煙管(キセル)の啓示
千代女とお春にとっては始めての紅茶、お茶といわれたので緑茶と思っていたようです。
「お茶はお嫌いかしら?」
ルイーズが聞きますと、
「始めていただくお茶です、こちらのお茶は甘みがありませんので……」
「日本では砂糖はいれないのですか?」
「お茶には入れません、ただ最高級の玉露――天保年間、山本山の六代山本嘉兵衛が作ったといわれている、ウィキペディアより――は、ほのかに甘みがあるときいていますが、私は飲んだことがありません」
千代女さんが答えています。
「玉露?」
「高いお茶で、入れ方も難しいと聞き及んでいます、お殿様なら口にされるでしょうが、私のような下の者たちの家では……」
「そちらの方は?」
お春さんに話が振られると、
「甘いお茶は年に一度、潅仏会にお寺でいただくことがあります、子供の頃、楽しみにしていました」
「甘いのがお好きなの?」
「はい」
ルイーズが会話を取り持ちます、その結果、徐々に話は盛り上がり始めます。
四人から結構根掘り葉掘り尋ねられたのですが、千代女とお春は丁寧に返事をしています。
なんとなく和んできたお茶会……
「失礼なことですが、皆、聞きたいことなので、私が代表して聞きます、怒らないでね」
「どうぞ、なんでも聞いてください」
と千代女が答えます。
身売りのことを聞かれました。
千代女は家のため家族のために身を売ったこと、自ら頼んで勘当してもらったこと、その後父が亡くなり葬儀にも出られなかったことも……
お春の境遇はもっと酷く、幼くして母が亡くなり、後妻に育てられたのですが、十歳のとき父親が博打に入れあげ借金まみれに、であっさりと売られたようです。
ただここにきた経緯は四人の興味を引く話でした。
お春は妓楼の中で育てられそれなりに女になって、どこの誰ともしれない男に水揚げされ、いらい女郎として日々を過ごしていた。
ある日の晩、夢の中で神様が出てきて、
『明日、女神が昼見世にやってくる、煙管(キセル)を差し出されたら必ず受け止めよ』
との啓示をうけたそうです。
するとアリアンロッドがやって来て、煙管(キセル)を差し出したが、受け取ろうとすると偉い人に凄い勢いで怒鳴られ取り損なった。
でガッカリしていると千代女と一緒に購入された……
神の啓示かも知れないこの話、あまり触れてはいけないと思われ、四人はスルーすることにしたようです。
「大変だったのですね、私もお二人と似たような境遇、オルレアネー王国成立の為、アリアンロッド様に一族から差し出された献上品です、ただ今は幸せです」
「アリアンロッド様に全てを捧げて、お仕えすることは生甲斐でもあります、これから仲良くいたしましょうね」
ルイーズがこのようにいったとき、残りの三人もハンカチなどで目をぬぐっていました。
基本的にはこの四人、というよりアリアンロッドが好ましく思う方は『善人』なのでしょう。
マーガレットが、
「明日、私たちは日本政府より内海観光遊覧に招待されています、お二人もご一緒いたしましょう」
「でも私たちは……」
と、遠慮ぎみの千代女とお春ですが、
「今回の招待は日本政府がこの川口居留地に滞在している、ブラックウィドゥ・スチーム・モービル社の関係者を招待するもの」
「お二人は立派なブラックウィドゥ・スチーム・モービル社の関係者、さらにはセパレイティスト・クラブの会員、人種や貴賎は関係ありません、一緒に招待を受けましょう」
とのルイーズの言葉に頷いた二人です。
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