第27話 エルフと薬とお茶のこだわり

 村作り計画の第一弾、建物の建築は順調に進んでいた。新しい食料保存庫がひとつ完成し、今は仮説宿舎の建設がはじまっている。

 並行して、弓騎士リアラ提案の薬草加工小屋も作られつつあった。


 しかし、晴れることが多いこの開拓地でも、たまに天気が崩れることはある。

 昨日の夕方から降り始めた小雨は日が変わっても止まず、今日の建設作業は中止。

 せっかくなので兵士の巡回も減らし、休息を取らせることにした。


 俺はというと、自室で書類仕事を進めていた。

 いつもなら外から建設作業の騒音や大声が響いてくるけど、今日は静かなもんだ。おかげで、今日の分の作業は思ったよりはかどっている。

 ここしばらくは騒がしいのが続いたので、こんな穏やかな日は久しぶりだ。


「キュオン」


 書類があらかた片付き、ゆっくり背伸びをしていたところでキュウが食堂から帰ってきた。

 手に持った木のトレイには、二人分のスープとパンが乗せられている。


「ありがとうキュウ。一緒に食べようか」

「キュ!」


 笑顔のキュウが食事のトレイを机に置いて、俺の横に座った。

 見た目はシンプルなスープとパンだけど、どっちも作りたてで温かい。パンをスープに浸して口に入れると、干し肉を戻した塩気のあるスープと焼きたてパンの小麦の香りが口の中に広がる。 


「キュ~ウ」


 横を見ると、キュウが大きく口を開けながらパンを俺の口に向けている。

 これはさすがに何をしたいかわかる。あーん、というやつだ。

 そんなに大きく口を開けられたら、子供のころのキュウを思い出すな。

 俺が干し草を持ってきたとき、甘えたい気分の時のキュウは、ああやって大きく口を開けて俺を待ってた。抱えた干し草をキュウの口に入れてやると、嬉しそうにかみついて食べてから、お礼に俺の顔をなめるんだ。

 そんな昔のことを思い出した俺は、その時のように持ってたパンをキュウの無防備な口に入れた。


「ムキュ」


 キュウは驚いて目を開いたが、そのままゆっくりとパンを食べだした。

 かみついた部分を食べ終わると、キュウは改めて自分のパンを俺の口に近づける。今のキュウはどうやら俺をなめるより食べさせるほう優先らしい。

 今度は俺も素直にキュウのパンを食べて、キュウは笑顔で俺のパンを食べ続けた。


 最近はエンテの忠告もあって、外でのキュウとの触れ合いを自重してる。自分の部屋ならこれくらいはやってもいいんじゃないだろうか? キュウも喜んでるし。


 そんな充実した昼食も終わり、俺たちは食べ終わった食器とトレイを持って食堂に向かった。

 昼食のピークは過ぎていて食堂で食事している者は少なかったが、食堂の片隅、長机のひとつに十人ぐらいの兵士が集まっている。そこの中心には金色の髪を揺らすリアラの姿があった。


 俺たちは食器を食事当番の兵士に渡すと、そっちのほうに近づいてみた。

 リアラの前には皿に盛られた植物と乳鉢、小皿などが並べられていて、彼女を囲む兵士たちの前には一人一個ずつ小皿が置かれている。

 兵士たちは乾燥した植物の茎から小さい葉をむしり取り、小皿に集めているようだった。


「なにをしているんだ?」

「む、ロンか」


 乳鉢を握っていたリアラが顔を上げ、紫色に光る瞳をこっちに向けた。

 金色の髪はあごのラインのあたりで切り揃えられ、細く白い首が壁のランプの光に照らされている。

 化粧っ気のない顔に小柄な体格もあって、初対面だと彼女のことを成人前の少女と勘違いする者もいる。

 

「薬を作っていたんじゃよ。手すきの者に手伝ってもらってのう」


 だから、勘違いしていた者は彼女の古風な言葉づかいと落ち着いた物腰を見て戸惑う。

 彼女は長寿命であるエルフの一員。長い年月を生きて多くの経験と深い知識を積み重ね、自分の力としている女性だ。


「薬って、もう作業を始めてたのか。加工小屋が完成してからと思ってたけど」

「なあに、今はまだ手習い程度のものじゃ」

「なんの薬を作ってるんだ?」


 リアラは薄く微笑むと、皿の上にある乾燥した植物に触れた。


「解熱と鎮痛の薬じゃな。この草の葉を煮て固めると、打ち身や痛めた筋肉に効く湿布になるのじゃ。じゃが、茎の部分は邪魔でのう。今は皆に葉をむしってもらってるのじゃ」

「へえ。だけど、量が多いな。こんなに使うのか?」

「新しくここに来た兵士たちの中には、大工仕事に慣れてない者もおるでのう。無理に力を入れて筋肉を傷めたりする者がそこそこいるのじゃ」

「なるほどね。それなら、俺やキュウも手伝ったほうがいいか?」

「ふむ。それなら、むしった葉を皿にまとめて食堂奥の調理場にまで持っていっておくれ。そっちに湯を沸かしている者がいるはずじゃから、その者に渡してくれればよい。ここにいる者は足が不調じゃからの。運んでくれると助かるのじゃ」

