第六章 ヒルデガルドの物語 嫌々ながら女にされて
ベルリンのパレードを眺めながら
一八七五年の八月、プロイセンの男爵令嬢ヒルデガルド・クラムはベルリンのブランデンブルク門にいた。
目の前をノーザンクラウン婦人戦闘師団が通り過ぎていく。
ドイツ帝国の敗戦、無様なほどに打ちのめされての講和会議、悔しい思いを噛み締めながらヒルデガルドは眺めていた。
* * * * *
一八七五年の八月、ベルリン、ブランデンブルク門……
ベルリン市民は重苦しい沈黙に包まれていた。
目の前をノーザンクラウン婦人戦闘師団が通り過ぎていく。
ドイツ帝国の敗戦、無様なほどに打ちのめされての講和会議。
普仏戦争でフランスをたたきのめしたのは最早過去の栄光。
ドイツ帝国は、解体されるかも知れない危機に有ることを市民は感じているようだ。
美貌で名高いプロイセンの男爵令嬢、ヒルデガルド・クラムも群衆の中にいた。
悔しい思いを噛み締めながらヒルデガルドは眺めていた。
クラム男爵家は、ブランデンブルク辺境伯領のコトブス近郊に領地をもつユンカーで、先祖はドイツ騎士団の騎士とつたえられている名門である。
クラム男爵以外の一族の男は、プロイセン陸軍将校になるのが伝統となっているほどの軍人一族、事実今回のアウグスタ戦争では、ヒルデガルドの伯父と兄が戦死している。
末っ子のヒルデガルドはこの戦死した兄が大好きだった。
いつも頭を撫でてくれる優しい兄、長男はクラム男爵家を継ぎ、次男であるこの兄はドイツ帝国陸軍士官として、ヴェルダン要塞攻略戦で名誉の戦死を遂げてしまった。
ノーザンクラウン婦人戦闘師団所属の、ブーディッカ婦人戦闘団の装甲車の砲撃によるものと聞かされた。
遺体は跡形も無かった。
ヒルデガルドは、そのブーディッカ婦人戦闘団がブランデンブルク門を通り過ぎると聞き、せめて怨みの一つでもいえないかとベルリンにやってきたのだ。
……ヨーロッパ最強と恐れられていた我がドイツ……
それがブラックウィドゥ・スチーム・モービルという、私兵集団にたたきのめされた。
しかもその私兵集団は婦人戦闘部隊……屈辱以外の何物でも無い……
沿道の群衆がざわついてきました。
徐々に罵声が聞こえ始めます。
一台の九八式装甲運搬車がやってきました。
群衆はそれに乗る一人の女に罵声を浴びせているのです。
遠くからなので顔かたちもハッキリとはわかりませんが、威厳というものがまとわりついています。
……この人殺し!……
……鬼!……
……死神!……
ヒルデガルドも大声で叫びました。
……魔女!兄を返して!……
女は平然と罵声を受け流しています。
そして事件が起ったのです。
ヒルデガルドの隣で、同じように子供連れの母親も罵声を浴びせています。
するとその息子が、沿道の警備を振り切るかのよう走り出たのです。
やってくる九八式装甲運搬車の前に立ち、パレードを止めた少年。
沿道からの罵声が静かになります。
「パパを返して!」
子供の声が響きました。
女は少年をじっと見ています。
「パパを返して!」
少年は女をにらみつけながら再び云ったのです。
「少年、それは無理です」
「じゃあなぜ、パパは死んだの!」
「戦場に出たからです、戦場は死が踊る場所、その地に足を踏み入れた以上、結果は許容されねばならぬ」
「そんなこと僕は知らない!パパは死んだ、お前も死ねばいい!」
小さいナイフがきらめきました。
女の腹部から血がにじみ出ています。
沿道の群衆は息を止めたようです。
ベルリンが恐怖で息を止めたといえるでしょう。
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