【コウジ君】
朝食を食べ終えた祖父に好きな昆布茶を入れながら私は、聞きたいことと聞きたくはないことが入り交じる複雑な気分に陥っていた。
母に・・・・男?
疑念を打ち消すように私は小刻みに首を振った。
見れば祖父はぼんやりとソファーに座っている。
どこまで、何を知っているのか、その表情からは何も読み取れない。
「はい、昆布茶」
「うん」
「で・・・・さっきの話なんだけど・・・・」
「何の?」
「お母さんの、その・・・・コウジ君っていう男の友達がいるっていう──」
「ああ、あれは美味しかったねぇ。コウジ君が作ってくれたあれね」
「え、ちょっと待って、コウジ君が作ってくれた? 何を? 何を作ってくれたの?」
「お昼御飯」
「御飯? どこで?」
「お台所」
「ええっ」
驚きのあまり祖父を凝視すると、何事もない風な涼しい表情で茶をすすっている。
コウジ君──母の口から1度も聞いたことのないその名前。
そしてその男はあろうことかウチに入り込み、祖父に昼食を作るというズカズカと踏み込んだことまでしているという。
信じられない。
あの母が? 昼間、男を引き入れていた?
祖父がいるにも関わらず、この家に!?
「ね、おじいちゃん、そのコウジ君て人はいつからウチに来るようになったの? 覚えてる?」
「ん~・・・・」
鮮明に覚えているようには見えない。
「えっと・・・・あ、そうだ。お正月、あったでしょ? 今年のお正月。あれよりも前から来てたの? それとも過ぎてから?」
「お正月・・・・お正月・・・・」
「うん、ゆっくりでいいから思い出してみて」
「・・・・お墓参りのあとだなぁ」
「お墓参り? ・・・・あ、おばあちゃんの? 去年の秋のお彼岸のこと?」
「うんうん」
「間違いない? 秋のお彼岸が過ぎてからコウジ君て人がウチに来たの?お正月が来る前に?」
「うんうん」
まさかの答えだった。
4年前に亡くなった祖母の墓参りに家族全員で出掛けた去年の秋の彼岸。
謎の人物コウジ君はそれ以降にウチに来たという。
「ね、おじいちゃん。ゆっくりでいいから知ってることや思い出せることを教えて。お母さんとそのコウジ君が何を話していたか、話してたことで覚えてることある? 御飯を作ってくれて一緒に食べたんでしょ? その時にどんな話をしていたの?」
矢継ぎ早すぎるかとは思ったが、聞きたいことがありすぎて私の口は止まらなかった。
当の祖父は孫からの問いをどう考えているのか読み取れない表情で微笑んでいる。
「おじい──」
「嫌いって言ってたよ」
「え? 嫌い? 誰が誰のこと?」
「邦夫のことね、美都子さん大嫌いなんだって。ふっふ、おかしいねぇ」
「えっ、お母さんが? お父さんのこと嫌いって? 大嫌いってそう言ってたの?」
「うん」
「コウジ君にそう話してたの? ほんとに?」
「うんうん」
衝撃だった。
あの母が? 父のことを大嫌いだと言っていた?
まさか、そんな──
重大な事を話したにも関わらず呑気に昆布茶をすすっている祖父を見ながら私は、母の内面に秘められていたそんな感情に微塵も気付かなかった自分自身の鈍さを責めたい思いにとらわれていた。
(どうしよう・・・・)
困惑とともに母という人物の未知な部分への恐怖にも似た感情が、自分の中に芽生えてくるのも感じていた。
母は今、一体どこにいるのだろうか──
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