第四章 ユージェニー・ビンガムの物語 タテ号の受難
タテ号の改修
ヨーロッパで戦争が囁かれ始めたころ、ユージェニー・ビンガムは北米唯一のパイロットとなっていた。
新しい任務を命じられ、そのためにタテ号は単独で操縦可能に改修された。
新任務はアメリカのプエルトリコ侵攻を阻止するというもの。
幽子で成立している世界を救うためのもう一人の邪魔者、アメリカの価値をアリアンロッドが値踏みするためでもあったようだ。
しかし新任務の途中、想定外の事態に直面した……
* * * * *
マーブル・ヒル・レディス・スクールの後期課程は軍事課程となっており、ブラックウィドゥ・スチーム・モービルの軍事組織、婦人戦闘団の幹部養成を目的としている。
軍事課程の中には飛行船を扱う飛行科がある。
飛行科の一期生は二十名、中でも操縦士専攻は、心理適性検査と航空身体検査が必須。
この適性検査のために操縦士専攻の学生はたったの三名、その中にユージェニー・ビンガムの名前もあった。
後の二人はイヴ・マケリゴットとビニー・アシュモア。
ユージェニーの適性評価は、このビニー・アシュモアにはやや劣っていたが、イヴ・マケリゴットよりは上というもの。
それでもユージェニー・ビンガムは立派なことに、三ヶ月でなんとか新型飛行船を操縦できるまでになっていた。
そして訓練飛行船として就航していた、ネヴァン号の副操縦士となった。
正操縦士になっていたビニー・アシュモアと一緒に、初めての大西洋往復飛行に挑み、見事に成し遂げロンドンのマーブルヒル飛行船発着場に先ごろ帰ってきた。
のんびりと故郷アイルランドのキルデア州北部メイヌースでクリスマスを過ごしたユージェニー・ビンガムは、一八七五年を迎え新しい飛行船タテ号の正操縦士となった。
遅れて副操縦士になったイヴ・マケリゴットとともに、大西洋往復航空路を行き交いしていた。
そしてヨーロッパに戦雲が迫る情勢に鑑み、イヴ・マケリゴットはヨーロッパに戻り、大西洋往復航空路に就航するタテ号は、ビニー・アシュモア一人で運航する非常態勢となった。
最新の全自動離発着装置がアリアンロッドより提供され、全自動の離発着も可能となった結果である。
「最新の全自動離発着装置をタテ号に設置した」
「当面、大西洋往復航空路の操縦士は貴女一人となる」
「本当は貴女もヨーロッパに戻ってほしいが、アメリカとの航空路も維持しなければならない」
「しばらく操縦士はアメリカ方面へは配属されない」
「激務となるので、ベテランの貴女を当てることになった」
婦人戦闘団司令官のクレア・ミラー准将の言葉であった。
「謹んで拝命いたします」
「ユージェニー・ビンガム中尉、ブラックウィドゥ・スチーム・モービルの北米部隊の戦力は、貴官が乗るタテ号とナンタケット島発着場の整備小隊だけだ」
「ヨーロッパでは戦争が間違いなしに起こるが、アメリカ合衆国も国内を統一、ネイティブ・アメリカンに対して圧力をかけつつある」
「アリアンロッド様の厳命で、ネイティブ・アメリカンも合衆国政府も表立って争いを起こすとは考えられないが、火種はくすぶっている」
「アメリカ人の私がこのようなことをいうのは奇異だろうが、アメリカは膨張したくてたまらないのだ」
「そしてアリアンロッド様はアメリカを警戒されている」
「言葉は悪いが、理由があれば躊躇なく叩きのめすお考えと私は思えてならない」
「ヨーロッパで戦争が始まり、ネイティブ・アメリカンとの争いを止められている以上、キューバなどへのスペイン植民地に、アメリカから何かしらの圧力があるかもしれない」
「イギリスとブラックウィドゥ・スチーム・モービルは、共同してバミューダ諸島のバミューダとニュー・プロビデンス島のナッソーに、小さな飛行船発着場を設営した」
「タテ号はナンタケット・バミューダ・ナッソーを周回しながら、威力警戒偵察を行ってほしい、これが本当の任務である」
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