行き倒れの娘
……貧しい人が多いわね……アイルランド人かしら……
黄昏が迫り来る中、お茶の湯気の彼方に、マーガレットは何かの塊を認めました。
ブレスレットを授かって以来、人より視力は良くなっているマーガレット、凝視すると……
……えっ、女の子?
子供じゃないの、妹のリンダより下かしらね……
何故あんなところで?
あっ、頭が少し動いている……
通り向こうの街灯を背に、女の子がうずくまっているようなのです。
ここでマーガレットはプリンセスらしからぬ行動にでます。
「美味しかったわ」
と言うと、席を立ちスタスタと玄関へ。
ドアマンに、
「ねぇ、あの子はこのあたりの子なの?」
「あぁ、多分紡績工場の娘ですね」
「この不況で先日勤めていた工場が倒産したのです」
「仕事を探しているのでしょう?ひょっとすれば孤児院へ収容されるよりはと、逃げ回っているのではありませんか?」
「誰でも『殺されてパイの材料にされる』――ビクトリア時代においてまことしやかな流れた噂、らしい、真偽については作者は分からない――のは嫌ですから」
それを聞くとマーガレットは街路を渡りました。
そしてうずくまっている女の子の前に立つと、
「ねぇ、何をしているの?」
突然、頭の上から声をかけられた少女は驚いた顔をしましたが、
「仕事を探しております」
と、しっかりと答えました。
見ればボロボロの服ですが、キチンと洗濯されており、そこらのストリートチルドレンのように垢まみれではないようです。
「ねぇ、貴女の名前を教えてくださらない?」
「アシュレイ・スマイスと申します、貴女は?」
「マーガレット・ヨーク」
さすがにハノーバーとは、いえなかったようです。
さらに歳を聞くと十四歳、受け答えがしっかりしているのに感心したマーガレット。
そして近頃、母であるジョージアナから、優秀な人材をスカウトする話を思い出したのです。
「貴女、食事はしているの?みれば顔も蒼いし」
「……」
「とりあえずこれを食べなさい、婦人戦闘団の軍用携帯食料だけど」
そういって、いわゆる乾パンと缶のミルクティーをさしだしました。
「……」
「どうしたの?」
「見ず知らずの方から貰うわけにはいきません」
「たとえアウグスタ様の公妾様であっても」
アシュレイ・スマイスは空腹で倒れそうなのに、凛としていったのです。
マーガレットを見上げるアシュレイの顔は、高貴な風貌が漂っていました。
……賢いわ、この娘、貴族なのでは……なら施しは嫌なのでしょうね……
「これは失礼したわね、私は本当はマーガレット・ハノーバー、クィーン・ジョージアナは母になるわ」
「貴女に仕事をあげるわ、だから食べなさい」
「雇う相手が空腹でフラフラしていては、雇えないでしょう?」
「……ありがとうございます……でも仕事って……なんでしょうか?」
「アウグスタ様にお仕えするか、それが嫌ならブラックウィドゥ・スチーム・モービル社に推薦してもいいわよ」
「私としては、ウェイトレスになってアウグスタ様にお仕えしてほしいけど、無理強いは出来ないわ」
「行き着く先は公妾ですからね、もっともなれるかどうかは本人次第ですが」
「アウグスタ様にお仕えできるのですか?美しくなければ無理と聞き及んでいますが?」
「貴女は大丈夫と思うわ、アウグスタ様は賢い女はお好きなのよ、潔いのもね」
「それに十分貴女は美しいわ、でっ、ウェイトレスを希望と考えていいのね」
「……お願いできますれば……」
「ではとにかくこれを食べなさい、貴女、空腹で歩けないのではないの?」
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