ビスマルクの書簡
呆然としていた母親が走り出てきました。
「結果を貴女はどう責任をとる?」
と女が聞きますと、顔面蒼白の母親ですが、
「息子は幼く思慮分別もありません、私の責任です、どうか私に罰を!」
引きつった声でした。
女はじっと母親を見ていましたが、おもむろに口を開き、
「行きなさい、早く、私の古傷が口を開いただけです、早くいってしまいなさい」
といったのです。
後日、ベルリンテロ未遂事件と呼ばれた事件の現場に、ヒルデガルドはいたのです。
……あの女がアリアンロッド……なぜ、男の子を助けたの?なぜ?……
冷酷非道な女ではないの……わからない……なぜアリアンロッドは戦争を始めたのか……
ベルリンのブランデンブルク門付近の沿道で、ヒルデガルド・クラムの憎しみの中に、なにかの疑問が沸き上がったようです。
講和会議の結果、ドイツ帝国とオーストリア=ハンガリー帝国は解体されました。
普仏戦争前のいくつかの王国群に、ドイツは戻ることになったのですが、ビスマルクの手腕のおかげでオーストリアを巻き込み、ドイツ国民の神聖ローマ帝国が成立。
そして帝国には、ブラックウィドゥ・スチーム・モービル社の株が、二株あてがわれたのです。
膨大な賠償金を支払い、アルザス=ロレーヌ地方を放棄することにはなりましたが、世界支配機構のブラックウィドゥ・スチーム・モービル社二株株主、つまり世界プレイヤーの地位は確保することに成功しました。
一八七五年の十二月、世界は大きく変化したようですが、クラム男爵家は、コトブスの領地でなんとかクリスマスを迎える準備を始めました。
「今年は静かにクリスマスを過ごそう」
長兄の提案は家族の想いでもあり、プレゼントも控えることにしたのです。
二十二日の昼食時、長兄がヒルデガルドに、
「ビスマルク宰相より書簡を預かっている」
「内容は私にも同じような書簡が来ているので承知している」
「お前の考え次第で決めればよい」
と云ったのです。
書簡に目を通したヒルデガルドは考え込んでいましたが、返事をしたためたようです。
一八七六年の一月、ポツダムのサンスーシー庭園内の『Chinesisches Haus――中国の家、または中国茶館――』の玄関にヒルデガルド・クラムの姿がありました。
あたりは雪景色、白銀の中、金で装飾された柱などが、キラキラと輝いています。
玄関前にしばしたたずんで、何かためらっているヒルデガルド・クラム。
するとドアが開かれたのです。
ドアを開いたのは、少しばかり勝気な顔の婦人戦闘団の士官でした。
首にはチョーカーと呼ばれるものをつけています。
高級士官と思われます。
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