「わかった」

「ああ、ついでに調理場からお湯と茶器を持ってくるのじゃ。ここの人数分に、おぬしたちの分も含めてな。わらわが茶を淹れてやろう」


 俺とキュウとで兵士たちから葉っぱを集め、一皿ずつ持っていく。まとめるとけっこうな量になったが、乾燥した葉は軽いので運ぶのは楽だった。

 調理場で火の番をしていた兵士に声をかけると、彼は葉を受け取ってからお湯と茶器を用意してくれた。


 お茶セットを持って戻ってくると、リアラは乳鉢を手に持って黒っぽい粘土のような固まりを潰しているところだった。


「持ってきたぞー」

「お。助かるのじゃ。しかし湯が少ないのう。邪道じゃが、ちと魔法で器を温めるのじゃ」


 リアラの前に茶器を置くと、リアラは自分の両手に魔法で熱を持たせ、お茶入れ用のポットをつかんだ。

 やがてポットが温まったのか、リアラは潰していた黒い固まりをポットに入れ、お湯の入ったケトルを自分の顔のそばまで持ってくる。あの黒いのって、お茶の葉だったらしい。

 眉の間にしわをよせたリアラは、にらみつけるような視線でお湯をゆっくりとポットの中に入れていった。ポットの表面に映ったリアラの瞳が、紫色に揺らめいている。


「大丈夫か? 見えづらいなら俺が代わりにやってもいいぞ」

「いいや、だめじゃ。おぬしの淹れる茶はどうも雑でいかんのじゃ」

「おおう。まあ、正式なお茶の淹れ方とか知らないけどさ」

「こっちのことは気にせず、おぬしらは自分のカップを両手で持って少しでも温めておくのじゃ」


 リアラはポットを凝視していて、こっちを見ようともしない。俺とキュウ、それに兵士たちは、彼女の言う通り自分のカップを両手で持ってじっと待っていた。

 やがて納得したのか、リアラは顔をポットから離して腰を上げた。


「さ、カップを出すがよい」


 差し出されたカップに、リアラが手早く茶を注いでいく。

 黒みがかった紅色のお茶が、全員にいきわたった。


「熱いうちが飲み頃じゃ。とはいえ慌てず、味わって飲むがよいぞ」


 リアラがお茶に口をつけ、俺も一口飲んでみた。

 紅茶独特のいい香りが、口から鼻に抜けていく。いぶしたような独特の香りが不快にならない程度に混じっていて、おいしく飲めた。

 キュウは気に入ったのか、あっという間に飲み干してしまっていた。

 兵士たちからも満足そうなため息が聞こえてくる。


「まあ、こんなものかのう」


 リアラはキュウのカップにお代わりを注ぎながらも、いまいち不満そうだった。


「うまかったと思うけど、どこか悪かったか?」

「香りがいまひとつじゃ。まあ保存用に固めた茶葉じゃし、仕方ないのだがのう。早いとこ、ここで採れた新鮮な茶葉で茶を淹れたいものじゃ」

「うーん。栽培するのはしばらく食料と薬草が優先だろうし、先の話になるんじゃないか?」

「それは違うんじゃよ」


 リアラが人差し指を立てて左右に振る。


「昔の茶は、薬の一種として扱われていたんじゃ。淹れれば水を清め、飲めば体調を整え、香りは心を落ち着かせる。飲めば飲むだけ長生きできるのじゃ。いわば茶葉も薬草なのじゃよ」

「だからお茶の葉も栽培しろって?」

「そうじゃ。おぬしも飲み物が水だけでは味気ないじゃろう?」

「いや、俺は別に水だけでも問題ないけど」

「なにを言う! 茶を飲んでこその人生じゃろう! 保存用の茶も残り少ないのじゃぞ!」


 なんか前にジオールから似たようなセリフを聞いたような気がする。あっちはお茶じゃなくて酒だけど。

 そうか、エルフにとってのお茶は、ドワーフにとっての酒みたいなもんなのか。


「というわけで、ぜひ茶畑の新設をお願いしたいのじゃ」

「畑の管轄はマクシムだぞ? 俺に決定権はない」

「じゃが採れた食料の確認やら物資の計算なんぞはおぬしもやっておるじゃろ? 実験畑に植えた作物の育ち具合がすごかったのはわらわも知っておる。計画中の畑の広さなら十分すぎるほどの食料と薬草が採れるじゃろう。ちょっとぐらい茶を育てる余裕はあると思うのじゃよ。おぬしから言ってくれれば説得力が増すのじゃ」

「わかったよ。聞くだけは聞いてみる。だけど期待はしないでくれよ?」

「頼むのじゃ。こっちも何かあれば力になるのじゃ」


 リアラが目を細めてニコニコしている。喜びの笑顔というよりは、たくらみがうまくいったという感じの顔だ。

 うまく言いくるめられたって感じで、このあたりは年の功ってやつだろう。

 その様子が今までとあまりにも変わらなくて、彼女も紫の光を受けた者の一人だということを忘れそうになる。

 誰もが常に頼りにしている、目に光を受けたというのに。


 俺がリアラのように目をやられたとしたら、それでも彼女のように平然としていられるだろうか。


「ん? どうしたのじゃ?」


 どこまでも普段通りのリアラに、彼女の精神力の強さを見た気がした。

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