第35話 キュウの かいたくちの いちにち(ゆうがた)

 カエデが、いりぐちのちかくをゆびさした。


「まずエプロンを着てくださいね。そこの壁にかけてありますから」


 エプロンは、けっこうおおきい。うしろのひもに、てがとどかなかったけど、ユニがむすんでくれた。

 カエデが、おにくのうえに、きのぼうをのせて、わたしのちかくのテーブルにもってくる。

 おにくはけっこうおおきい。よこのながさは、ロンのかたはばぐらいあるかも。

 

「お肉を美味しくする方法のひとつに、硬いお肉を叩いて柔らかくするというのがあります」


 きのぼうをもったカエデは、おにくをまないたにのせて、うえからトントンとたたいた。


「とくに、ここの魔獣のお肉は筋張ってて硬いのが多いですからね。火を通す前に、こうして叩いておくのです。そうすれば、柔らかく食べやすいお肉になります。叩くのは一か所だけではなく、全体的にですね」


 カエデはおにくをぐるっとひとまわりたたいてから、きのぼうをわたしてくれた。

 きのぼうは、さきがまるくて、かたい。リアラさんのところでつかってる、にゅうばちのぼうに、ちょっとにてる。こっちのほうがおおきいけど。


「できそうですか?」

「キュン」


 まちがえた。ゆだんすると、りゅうのなきごえになる。ちゃんと、にんげんのことばをしゃべらなきゃ。


「うん」

「はい。ではお願いしますね。私は油を温めておきます」


 おにくは、おおきくて、ぶあつい。きのぼうをつかって、はじからはじまで、たたいていく。

 とんとん、とんとん。

 やわらかくするなら、おくすりつくるときみたいに、ぐりぐりもしたほうがいいのかな。

 ぐりぐり、とんとん。ごりごり、とんとん。


「ねえカエデー。あれも料理の方法なんだろうけどさ。叩くだけって、ちょっと地味じゃなーい? 切ったり焼いたりさせないのー?」

「そうですね、いずれはそれらも教えるつもりですが」


 うしろから、ユニとカエデのこえがきこえてくる。


「まずは食材の扱いに慣れるところからです。それに、いきなり刃物や火を使わせるのは怖いですからね。失敗しても危険のないところから少しずつ練習、です」

「なるほどねー。あ、そういえば。さっき練習って言ってたけど、カエデはあんなに料理が上手なのにまだ練習するのー?」

「もちろんです。感覚を忘れないためには練習が欠かせません。それに、これは料理の練習であると同時に、刃物の扱いの訓練でもあります。どのように刃を入れるかを意識し、切れるさまを見据え、どのように切れたかを観察することで、刃と腕の一体感を磨くのです。料理と剣術は、意外と近しいんですよ?」

「わー。そこまで考えてるのね。今の私がやったら寝ちゃいそうだなー」

「今はともかく、前からユニさんは料理が苦手ですよね」

「だってさー。魔道具作りと違って、食べ物ってちょっと熱しただけですぐ変化しちゃうじゃない? 元に戻んないし」

「それはそうですよ。そこの加減が大事なわけで。魔道具作りも、力加減には神経を使うのではないですか?」

「ものにもよるけどさー。私が作ってる魔道具は、土台になる金属とかに、瞬間的にどれだけ大きな魔力を込められるかで性能が上下するの。だから瞬間火力というかー、爆発力というかー、短い時間に思いっきり集中して力を込めるのが大事なのよ」

「もしかしてユニさんが食材をすぐ焦がすのって、魔道具作りと同じ感覚で火を扱ってるせいなのでは」

「そうかもねー。こう、どぐじゅわーって焼かないと、いい物ができる気がしなくてさー。食べ物が鉄と同じくらい頑丈なら、私でも料理できるのになー」

「鉄みたいに硬い食材なんて、どうやって食べるんですか……」


 カエデがためいきをしたあと、こっちにあるいてきた。


「さて。油は良い感じに温まってきましたが、キュウさんのほうはどうですか?」


 よこにきたカエデが、わたしがたたいてたおにくをみる。


「あらあら、ふにゃふにゃになってるじゃないですか。これは予想外でした」


 カエデがおにくをつまんで、おめめをまんまるにした。

 たたいたおにくは、うすくなってて、まないたがすけてみえてる。

 やりすぎたのかな。これでも、おくすりにくらべたら、かたちがのこってるけど。


「うわー、さわったところがバラバラになってる。これ、なんのお肉だったの?」

「カブトイノシシです。あの硬いお肉をこの短い時間でここまでするとは、キュウさんってものすごい力持ちですね。ひょっとしたらマクシムさん並みでは?」

「そりゃ、元は飛竜だしー」

「それはそうですけども。しかしこれだと、考えていた肉の揚げ物は難しいですね」

「実験料理って、揚げ物だったのー?」

「そうなんです。この開拓地で採れたナタネの油で揚げ物を作って、ちゃんと食べられる味に仕上がるかどうか試したかったのですよ。ですが、ここまで柔らかいお肉だと油に入れたら崩れてしまいそうですし、どうしたものか……」


