第29話 土を耕し未来へつなげ

 俺が久々にラッパの練習をしてたら、マールと使い魔たちが近づいてきた。

 キュウの発声練習のことを話すと、使い魔たちが興味を示したみたいで一緒に参加させてほしいと言ってくる。とくにクーとクォンが乗り気みたいだ。

 鳥の状態でもよく鳴き声を出すフクロウはともかく、リスが声に興味を持つのはちょっと意外だったな。


 そんなわけで、ここ最近の開拓村には建設作業の音に混じってキュウたちの練習の声も響いていた。

 俺も参加できるときは横に並んでラッパを吹いたりしているし、マールがいるときは小さいドラムを叩いてもらってる。

 けっこうリズム感がいいので前にドラムを触ったことがあるのか聞いてみたら、マールが暮らしていた獣使いの里では狩りの合図や祭りの音楽に似たような太鼓を使ってたんだそうだ。


 声も楽器もまだまだ練習中だけど、キュウやみんなとこうしているのは、なかなか楽しい。キュウの笑顔も増えてきて、とても楽しい。


 だが、キュウはともかく正騎士の一員である俺のほうは、いつもいつもそうしてるわけにはいかない。

 キュウは今日も薬草小屋でリアラを手伝いつつ空いた時間で発声練習するみたいだが、俺はしばらく放置してきた実験用の畑の整地作業に加わっていた。

 仮説宿舎の建設がだいぶ進み、兵士の手が空いてきている。そろそろ畑の開墾準備を始めたかったのもあり、まずは練習を兼ねてこの畑から手を付けることになったのだ。


 放置といっても、増援が来て巡回要員が増えてからはこの畑も巡回範囲に加えている。

 畑の中にまでは入らないものの、周囲に魔獣除けの香水をふりまき、不定期にドラなどで音を立て、夜には周囲を焚火で囲んでいた。

 巡回できなかった間に畑の中へ入り込んだ魔獣や動物がこれで逃げ出していればいいが、どうだろう?


 畑に近づいてみると、前にヤツメヘビが出て作物がなぎ倒された部分は、もう雑草が伸びていて土の色が見えなくなりつつある。

 放置されていた作物もだいぶ育っていて、中には俺や兵士の背丈ぐらいまで伸びているものもあった。


 俺たちはまず声や武器を打ち鳴らして音を立てながら、大きく伸びた草の間に槍で突きを入れる。

 草の影に魔獣が潜んでいるのを警戒して、槍を突く者は複数人で交互にだ。

 なにもいなさそうなら、他の兵士たちが鎌を使って作物を手早く刈り取る。


 俺も兵士たちに混じって、畑を槍で突きまわしていた。

 いつも使っていた槍は前にネズミ人間に持っていかれてしまったので、今使っているのは兵士の予備の槍をジオールに調整してもらったものだ。

 刃の切れ味と柄のしなりが足りないが、これはまあ仕方ない。


 しばらく畑を刈り進めてみたが、魔獣らしい影は一匹も出てこなかった。普通の動物や虫なども思ったよりかなり少ない。巡回の効果はあったみたいだ。

 この様子なら、しっかり人の手を入れていけば畑の維持はできそうかな。


「おおーい、ロン。そろそろ昼メシだあよ」


 遠くから盾騎士マクシムの声が聞こえてきて、作物を刈りこんでいた周囲の兵士たちが身体を起こした。

 時間を忘れて作業してたが、兵士たちはだいぶ疲れた顔をしている。ちょっと夢中になってしまった。


「よし、いったん戻ろうか」


 俺は周囲の兵士たちを連れて畑から外に出た。畑は半分ほどが刈り終わっていて、この調子なら今日中にはすべての刈り取りができそうだ。

 

