第28話 はじめての家ができました

 次の日には雨も止み、それからしばらくは晴れが続いて建設作業は順調。

 思ったよりも早く薬草加工小屋が完成した。


 薬草小屋は、周囲の建物や建設予定地からはやや離れた、少し高いところに建てられている。一部の薬草は干して乾燥させる必要があり、風通しを良くするためだ。

 また、ここは薬草を薬に加工する作業のほかに完成した薬の保管も行う。 

 それらの管理は、この開拓地で薬草関連に一番詳しいエルフのリアラが住み込みで行うことになった。

 結果的にだが、開拓地で最初の一戸建てに住めることになったリアラはけっこう嬉しそうにしている。


 今は、保管されていた薬草や作成済みの薬、他に薬の加工に必要な道具類や家具などが建物の中に運び込まれているところだ。

 明日にはリアラの指導のもとで薬の生産が始まる予定になっている。


 やがて大半の荷物が運び終わり、作業していた兵士たちは引き上げた。だけどリアラと俺、キュウ、それに聖騎士ルスカはまだ奥の部屋で荷物整理を続けていた。


「荷物はそれで最後じゃな。その黒い箱は一番奥に置いといておくれ。赤い箱は右側の棚じゃ」


 ここはリアラの私室を兼ねた劇薬保管庫だ。使い方を間違えれば毒にもなる劇薬を安易に兵士たちに任せるわけにはいかないとのリアラの判断があり、俺たちだけで作業をしている。

 最後に残った赤色でやたらと重い木箱を運び終えた俺は、思わずその場に座り込んでしまった。


「あー、疲れた。この赤い箱には何が入ってるんだ?」

「それは血に関する薬じゃ」


 扉を閉めたリアラが、部屋の隅から人数分の椅子を持ってくる。


「主に止血用じゃの。血を固めやすくしたり、心臓に作用して血の流れを遅くしたりするのじゃ」

「それって、もし大量に飲んだら危険なんじゃないか?」

「そこにある薬は効果に上限があるゆえ、死ぬほどではないのじゃ。具合は悪くなるじゃろうがな。どっちかというと、間違って血を流しやすくする薬を飲むほうが危険じゃぞ」

「そんなのもあるのか」

「うむ。本来は出血が収まった後の衰弱を回復させるために使ったりするのじゃが、傷が開いてる時に使ったら出血が止まらなくなるのじゃ」


 確かに、そうなれば助かる命も助からない。

 キュウが手を伸ばそうとしていたので、俺は両手で押さえて椅子に座らせた。


「危ないから触っちゃだめだぞキュウ。ちなみに、そっちの黒い箱は? かなり厳重な封がしてあるけど」

「そっちは麻酔じゃな。強烈なやつじゃぞ? 用量を間違えれば、眠ったまま二度と目覚めなくなるほどじゃ。うかつに開けようとするでないぞ」

「前に聞いたものですか」


 ルスカが黒い箱を見ながらつぶやく。ルスカは最近、治癒魔法が使えなくなったことを補うためにリアラから薬の知識を学んでいるらしい。


「リアラは薬草を使った治療方法とかに詳しいんだよな」

「うむ」

「ルスカは治癒魔法のベテランだし、いろんな患者を診てきただろう?」

「まあ、今は魔法が使えないけどね」


 治療に詳しい二人が揃ってるし、ちょうどいい機会だ。俺は前から気になっていたことを聞いてみることにした。


「毒水晶の不調について、二人の意見があれば教えてほしいんだ。なにか気づいたことはないかな?」

「ふむ、そうじゃな。わしのほうでは、いくつか薬を試してはみたのじゃが」


 リアラは積まれた荷物の中から一冊の本を取り出した。

 治療に関する記録のようで、リアラが本に顔を近づけて文字を目で追っている。


「まず、傷を治す系統の薬は効果がなかったのじゃ。解毒薬についても効果なしじゃの。栄養剤については若干ながら不調の改善が見られたが、これは単に栄養を採ったことにより自然治癒が促進されただけと思われるのう」

「つまり、特効薬みたいなものはないか」

「うむ。解毒薬についてはけっこうな種類を使ってみたのじゃが、どれも反応がなかったのじゃ。ここからは予想じゃが、わらわは不調の原因は毒物ではないと考えておる」

「毒水晶って名前だけど毒ではなさそうだと?」

「そうじゃ。毒水晶という名前を付けたのはドワーフじゃと聞いておる。しかし、毒水晶なるものの詳細はわかっておらんのじゃったな? わらわが思うに、鉱物が生物に及ぼす害といえばまず毒であるから、元凶と思われる水晶に仮に毒の名前を付けるたのではないかの?」


 ルスカが自分の額に指を当て、思い出すように目を閉じる。


「ありうる話だと思うよ。鉱山の採掘物には毒性を持つものが多い。鉱山地帯での治療任務に従事したことがあるけど、そこで原因不明の体調不良があったときにまず疑うべきは鉱毒だった。山に住むドワーフたちが、鉱物から発する謎の不調について毒を連想したというのは不自然じゃない」