 くびをかたむけてたカエデが、かおをあげた。


「そうだ。予定と違いますが、クロケットというのを試してみましょう」

「おー、クロケット好きー」

「くぉおっけー?」

「そうですね、地方によってはコロッケとも呼ばれるそうです。おいもを中心にして、お野菜やお肉など、いろいろな食材を混ぜた揚げ物ですね。ただ、作り方を知ってるだけで実際に作るのは初めてです。なので、味はあまり期待しないでくださいね?」


 カエデが、ちょうりばのおくから、たべものをいろいろもってきた。

 トウモロコシのつぶと、おひるにでたマッシュポテトと、ちゃいろくてザラザラしたの。


「マッシュポテトに、トウモロコシと、叩いてもらったお肉を混ぜて、こうしてパン粉をまぶして」


 カエデのおててのうごき、すごくはやい。あさの、ロンとやったくんれんのときと、おなじくらい。

 あっというまに、みっつのちゃいろいかたまりができあがる。


「鍋に入れます。油が跳ねますから、ちょっと離れていてくださいね?」


 おはしっていう、ほそいきのぼうをもったカエデが、ちゃいろいかたまりをおなべのなかにいれた。

 じゅわぁー、ぱちぱちっておとがして、しずんだかたまりのまわりに、あわがいっぱいでる。


「うわはー。いい音だー」


 ユニがせのびして、おなべをうえからみてる。

 おとがすごくて、あわもすごくて、しずくがとびはねてて、ちょっとこわい。


「具材が浮かんできたら、いい頃合いということでしたが」


 カエデがおはしで、みっつのかたまりをとりだして、いっこずつおさらにのせる。

 できあがったかたまりは、トゲトゲしてて、うすちゃいろ。クァオのキツネしっぽより、ちょっとだけ、いろがこい。

 これがコロッケなのか。はじめてみた。


「それでは、先に味見させていただきますよ」

「あー、ずるーい」

「ずるくないですー。料理した人が味見をするのは義務なのです。キュウさんも、料理するときはまず自分で味見してくださいね?」


 カエデがおはしのさきっぽで、コロッケをわっていく。

 われたところから、ゆげがあがって、ゆらゆらしてる。 

 ちいさくなったコロッケのひとつを、カエデがおはしでつまんで、かみついた。ザクッておとがきこえて、ユニののどから、ごくりっておとがなる。

 ちょっとくちをおさえたカエデが、ゆっくりかんで、のみこんで、うなずいた。


「ふむ。具のバランスに工夫が必要ですね。トウモロコシをもう少し増やしたほうがいいかな? まあでも、失敗ではなさそうです。食べてもいいですが、熱いので気を付けてくださいね」


 コロッケのおさらが、わたしとユニのまえにいっこずつおかれて、ユニがフォークをつかんだ。


「はーい! いっただっきまーす!」

「いああいます」


 ユニはコロッケをふたつにわって、ひとつをたべた。あついみたいで、はふはふっていってる。

 わたしもフォークをつかって、コロッケをたべてみた。

 そとがわは、ほしくさよりもかたいのに、ポロポロってくずれて、くちにひっかからない。

 かみきると、あつくて、ふわふわのなかみが、くちのなかにはいってくる。

 くちのなかがいっぱい、おいもで、ちょっとあまくて、おにくで、うすしお。

 のみこむと、あったかいかたまりが、おなかのおくにおちて、ホカホカしてる。

 ほっぺをおさえてたユニが、コロッケをのみこんで、はくしゅした。


「おいしー! できたてクロケット熱くておいしー!」

「よかった。キュウさんはいかがでしたか?」

「キュ」


 おいしい。すごくおいしい。

 おいしすぎて、しゃべるよゆうがない。

 これを、まいにち、たべられるなら、しあわせになれるって、おもえる。

 たくさんうなずいたら、カエデはわらってくれた。ロンみたいな、きれいなえがお。


 なるほど、これがノエルししょーのいってた、いぶくろをつかむ、ということなのか。

 いわれたときは、よくわからなかったけど、いまならわかる。

 これだけおいしいコロッケをつくれるとは、カエデのおよめさんパワーは、ものすごいんだろう。

 わたしも、これくらいおいしいおりょうりを、つくれるようにならないと。

 このままだと、カエデがわたしのおよめさんになってしまう。

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