フランスのお姫様が玉露を所望


 翌朝、きらびやかな婦人たちが、第一利根川船に乗り込んできました。

 洋装の四人、軍服姿の四人、そして和装の二人、計十名の若い婦人たちです。


 船長の坪井航三少佐以下、乗組員は緊張した面持ちで並んでいます。

「第一利根川船ようこそ、ブラックウィドゥ・スチーム・モービル社の、麗しきご婦人のご乗船を歓迎いたします」


 英語で歓迎の言葉を述べてくれましたが、かすかにアメリカの響きがありました。


「あら、アメリカにいらしたのですか?」

 アリソン・ベルが嬉しそうに声をかけました。


「小官はアメリカアジア艦隊のジョン・ロジャーズ閣下のご紹介で、コロンビアン・カレッジに留学しておりました」


 マーガレットが委細かまわず、

「ご招待を受け、楽しみにしておりました、女ばかり、総勢十名、よろしくお願いします」


「なにかと至らぬことがあるかもしれませんが、最善を尽くします」

 そういいながら、坪井少佐は和装の二人を怪訝な顔で見ていました。


 ルイーズが、

「坪井船長、このたび日本の方が、ブラックウィドゥ・スチーム・モービル社に入られたのです」


「それでご一緒にとお誘いしたのですが、ご迷惑でしたか?」

「これは失礼しました、八名と伺っていましたもので、勿論歓迎いたします」

 

 波穏やかな内海クルーズとなりました。

 キャビンに案内されるとテーブルが三つ、急遽一つ追加したようです。


「千代女さん、お春さん、ここに座りましょう」

 ルイーズが声をかけます。


「ルイーズ様、私たちに気を使われなくても、皆様と同じテーブルで……」

「皆一緒といいましたよね、お二人こそ気を使わなくてもいいのですよ」


「それより、この船は日本の船ですよね?」

「お二人がおっしゃっていた玉露というお茶、出していただけないかしら?」

「それなら聞いてきましょう」

 お春さん、腰が軽いようです。


「坪井船長様、フランスのお姫様が玉露を所望されておられますが、用意できるでしょうか?」


「玉露?ですか……おい、だれか、玉露というもの、本船にあるかキッチンに聞いてこい!」

 従兵が走っていき、そして戻ってきました。


「あるそうです!」

「用意できるようです、どのくらい用意すればよいか、皆様にお尋ねしてもらえませんか」

 坪井船長、やはり日本人のお春さんとは、喋りよいようです。


「ルイーズ様、用意できるとのことです、どのぐらい用意すればよいかと、船長が申しておられます」


 結局、ルイーズが皆の希望を聞くと、全員飲んでみたいとのことです。


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