「だけど、毒じゃないとしたら原因はなんだろうな」

「次に考えられるのは呪術なんだけど、私は呪術については何も知らなくてね。ムスタに聞いてみたけれど、彼いわく「ありえないことが多くて判断がつかない」そうだよ」

「ムスタといえば、前に実験に付き合わされたな。あの結果はどうなったんだろ」

「なんでも、個人ごとに結果がバラバラで明確な結論が出せていないそうだ。もっと調べてみると言ってたよ」

「うーん」


 毒じゃないと思われるとはいえ、まだまだわからないことのほうが多いみたいだ。

 うちの騎士団の中で他に専門知識を持ってそうなのといったらユニだけど、今のユニの状態だと調査してもらうのは無理そうだしなあ。


「キュー?」


 うつむいた俺の顔をキュウがのぞきこんでくる。

 黙り込んだ俺のことを心配してくれたみたいだ。


「大丈夫だよ。考えてただけだから」

「キュ」

「そういえば、その竜の娘は言葉を話すことができなんだか」


 リアラがキュウに近づき、紫色の目を細めてキュウを観察しはじめた。


「キュウ?」

「ふむ、見たところ、人間と変わらぬ姿をしているようじゃな。何度か声を出してみてくれんかの? できるなら長めに頼むのじゃ」

「キュ」


 うなずいたキュウが、深呼吸して口を大きく開く。


「キュー。キュウ~キュウ~。キュオオォォォン。キュッ」

「鳴き声の声質も人間と同じように聞こえるのう。確か、合図を使った対話ができるのじゃったな? それなら、この娘には言葉を使って会話できる素養があるかもしれんのじゃ」

「え? いやでも、今のキュウの鳴き声は竜だったころと変わらないぞ? 竜はしゃべれないんだから、竜が人になってもしゃべれないんじゃないのか?」

「それは違うんじゃよ」


 得意そうに笑ったリアラが人差し指を上に向ける。


「声が出せるかどうかは、その生き物が持つノドの構造によるのじゃ。たとえば森のオウムは、人の声の真似ができる。なぜ鳥なのに人と同じ声を出せるかというと、それはノドが人と同じような声を出せる構造になっておるからなのじゃよ。身体が人間になり、ノドの構造も人間と同じになったのであれば、声を出せる可能性は十分にあると思うのじゃ」

「本当か!?」


 もしキュウが人の言葉をしゃべれるようになったら、いろいろ話してみたい。

 話を聞いていたルスカが興味ありそうに身を乗り出した。


「なんなら、発声練習をやってみるかい? 昔、聖歌隊でやってたことがあるから教えられるよ」

「それは、俺の個人的には、ぜひお願いしたいと思う。けど、キュウのやる気次第かな。本人がやりたくないことを無理にやらせたくはないんだけど、キュウはどうだ?」

「キュ!」


 キュウは俺の腕をつかみ、俺の胸を一回叩いた。そのあと、俺の腕を引っ張って自分のノドに触らせてくれた。

 嬉しくなった俺は、その手にあわせるようにキュウのノドをなでた。

 そういえば、まだキュウが飛竜のときはノドもよくなでてたけど、人になってからははじめてだな。前までは鱗があってわからなかったけど、今はノドがキュウの呼吸に合わせてゆっくり動いてるのがわかる。これはなかなかの新感覚。

 

「やってくれるみたいだ」

「よし。それなら伴奏がいるね。久々に楽器を引っ張り出してみるかな」

「へえ、ルスカは楽器が使えるのか」

「私はオルガンにトロンボーンが使えるよ。まあ、さすがにオルガンはここにはないけど。確かリアラはハープが得意だって言ってたね?」

「へっ? あー、そんなことも言ったかのう」


 ルスカはけっこう乗り気のようだけど、リアラの目が泳いでいる。


「この開拓村はこれから人が増えるけど娯楽がない。だから、なにか良いのがないか探してたんだ。音楽というのは昔からある身近なものだし、発声練習というのも歌を始めるきっかけにはちょうどいい。リアラのハープがあれば曲に幅が広がる」

「そ、そうじゃの」

「ロンはなにか楽器は使えないのかい?」

「俺か? 楽器なんてなかなか縁がないんだよな」

「ラッパはどうだい? 兵士たちへの指示とか、起床の合図とかで使ってないかな」

「ああ、それがあったか。吹けることは吹けるけど、曲なんて知らないぞ」

「別に本格的な演奏をするわけじゃない。一定の音が出せて、声を出すきっかけになればいいのさ」


 今まで演奏なんてやったことないんだけどな。

 まあ、キュウもやってくれるみたいだし、キュウの声を聞きながら一緒に練習できるなら楽しそうだ。


「まいったのう。楽器を触るのとか何十年ぶりじゃ? 思い出せるかのう……」


 後ろを向いたリアラのつぶやきが聞こえてしまったが、彼女の名誉のために聞かなかったことにしておこう。

 おそらく、ブランクがあっても俺よりはうまいだろうし。

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