 兵舎前の広場まで歩いて行くと、刈り取られて積み上げられた作物の山の間からマクシムの青い髪が見え隠れしている。

 作物の山の反対側に回ってみると、マクシムが収穫された作物を手に取って調べていたところだった。


 戦闘時のマクシムは鋼の全身鎧を身に着けた重武装だが、今は簡素な青い服の上に厚手の茶色いエプロンをかけた農作業向きの軽装だ。

 唯一の武装、大人の足ほどもある太い鉄棒二本を鎖でつないだ大型フレイルが、彼の背中で日の光を受けて輝いている。


「おう、お疲れさんだあよ」


 右手にトウモロコシ、左手に小麦を持っていたマクシムがこっちを見た。

 以前に負った傷はもう完治していて、その柔らかい笑顔に痛みの陰りはない。


「お疲れ、マクシム。作物の確認か?」

「ああ。よく育ってるんだあよ。どっちかというと、トウモロコシのほうが育ちがいいみたいだあね」


 マクシムが右手のトウモロコシを差し出した。採れたてのトウモロコシそのものはあんまり見たことがないんだけど、ついている黄色い粒は今まで食べたものよりも大きそうに見える。


「それに、ナタネの育ちがずいぶん速いなあ。こいつを増やしておいて動けない兵士に潰してもらえれば、けっこう大量の油が採れそうだあよ」

「それはすごい。ここで使う油が自給できるぐらい採れると助かるな。補給だけに頼ってるといつか限界が来るし、現状でもあまり余裕があるとは言えないから」

「油はいろいろ使うからなあ。カエデも欲しがってたんだあよ」

「カエデがか? 剣の手入れとかかな」

「それもだけど、料理にも使いたいみたいだあ」

「なるほどねえ。料理好きのカエデなら食材のほうを頼むかと思ってたけど、油か」

「食材も、いろんなのが欲しいって言われてるよ」


 マクシムが困ったように口をへの字に曲げる。


「ちょっと相談があるけど、腹ぁ減ったし昼メシ食いながら話してもいいかあ?」

「ああ、わかった」


 持っていた小麦とトウモロコシを作物の山の上に置いて、俺たちは兵舎内の食堂に向かった。

 昼食のパンとスープを受け取って、空いていた席に向かい合わせで座る。今日のスープの具は、豆と干し肉だ。


「で、相談ってなんだ?」


 俺が聞くと、スープに口をつけたマクシムが顔を上げた。


「みんなが、欲しい作物のことをオラへ言ってくるんだ。バラバラになあ」

「あー、そういえば俺も前に言っちゃったな。リアラが欲しがってるお茶の葉のこと」


 以前にリアラから聞いていた茶葉の増産希望については、俺からマクシムに伝えていた。そのときはまだ建築優先で畑にまで手を付けていない頃だったし、どれだけ増やすかなんて具体的な話にまではいかなかったけど。


「それもだなあ。他にも、ルスカからは薬草、ムスタからは魔獣除けの香草や毒草。困ったのはマールとユニだなあ。マールは蜂蜜が欲しいからミツバチの好きそうな花で、ユニは砂糖が欲しいからサトウキビだなんて言ってたんだ。どっちも作れるかどうかわからないし、作れるにしたって加工とかはどうするって話になるんだけどなあ」

「みんな好き勝手言ってるなあ。……まあでも、俺も人のことは言えないか」

「んん? ロンも欲しい作物があるのかあ?」

「いや、もしキュウが今も飛竜のままだったら、干し草の取れる牧草地を多くしてくれって言ってた気がする」

「ああ、なるほどなあ」


 マクシムが苦笑いしてパンをかじる。

 俺もスープにひたしたパンを食べた。


「どれも欲しがる理由はわかるんだあよ。土地はいくらでもあるしなあ。だけど、畑を作って管理するとなると、人手が足りないんだあよ。魔獣もいるしなあ」

「そうだよなあ。開拓民が来るとはいえ、いきなり全部を作ろうとするのは無理だ。さすがに防衛の手が回らない。畑にできる安全な区域を少しずつ広げていかないとな」

「でもなあ。みんな真剣に言ってくるし、今すぐでなくてもいずれ必要になるのもわかるんだあ。なかなかダメだとは言えなくてなあ」


 どうもマクシムの悩みの原因がわかった気がする。

 マクシムは、こういった他人からのお願いはなかなか断れないんだ。


 この開拓地でしばらく一緒に行動してわかったが、マクシムは他人を思いやる心が人一倍強い。戦いでは常に最前線に立ち、その巨体と大盾を駆使して、自分が傷ついてでも味方を守ろうとする。戦いの場でなくとも常に周囲のことに気にかけ、味方からの希望はなるべく叶えようとする。

