第26話 はじまれ開拓村

 ダイラによると、こっちにくる開拓民の数はどうしても減らせないらしい。五百人以上の人間が数回に分けてここまでやってくるそうだ。

 それを踏まえてみんなと話し合った結果、開拓村設立についての大まかな初期計画がまとまった。


 開拓村として開発するのは、今ある開拓騎士団用の兵舎などの建物と、近くを通る川を含んだ円形の土地だ。

 これで水は川や湧き水から十分な量が確保できるし、材木に使える木々や石材を掘り出す岩場も近くにある。 

 聖騎士ルスカと剣騎士カエデが地図を何度も確認して決めた場所だ。


「建物を作るには建材を確保しなきゃいけないけど、今までと違って非戦闘員が多くなる。ケガは減らしたいからね、建物に使う木や石が近場から採取できる場所がいい」

「水も大事です。飲み水だけでなく、農業に鍛冶、お料理、お洗濯、お掃除。毎日たくさん使います。魔法でまかなうには限度がありますからね」


 次に、援軍が到着し力仕事のできる人員が揃うのを待って建物を建てる。まずは大人数を受け入れられるようにするための食料保存庫や仮設宿舎の建設を優先。

 足や手に不調のある兵士たちでも作業可能な、道具類や消耗品を製造する各種作業場も作る。

 弓騎士リアラと岩騎士ジオールは、その作業場を使う兵士たちにエルフの植物知識やドワーフの工作技術を積極的に教えるつもりらしい。


「ここは土がよくて植物はすぐ育つからのう。人手があれば薬なども多く作れるのじゃ」

「わしの技術は秘匿するようなものでもないからの。それより職人が増えて発想が多彩になったほうが、わしの勉強になる」


 さらに、農作物を収穫できる畑の開墾。これを本格的に始めるのは開拓民が来てからになるが、準備はしておく。今は食料を補給に頼ってるけど、いずれは自給自足できるようになるのが目標だ。

 

「いろんな作物を試してみるんだあよ。同じのばかり作ってたら飽きてくるし、土も悪くなるからなあ」

「楽しみだねー。いろんなおいしいのをたくさん食べたいよー」


 盾騎士マクシムと術騎士ユニがのんきに笑っている。

 マクシムは旧大陸でも大農園のある地方の出身で農業には多少の知識があるらしく、それを活かしたいと言っている。ユニには開墾前の土地を破壊魔法で軽く耕してもらう予定だ。やりすぎないかちょっと不安だけど。


 他には、魔獣から村を守るための防壁も必要になる。といっても範囲が広いので、一気に全部は作れないだろう。開墾する範囲に合わせて、少しずつ広げていく予定だ。


「魔獣よけの香水に、感覚を惑わす幻術つきのカカシ、魔法で隠した罠。作れるだけは作るけど、どれも絶対じゃない。過信はするなよ」

「見回りが大事だよね。動物が入れそうなところがあるか、オイラやみんなで探してみる。見つけたら教えるよ」


 しっかりした防壁ができるまでは、兵士の見回りと陰騎士ムスタの魔道具を併用して守る。さらに動物視点での穴がないかを獣騎士マールと使い魔たちがチェックする。前までなら俺とキュウが空からも魔獣を警戒していたが、今は俺も歩きで見回りだ。


 他にも開拓村に必要なものはいくつもあるが、最初の段階ではこれくらいだろうという結論になった。 


 これらの内容をまとめて兵士たちに説明すると、わりと好意的に受け入れられた。

 とくに、手足が不調でもやれることがある、つまり開拓騎士団から追い出されないということを表明できたことが大きかったらしい。

 見回りをしていると、兵士たちの雰囲気が明るくなったのがなんとなく伝わってくる。


 そして数日が経ち、補給基地からの援軍が無事に到着。

 新たな兵士たち三百人の受け入れが完了し、部隊の再編成まで終わって新たな建物の建設準備が始まったころ。

 最初の援軍としてここに来てくれた竜騎士たち三人、ダイラとエンテ、ノエルがこの開拓地を離れることになった。


 俺を含む正騎士九人とキュウ、マールの使い魔たちは、彼女らの見送りのため飛竜のいる広場に集まっていた。


「本当にお世話になりました。皆様が来なければ、我々はどうなっていたかわかりません」


 そう言ってルスカがダイラたちに向かって頭を下げる。


「気にしなさんな。むしろ、毒水晶について大したことができずにすまないね。ここでもっと調べたかったところだが、他のお偉方が本部に戻れとうるさいんだ。あたしがいなくても開拓団は回るだろうに、面倒な話さね」


