歪み空間の中の苦闘


「歪み空間に突入」

 突然廻りの景色が白い霧につつまれたタテ号。


「広域監視装置機能停止、太陽光発電装置機能停止、方位磁石機能停止、非常発電装置起動、操縦士の手動操縦をお願いします」


 どうやら非常操縦計算処理装置というものだけが機能。

 動力もガソリンで動く非常発電装置だけのようです。


「進路を左三十度、上昇角十五度、速度百五十キロ」

「進路戻し、水平飛行、速度百八十キロ」

 タテ号は激しく揺れながらも、最大速度で突き進んでいます。


 ……出口が見えてきたけど出力が足りないわね、水素エンジン内の水素を爆発させ非常加速ブースターですか……まさかこれを使うことになるとはね、想定外ね……


「もうすぐ歪み空間の出口です、出力が足りませんので水素エンジン内の水素を爆発させる非常ブースターを使用します」

「一番、二番、四番のプロペラ配電装置を解除してください」


「一番、四番の水素エンジンブースター点火」

 テラ号はありえないスピードで加速を始めます。


「気嚢破損、脱出を最優先、二番水素エンジンブースター点火」

「歪み空間脱出」


 タテ号の視界に見慣れた景色が戻ってきました、でも夜のようです。


「一番、四番水素エンジン発火、切り離し」

「気嚢破損によりヘリウム減少中、着水準備」

「二番水素エンジン破損、修復不能、切り離し」

 

 矢継ぎ早に非常操縦計算処理装置は指示を出し、ユージェニー・ビンガムは正確に操作しています。


「着水確認、与圧キャビンに浸水なし、沈没の恐れなし、気嚢全損のため収納、太陽光発電使用不能」


 こうしてタテ号は歪み空間から無事に脱出、夜の海に満身創痍で浮かんでいたのです。


「タテ号大破、全自動操縦装置が機能しませんので本装置が引き続き指示します」


「三番水素エンジン、水上走行モードで再起動、広域監視装置再起動、非常発電装置稼動中、収納ボックス内のガソリン残量六千リットル」

「現在地はいわゆるサルガッソ海の中、西よりに位置しています」

 

「これからの操縦士の判断をお示しください」

「最短で最寄のブラックウィドゥ・スチーム・モービルの発着場に帰還したい」


「時間と云う意味での最短と判断、この位置とタテ号の破損状況から、メキシコ湾流を利用しナンタケット島発着場が最短です」


「食料などは足りるのか?」

「ナンタケット島発着場まで推定で十日ほど、嵐などの自然条件で三日ほどの遅延がある可能性があります」


「飲料水は三番水素エンジンが動きますので、水素燃料取り出し時に供給できます」

「食料は収納ボックス内にあるもので十分まかなえます」


「無電でナンタケット島発着場と婦人戦闘団本部へ連絡してくれ」

「電文は『我、予期せぬ気象状況により大破なるも乗員は無事、アメリカ艦隊を発見するも、プエルトリコから離れた模様』、あと被害状況と帰還予定を知らせておいてくれ」

 同乗の整備兵へ打電を指示しました。


 すぐに返電があり、ブラックウィドゥ・スチーム・モービルのアドリアティック号が近くにいるので迎えに寄こすというもの。


 後三日でたどり着くので指定会合地点へ向えとのことでした。

 その後アドリアティック号からも確認の通信が入ってきました。


「中尉、こんどはサルガッソ海を航行ですか?」

「あと三日の辛抱だ、アドリアティック号が迎えに来てくれなければ、二週間だぞ」


「やれやれ、でも何とか無事に帰れそうですね」

「そうだな、タテ号が水上走行できてよかった」

「そうですね」


「帰ったら休暇を申請してやるから我慢してくれ」

 ユージェニー・ビンガム以下五人のクルーは、会合地点までサルガッソ海を航行することになったのです。

 

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