 マクシムをそうさせるのは彼自身の優しさゆえで、彼の美点と言えるんだけど、今はそれが彼自身を困らせている。


「今度の会議で、畑の作付け計画についてみんなに話を振ってみるか。これは全員で考えるべきだ。マクシム一人で抱えることはない」

「ああ、それは助かる。お願いしたいんだあよ。オラ一人だと、どうもうまく言葉にできなくてなあ」

「あとは、そうだな。マクシムが育てたいものって、なにかないか?」

「オラか?」


 マクシムが意外そうな顔をする。マクシムは他人の要望は優先するけど、自分の希望はなかなか言わないんだよな。


「あんまり考えてなかったなあ」

「みんな自由に言ってるんだ。マクシムだってなにか欲しいものを言ってもいいと思うぞ」

「んー、そうだなあ……」


 しばらく悩んだあと、マクシムが首を横に振った。


「正直に言うとな。オラは腹がふくれるなら、それでいいんだあよ。故郷でいろいろ見てきたからなあ」

「故郷って、なにかあったのか?」

「食糧難ってやつだなあ。飢饉まではいかなかったけど」


 食事をきれいに食べ終わったマクシムが、皿を机に置く。


「マクシムの故郷って、旧大陸でも農業の盛んなところじゃなかったか?」

「ああ。だから、近くでなにか困ったことがあったときは、うちのとこに人が集まりやすいんだあよ」


 マクシムが懐かしむように目を細める。


「オラが子供のころは、まだ戦争が続いててなあ。故郷は戦地には遠かったけど、戦地に近いほうの人たちがこっちに避難してくるんだあ。戦争に使う食料はもう徴収されてたから、残った少ない食い物をみんなで分け合ってなあ。オラは大食らいだから、ひもじい思いをしたもんだあ。そういうこともあったから、特別なにか欲しいというのはないんだあよ。食える物があれば、それで十分だあ」


 そこまで言うと、マクシムは話を断ち切るように自分の顔の前で手を合わせた。


「悪い悪い。暗い話だったなあ」

「いや、そういう視点も大事だと思うよ。ここだって、絶対に食糧難が起きないとは限らない」


 ここの土地は作物が育ちやすいのはわかったし、今は本部からの補給もある。この調子なら食料の備蓄はかなり余裕ができるだろう。だけど、今の状況が無限に続くと考えるのは間違いだと思う。

 魔獣、疫病、自然災害。そういうのはいつ来るかわからないし、いつ来てもおかしくないんだ。備えは多いに越したことはない。

 第一、紫の光なんてものがあったばかりじゃないか。


「食糧難を知ってるマクシムの視点から、今のこの開拓地で足りない作物とか、あったほうがいい作物っていうの、なにかあるか?」

「ん、そうだなあ。食糧難を視野に入れて、追加したほうがいいのっていうと……」


 口に手を当てたマクシムが、少し考えてから小さくうなずく。


「うん、やっぱり芋だなあ。あれは育てやすいし腹もふくれる。あとは短期間で収穫できるいくつかの葉野菜とか、豆とかかなあ」

「それなら、それがマクシムの欲しい作物ってことで、会議で言ってみてもいいんじゃないか? 俺も賛成するよ」

「そうかなあ? まあ、次の会議で言ってみるだあよ。うまくいけば、心残りが少しは片付きそうだなあ」


 いつもの笑顔に戻ったマクシムが、そう言って立ち上がった。


「時間を食っちまったなあ。さあ、今の畑をきっちり片づけて、新しい畑を作るだあよ!」

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