第25話 陰の実験と村おこし

<<ロン視点>>


「わしの用はそれだけだ。ロン、これからもよろしく頼むぞ」


 ジオールは小さく笑うと、ゆっくりした足取りで去っていった。

 俺はというと、ヒゲをそり落としたジオールの顔が衝撃的で、その場から動けなかった。

 ヒゲに隠れていた口元やあごのラインはぜい肉がなくスッキリしており、若々しい肌はシワひとつない。大きいワシ鼻に彫りの深い目元と合わせて、顔全体が直線的で力強い印象を与える。 

 鋭い視線と固く結ばれた口元には強い意志が感じられ、そこに陽気な酒飲みドワーフの影はどこにもなかった。

 端的に言うと、力強い系イケメンである。


「ジオールって、おっちゃんじゃなくてにいちゃんだったんだな」


 ずっと無言だったマールがぽつりと言い、キュウも手を一回叩く。

 見た目だけなら三十歳ぐらい若返ったんじゃないか?


「ヒゲのあるなしであそこまで印象が変わるんだなあ」

「ま、ドワーフが早熟な種族なのもあるしね。あいつの年なら、ヒゲの下の顔はあんなもんさ」


 背後からの声に振り返ると、ムスタが部屋から顔を出していた。

 確かに資料上は俺よりもジオールのほうが年下だったけども。


「しかし、ドワーフの男がヒゲを落とすってのはよっぽどのことだ。なにか思うところがあったんだろ。あんまり触ってやるな」

「そういうもんなの?」

「ドワーフのヒゲは種族の誇りであり、一人前の証みたいなもんでもあるからな」

「オイラよくわかんないんだけど」

「そうだなあ。お前たちに例えるなら」


 マールが聞くとムスタは少し考えて、からかうような笑みを浮かべた。


「ヒゲやわき毛、胸毛にスネ毛に陰毛まで全部そり落としたようなもんだ。わかるか?」

「んー、やっぱりわかんないや。オイラそういうの生えてないし」


 マールが首を横に振り、キュウが自分のお腹を二回叩いた。

 君たち、わざわざ自己申告しなくていいから。


「ところでムスタ。兵士から俺たちを呼んだって聞いたけど?」

「ああ、中で話すよ。入ってくれ」


 ムスタが扉の奥に入り、俺とマールが後に続く。

 部屋の中には魔法関係と思われる資料や薬、素材らしいものが入った革袋や木箱などがあちこちに置かれている。

 だるそうにしたムスタが机につき、俺たちも向かい側に座った。


「用件は紫の光についてだよ。どうにか解除できる方法がないか調べててね。ちょっと実験に付き合ってほしい」

「実験って言われると怖いな。内容によるぞ」

「別に身体を切り刻んだりするわけじゃない。身体が紫色になってる部分に、この布をしばらく貼り付けるだけさ」


 そう言って、ムスタが青色に染まった布を机に置いた。

 マールが布に顔を近づかせ、自分の鼻をつまむ。


「なにこれ。変な臭いがする」

「魔力の流れに反応する試薬を染みこませてある。身体に害はないよ」

「オイラたちは背中にあるけど、肌に直接当てるの?」

「そのとおり」

「わかった、やるよ」


 マールはうなずいて、身に着けていた毛皮の胸当てを外した。俺も着ていた鎧や肌着を脱ぎ、上半身裸になる。

 試薬に染まった布を受け取って、俺はキュウに、マールはガウに手伝ってもらって背中に貼り付けた。

 ムスタが砂時計を持ってきて、逆さにして机の上に置く。


「この砂が落ち切るまで、その布をつけていてくれればいい。あとは待つだけ」


 砂が落ち始めたのを確認したムスタは、前の会議でしていたように机の上に突っ伏した。


「この実験、他に誰かやってるのか?」

「ルスカとマクシム、あと兵士たちの何人かだな」

「何かわかったか?」

「まだなんにも。結果が出るのは十日以上は先だよ。貼り付けた布を別の試薬に漬け込んだり乾かしたり、いくつも処理をしなきゃいけない。先にやってもらった布は、ほら、あそこにある」


 ムスタがあごで示した先、窓際の棚に数枚の布が干されている。

 キュウが興味ありそうにそっちを見た。


「触るなよ? まだ加工途中なんだ」

「ずいぶん時間がかかるものなんだな」

「専用の設備やら薬品やらがあればまた違うんだろうけどね。この開拓地だと、今の僕じゃこれが精いっぱいだ」


 ムスタの声と表情はいつもの軽い調子ではなく、紫の光について本気で取り組んでいるように見える。

 

「おっちゃん、今回はまじめなんだな」


 その様子が気になったのか、マールがムスタに問いかけた。


「いつもはもっとテキトーな感じなのにさ」

「今回ばかりは事情が違う。なんといっても僕自身の仇だ」

「おっちゃん自身の仇?」

「僕の息子様の仇だよ。皆まで言わせるなっての」


 ムスタはニヤリと笑おうとしたが、途中で顔をしかめる。


「あー痛え……。本気で調べもするさ。ジオールとかダイラのばあさんから毒水晶のことを聞いたけど、自然治癒なら完治まで数年かかるんだろ? こんな痛みに年単位で付き合えるかってんだ。早く治す見込みがないなら、しばらく取ろうか本気で悩んでるんだぞ」

