた名前で、ぱっと見はドラ〇もんを彷彿とさせる幼児体型(ただしお腹はそこまで出てない)の種族で、性別は女性。

 そんなキャラクターを操作しているものだからチャットは自然と女性を意識した感じになってしまって、事情を知る友達3人以外のゲーム内でのみ付き合いのあるフレンドさん達からはきっとプレイヤーである僕自身も女性だと思われている事だろう。

 そういうプレイスタイルはネカマと侮蔑されがちだけど、僕の場合は自ら明かさないだけで聞かれたらちゃんと答える心の準備はできているのでネカマではない、断じて。


リリィ=リィ:こんばんは♪


 ログインして最初にやるのは所属しているギルドやサークルに挨拶してまわる事だ。

 やっぱり人間関係、挨拶は大事だと思うし。

 次々に返ってくる挨拶ログを眺めていると、この時間なら必ず挨拶を返してくるはずの名前が2、3無かった。

 ログインしていないのかな? と思ったけどフレンドリストを確認してみると彼らはちょっと難易度の高いコンテンツを攻略中らしい。


イリス=グラジオス:よぉ。ちょっと通話しようぜ


 イリスは同じギルドに所属している、4人の友人のうちの一人だ。


リリィ=リィ:おっけ~


 言うが早いかスマホが着信を知らせる。

 ハンズフリーモードで応答すると、スピーカーの向こう側から聞きなれたちょっと低めの声。

『アールちゃん、レイド行きたいってさっき言ってたぞ』

「え、まじで。いいじゃんいいじゃん」

 レイド、とは攻略難易度が極めて高い熟練者用のコンテンツ。

 僕はイリスや他のメンバーと既に攻略が済んでいて、気が乗ったら遊びに行く程度だけどアール=リコというフレンドさんはこれまで全くそういうコンテンツに挑んだことのないまったり遊ぶタイプの子だ。

 だから親しくはなったけどたまり場で雑談に花を咲かせる以外取り立てて一緒に遊ぶなんて事もこれまであんまりしてなかった、という間柄だけど。

 それでも自分自身が体験して面白いと思ったコンテンツを一緒に遊べるというのは何よりも嬉しいな、と感じる。

『いや誠一さぁ。よく考えろって。いや俺はダメだとは言わないぜ? でもなぁ……』

 今、アールちゃんは僕たちがこのゲームを始めた直後から何かと世話を焼いてくれる親切な二人組と、そして彼女の彼氏だという人と4人でコンテンツに連れ立っている。

「え~、いいじゃんよ。一緒にやれれば」

『よく考えろ。自分の役回りをきちんとできると思うか? あの子がさ』

 そんな僕の呑気な肯定はイリスこと三島敬太(大学院生)に一蹴されてしまう。

「それはそうだけど……それは僕たちだって一緒だったろ、敬太」

 そう、RPGとは言えどもアクションゲームの要素が少し盛り込まれたこのゲームでは本家のアクションゲームほどではないにしろある程度状況判断が求められる。

『もう再来月にはさらに上のレイドが来る今の時期と俺らが挑み始めた実装当初とはもう事情が違い過ぎるだろーが』

「う~ん……まぁそうなんだけどねぇ」

 彼女……アールちゃんはあまりゲームが上手い方ではなかった。

 まぁ、それでもやってみたいというなら僕はいくらでも付き合うつもりだけどね。

『まーたお前さんの事だから直接聞いたら抱え込むんじゃねーかと思ってな、一応忠告しといた』

「そりゃご忠告どうも。用事それだけなら通話切るぞー、もう電池切れそうだし」

『わかった。またな』

 通話を終了すると、僕はエモートの寝転がるをクリックしてその場にキャラを仰向けに横たえる。

 言いたい事はわかるんだ。

 でもまぁ……僕は……。


アール=リコ:ごめんねーボス戦してて遅れちゃった。リリちゃんこんばんは~☆

ラズベリー=パイ:こんばんは~

ウィン=タージ:こんばんは

セシル=ハーヴ:いよぉおパンツちゃん


 コンテンツを終えてフィールドに戻ってきたフレンド達の最後の挨拶に突っ込みを入れるべくキーボードを激しく叩く。


リリィ=リィ:パンツじゃないもん!

ラズベリー=パイ:その恰好で言っても全く説得力ないけどねw

ウィン=タージ:……。

セシル=ハーヴ:自分から見せておいてそれはどうよ?


 横たわったリリィ=リィはミニスカートにブーツをはいた格好で確かに角度によってはスカートの中身が見えてしまうけど。


リリィ=リィ:そんなに幼女のパンツが見たいか!

ラズベリー=パイ:あ、自分のキャラが幼女だって認めたよこの人

リリィ=リィ:あああああああああああああああああああああああああ!!