 ダイラが本当に面倒くさそうな顔をして答えた。

 補給基地から来た援軍の中に伝令役がいて、ダイラに対して本部への帰還要請があったことを伝えられたらしい。

 ダイラの補佐役ノエルも彼女に同行し本部へ向かうことになる。


「毒水晶については、他の開拓地でも同様の事例がないか調べてるところだ。新しいことがわかったら連絡するよ」

「お願いします」

「そっちでも、なにかわかったら教えておくれ」


 ダイラが言葉を切ったところで、エンテが俺の前に来た。


「ロン、最後の確認だ。飛竜の乗り換えは無しでいいんだな?」

「はい」

「そうかい。まあ、それ自体はいいんだ。そもそも、他の竜をよこせと言われても今すぐ動かせる予備の飛竜はいない」


 エンテは眉をひそめ、自分の頭をかいた。

 実際、今の新大陸には訓練済みの飛竜が少ないと聞いている。

 それに、竜を失った竜騎士がすぐ別の竜の乗るのは難しい。今までの竜を失ったショックによる精神的な動揺もあるし、それがなくても竜は個体差が大きい。新しい竜に乗り慣れるまでにはそれなりの時間がかかる。


「しかし、いずれ飛竜の補充はされるだろう。その時には改めて乗り換えのことを聞かれることになる」

「きっとまた断るでしょう」

「ま、何度かは言い訳もきくだろう。だが、いつまでも竜に乗れないとなったら、どこかで「竜」の称号を失うことになるかもしれないぞ」

「そのときは、ただの騎士になりますよ」


 俺はキュウの肩に腕を回すと、自分のほうへ抱き寄せた。


「俺は竜に乗りたくて竜騎士になったんじゃありません。キュウと共にいるために竜騎士になったんです」

「そう言うと思ったがね。最後に決めるのはお前だが、その決断を他の誰かのせいにするんじゃないぞ。とくに、その竜の子に責任をかぶせるような真似をしたら、お前のケツの肉を俺の竜に食わせてやる」

「そんなことはしませんよ」

「よし。それとな、これは純粋な忠告だ」


 そう言って、エンテは俺の両肩をつかんだ。

 この視線、俺のこと竜狂い扱いしたときに似てるぞ。


「これからは、人前でその竜の子と手をつないだり抱きしめたりするのを止めろ」

「えっ」

「その状態でいたら、その子はすぐお前をなめ始めるだろ。今だってお前の指をしゃぶろうとしてるじゃねえか」


 まさに俺の指を口に含もうとしていたキュウが、エンテからそっと目をそらした。


「いいか? これからはお前の事情を知らない兵士や開拓民がここにたくさん来るんだ」

「まあ、そうですね」

「指導者側である正騎士が子供一人だけ特別扱いしてたら、それを見てるやつらは正騎士の公平性を疑う。そういうのが治安の低下につながるんだぞ」

「そうなんでしょうか」

「それでなくても、子供に指や顔をなめさせて、だらしない顔で喜ぶ男って普通に牢屋行きだからな?」

「いや、俺はそこまで、というかそんな顔してますか?」

「こいつはこう言ってるが、どう思う」


 エンテが横に顔を向け、他の正騎士たちのほうを見る。

 俺も見てみたが、誰も俺と目を合わせてくれない。ひどい。

 エンテは大げさにため息をつくと、俺の肩から手を離した。


「自分を見失わず、しっかりやれよ。俺の帰還先は最寄りの補給基地だ。なにかあったら来い。力にはなってやる」


 それだけ言うと、エンテは背中を向けて自分の飛竜に歩いて行った。


「エンテのこと、許してやっておくれ」


 ダイラが俺の横に来て、エンテに聞こえないよう小声でささやいた。


「あいつは教育役で他の竜騎士と接する機会が多いから、竜を失っておかしくなった竜騎士を何人も見ている。自分の教え子も含めてね。お前さんにはそうなってほしくないから、気にかけているんだよ」

「はい。エンテ殿には感謝していますよ」


 なんだかんだ言っても真っ先に駆けつけてくれたのは事実だし、今日まで一番積極的に動いてくれたのもエンテだ。


「わかってますね。人前でなければいいんですよ」

「キュ」


 これまたエンテに聞こえないように、ノエルがキュウに話しかけている。キュウは嬉しそうに自分の胸を一回叩いた。

 ノエルは俺の視線に気づくと、ニヤリと笑って親指を立てる。

 こいつには感謝してやらない。


「よし、出発だ! 遅れるんじゃないよ!」


 ダイラの号令で、三人の竜騎士が飛竜に乗り、空へと舞い上がる。

 三頭の飛竜は高度を上げて三角形の編隊を組むと、まっすぐに空のかなたへと飛び去っていった。


「さて、戻ろうか。やることは山積みだ」


 ルスカがそう言って、兵舎に向かおうとする。それを合図にして、みんなも歩き出した。

 彼の言う通り、やることはいくらでもある。

 開拓村作りは始まったばかりだ。のんびりはしていられない。


 みんなの後に続いて歩く俺を、カエデが肩越しにジト目で見た。


「で、いつになったらその手を放すのですか?」


 俺は心を鬼にして、キュウからそっと手を放した。

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