「取るってなにをさ」

「息子様」

「いやいや、取れるわけないでしょ」

「取れるぞ?」

「取れるの!?」


 予想外すぎて叫んでしまった。


「僕の得意魔法は肉体変化と幻術、呪術だ。それらを組み合わせて姿を消したり魔獣の目をそらしたりしてるんだけど、自分の身体ならかなり自由に変化できる。性転換ぐらい楽なもんさ」

「さすがに信じられないぞ」

「へーえ。それなら、お前らの身体を女に変えたら信じてもらえるかな? 魔法に抵抗しないなら、けっこう簡単だぞ。新しい世界が見えるかも」

「いや、さすがにそれはちょっと」


 ムスタが俺とマールを指さし、俺は恐怖を感じてムスタから離れるように身を引いた。

 なんでキュウは俺をじっと見てるんだ。その視線の意味を知りたいけど知りたくないぞ。

 マールのほうは、クォンが大きなリスしっぽを振ってムスタが近づかないようにブロックしている。


「ま、冗談はともかく」


 指を上に向けたムスタが、机に置かれた砂時計を見る。いつの間にか、その砂はすべて落ち切っていた。


「時間だな。背中の布を渡してくれ」


 ムスタがこっちに手を伸ばしたが、俺は近づくのに抵抗を感じてしまった。キュウが俺の背中から布を外して、ムスタに手渡す。


「そんな顔すんなって。意味もなく人の身体をいじったりはしないよ」

「本当かよ……」

「信用ないねえ。これでも年長者だよ?」

「それなら年長者らしい落ち着いた振る舞いをしてくれって」


 二人分の布を受け取ったムスタが肩をすくめる。


「なら、ひとつくらいまじめに忠告しとこう。さっきジオールと話してたのが聞こえてたけど、あれは前の会議でお前が言ってた開拓村についてだろ? 紫の光を食らった兵士たちを開拓民にするっていう」

「ああ、そうだけど」

「騎士全員、あとダイラのばあさんとか竜騎士の連中を集めて、全員で開拓村についての具体的な相談をする機会を作ったほうがいいよ。開拓民の人数とか、やるべきことの整理、役割分担とかね。できるだけ早めがいい」

「早め?」

「兵士たちが不安がってる。援軍が来たら、足や手が動かない自分たちはお払い箱になるんじゃないかってね。混乱が広がる前に、兵士たちを落ち着かせなきゃならない。開拓村についての話ができるならいいんだけど、まだ何も決まってないだろ?」

「それはそうなんだけど、みんなも考える時間が必要なんじゃないか?」

「普段ならそれでもいいんだろうけどな。だが今は紫の光のせいで、騎士も兵士も心の余裕がなくなってる。僕は急ぐのを勧めるよ」


 そこまで言って、ムスタがひらひらと手を振った。


「さあ、僕はこの布に次の処理をしなくちゃいけない。結果が出たら教えるよ。だいぶ先だけどね」


 ムスタが背を向けて魔法処理の作業を始めたので、俺たちは部屋から出た。

 いつものムスタはどこまでが冗談でどこから本気かがわかりづらい。だけど、さっきの言葉はそれなりに本気で言っているように聞こえた。

 ムスタの言う通り、早めにみんなを集めて話したほうがいいんだろうか。

 俺はいったん、正騎士たち全員に声をかけてみることにした。


   ◇


「その広さだと今の石材の在庫では足りんぞ」

「最低限、木の柵程度でもいいから畑の周りを防壁でかこむようにしないと」

「それほどの人数なら、薬草畑をもっと広げてもらわんと困るのじゃ」


 翌日、開拓村についての会議を開いてみたのだけど。


「このくらいの畑なら、地ならしはオラの魔法でできるだあよ」

「食料の保存庫をもう二つは増やさないといけないね」

「調理場も増やしてもらわないと、全員の食事をまかなえませんよ」


 正騎士たちは熱心に意見を交わしていて、正直ちょっと驚いている。

 ムスタも痛みをこらえつつ、ときどき意見を言っていた。

 例外はユニで、会議が始まって早々に眠ってしまった。最初に意見を言おうとしてたので、一応真剣に考えようとはしていたようだけど。


 別の開拓地へ移動を希望する人や、不調をきっかけに引退を考える人もいるかと思ってたけど、そんなことはなかったようだ。

 正騎士たちの全員がこの地への残留を希望し、今は開拓村の中身をどのようにするかについて議論が進んでいる。


「さすがに、これだけの人数を一度に受け入れるのは無理そうです。ダイラ様、もう少し減らすことはできませんか?」

「希望者が多すぎてね。分割とかして多少は遅らせられるが、最終的にはこの人数になっちまうんだよ」

「下手をすると数十日は野宿する人が出ますよ」

「開拓民にもそのことは伝えてあるんだ。その上でこの希望者数なんだとさ。本部からテントとかも出すし、臨時の兵も出そう」


 今度はルスカとダイラとで開拓民の人数に関する交渉が始まった。


「ロン、この地図を書いたのはお前だろ? ここにある川の水量はどれくらいだ。飲み水に使えるか?」


 エンテが俺を横目で見ながら地図の一点を指さす。


「ああ、そこはですね」


 俺はみんなの熱気に押されつつも、話に参加していった。

 新しい開拓村の設計図を見ていると、だんだん胸が熱くなってくる。

 この調子なら、開拓村の設立は実現しそうだ。今までみたいに、キュウと一緒にここで生きていける。


「キュ」


 となりのキュウからくすぐったそうな声が聞こえる。

 俺はいつの間にか、キュウの頭を無意識になでまわしていたみたいだ。

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