 自爆した……。

 いつものやり取りだけどどうしてこうも毎日毎日僕はこの人達の話術に引っかかってしまうんだろう。

 僕が使用するキャラクターの種族は人間タイプの中で最も身長が低く、でも頭と胴の比率が現実世界の人間と異なるため『人間ではない』とごり押ししてCEROを封殺した見た目もしぐさも可愛い種族。

 でも世間一般、というかこのゲーム内ではやれ幼稚園児だのロリっ娘だの散々言われていてプレイヤーとしてはちょっと思うところがあるんだけど……。


アール=リコ:ああああああああああああ


 僕の真似をしてアールちゃんがリリィの横に同じ向きで横たわる。


アール=リコ:へへ、おんなじ~


 ちなみにアールちゃんのキャラは足元までのローブを羽織っているのでパンツが見える事はない。


リリィ=リィ:……


>>アール=リコ:ねえねえリリちゃんリリちゃん

リリィ=リィ>>:ん?どうかした?


 突如横たわったままのアールちゃんから個別チャットが飛んでくる。

 まぁこれもいつもの事だし大抵何らかの相談事(特に彼氏関連)の話を寝るまで聞く事になっている。

 でも今日ばかりはその僕の予想のはるか上を行く彼女の提案が待ち受けていた。


>>アール=リコ:ねね、オフ会しよ♪

リリィ=リィ>>:は?

>>アール=リコ:オフ会だよ~知ってるでしょ?

リリィ=リィ>>:そりゃまぁ知ってるけども


 オフ会=オンラインで知り合った人同士が現実世界で顔を合わせる事。ただし元々現実世界でつながりのある人は除外。


>>アール=リコ:ねえ、いいでしょ~。一緒にゴハン食べたり買い物行ったりしようよぉ


 その誘いに僕は段々と冷や汗がじっとりと額を濡らす感覚を覚えた。

 何せ自分からアールちゃんに『プレイヤーが男』だと伝えてはいないのだ。

 ……いつかは明かそうと思ってはいたんだけど。

 恋愛相談とか乗ってるうちにどんどん言い出しづらい状況が作り上げられてしまい……明かすタイミングを逃しまくって今に至るわけで。

 いや、これは逆に正体を明かすチャンス……なんだろうか。

 でもさ。

 正直に明かして、嫌われたらどうしよう?

 せっかくすごく仲良くなれたのにこんな些細なミスで嫌われるなんて事になったらイヤだなぁ……。

 ちなみに今目の前にいるいつもの仲間達の中では、元々友達だった敬太と何故か考察だけで男だと気づいたラズベリーさんとセシルさんは男だという事を知っている。

 アールちゃんとその彼氏のウィンさんは知らない……と思う、少なくとも僕にその情報は入っていない。

 ん~~、これは……ヤバいなぁ……。


>>アール=リコ:ねえってばー?聞いてるー?

リリィ=リィ>>:あ、うん……


 大粒の汗が一滴、頬を伝う。

 ……ええい、素直に言っちゃおう!


リリィ=リィ>>:んと……アールちゃん……

>>アール=リコ:なぁに?


 キーボードを打つ手が腕ごと小刻みに震えてこの後彼女から拒絶される恐怖を表現する。

 いや、でも言わないと。

 間違いを正さないと。

 ようやく僕は次の一文を、誤爆しないように細心の注意を払ってアールちゃんのみへ伝える。


リリィ=リィ>>:ごめんなさい!わたし……いや僕本当は男だから!!

>>アール=リコ:あ~、やっぱりね。うん、知ってたよ?

リリィ=リィ>>:へ?


 その全く予想していなかった答えに震えはぴたりと止まったけど冷や汗はどんどん頬を伝う。


>>アール=リコ:だってみんなと話ししてるの見てるとクラスの男子がする雑談みたいな話し方になってるし。それにね……。

リリィ=リィ>>:それに?

>>アール=リコ:女の子は自分からパンツ見えるような事、しないものw

リリィ=リィ>>:ああああああああああああ!!


 仕方ないじゃないか。

 だって僕は紛れもない男で、同性愛者でもないから本物の女の子と同じ感性なんて持ってないし、それに四半世紀生きた中で最も接点のある女性はお母さん、次いでお祖母ちゃんな僕には彼女ができた時期は無いんだ。

 学校に通っていた時代はもちろん、社会人としてお勤めしている今だっていわゆる女っけは乏しいどころではなく皆無なんだ。

 ……過去に好きになった女の子がいないわけではないけども。


>>アール=リコ:だからね、大丈夫だよ?

リリィ=リィ>>:だだだ大丈夫って何が?そもそもアールちゃんはウィンさんって人が……。

>>アール=リコ:別にデートしたりするわけじゃないんだし大丈夫って意味だよー。それともリリちゃんあたしとデートしたいの?

リリィ=リィ>>:…………


 どうして僕の周囲の人たちはこうやって僕を追い込んでいくんだろう?

 そんなに弄り易いのかなぁ、僕?


>>アール=リコ:あ、どーしても嫌だって言うならねぇ

リリィ=リィ>>:言うなら……?

>>アール=リコ:ウィンにバラしちゃお、リリちゃん中身♂だって

リリィ=リィ>>:やめてやめて!何でもしますから!!

>>アール=リコ:やった!んじゃあねえ……


 その後、お互い予定が空いている日で日程は確定。

 当日の服装を決め、さてそろそろ落ちようかなと思ったところで……。

>>アール=リコ:あ、ラインID教えてね


 とどめの連絡先交換が来てしまった。

 これさえなければ当日どうとでも言い訳できるんだけどな……。

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