第24話 決意の岩騎士ジオール
<<岩騎士ジオール視点>>
ムスタが言った「そいつの一番自信があるところに紫の光が飛んできた」という言葉が、わしの頭にずっと残っていた。
「おーい、ジオール」
「むう?」
ロンがわしを呼んでいる。
顔を上げると、会議室にはわしとロンしか残っていなかった。
「どうしたんだ。もう会議は終わったよ」
「いや、いろいろと考え事をな」
「ずいぶん悩んでるように見えたけど、なにか気になることがあったかい?」
ムスタがひとしきり騒いだ後、会議は紫の光が飛んできてからの対応状況の話に移った。内容はロンやマールとわしが開拓地でやってきたことや、援軍に来て今もこの開拓地にいる三人の竜騎士についての説明だ。主にロンが話をしていたが、わしやマールも途中で補足していた。
しかし、わしは頭の片隅で紫の光のことを考え続けていた。
「毒水晶のことで、ちょっとな。気にせんでくれ」
「なにか気づいたことがあれば教えてくれよ。他人事じゃないしな」
「うむ」
「ところで、開拓村についての話だけど、ジオールはどう思う?」
ロンが補給基地からの援軍について説明したとき、開拓民の受け入れや開拓村設立の可能性についても話をしていた。開拓本部の上級幹部である竜騎士、白竜のダイラからの提案らしい。
「ここに開拓村を設立するということは、今までのような仮拠点を作って各地を回るのではなく、この場所にとどまって一生を過ごせる規模の村を作るということだの?」
「そうだね。実際に村を作るとなったら、少なくとも安定するまでの数年間はここで暮らすことになると思う」
「つまり、それだけこの場所に拘束されるということだの。だが、それを嫌う者がいるかもしれん。正騎士たちは、各々の目的があって開拓地に来ているだろうしの」
「そうなんだよなぁ。個人的にはみんなに残ってほしいけど、強制はできない」
「わし自身もいろいろと思うところはあるが、まだ考えがまとまらんの。少し時間をくれるか」
「わかった」
ロンはうなずいてから、飛竜だった娘、キュウの手を引いて会議室を出て行った。
わしも会議室から出て扉を閉め、廊下を歩く二人を見送る。
毒水晶による変化があってからまだ日は浅いが、あの二人はまるで昔からあの姿だったように肩を並べて歩いている。
仲が良いに越したことはないんだろうけども、慣れるのが早いのう。
わしは二人に背を向け、自分の部屋へ向かった。
ロンにも言ったが、自分の考えを整理する時間が欲しい。
毒水晶についてのドワーフの記録では、ロンたちのように自分以外の者に不調が起きた例はなかったはずだ。
自室に戻ったわしは、前に見た毒水晶に関する情報を思い返した。
確か、ドワーフに発生した毒水晶の不調は腕が多く、次に指、目だったと思う。
今までは疑問に思わなかったが、改めて考えてみると不調の部位はどれもドワーフが頼みとする場所だ。
腕は言わずもがな、鍛冶に採掘。指の器用さは石や鉄の工芸品、細工物の作成に必須。目は宝石や鉱物、加工品の目利きの要だ。
次に、この開拓地の兵士たち。連中に指や目の不調は見られず、全員が両足か利き腕の不調だった。
開拓地の兵士たちは、訓練でまず足を鍛えさせられる。広い大地を移動し、物資を運び、味方とはぐれたときには自力で拠点へ戻れる脚力を身につけるためだ。
そして魔獣との戦闘では武器を使う。当然、利き腕でだ。腕の不調が多かった遠征隊は、戦闘の得意な腕利きの兵士を選抜していた。当然、腕に自信のある者が多いだろう。
「そいつの一番自信があるところに紫の光が飛んできた、か」
あのときはムスタが思いつきで言ったような言葉だったが、改めて口にしてみると事実に当てはまっているように思える。
正騎士の不調部位もそうだ。
カエデの右腕は剣、マクシムの左腕は盾、リアラの目は弓の扱いに必須。
強大な魔法を扱うルスカとユニは、その魔法を扱うことそのものを封じられた。
ロンとマールは、共に戦う竜や動物をやられた。
ムスタの股間は、まあ、わしにはなんとも言えん。そういう男もいるんだろう。
しかし、そうなるとわしの場合はなんだ?
わしは自分の腹をなによりも頼りにしていたというのか?
ドワーフが頼みにすべきは、まず自分の腕。だが、それがまだまだなのはわし自身が一番よく知っておる。故郷にはわしより上の職人がいくらでもおる。
指はどうか。ボウガンならば量産品程度の精度のものを作れたが、一流どころの技師や細工師には遠くおよばん。
目は。わしには目利きの経験が足りない。世界は広く、まだ目にしたことのない鉱石や宝石は無数にある。
そもそもわしがこの新大陸に来たのは、鍛冶師として高みに立つべく、まだ見ぬ希少な鉱物、宝石を探すためだったのだ。
結局、わしがもっとも自信を持っているのは、鍛冶の腕ではなく酒をいくら飲んでも潰れない自分の腹だったということか。
情けない。
部屋の片隅に置いた荷物をあさり、一番奥にしまっておいたものを取り出す。
黒い鉄の頭に、ヒビの入った白木の柄。わしが最初に作った片手持ちの小型ハンマーだ。
こいつは重量バランスと加工の質が悪く、使っているうちに柄にヒビが入った。
見てくれはそれなりに整えてあるが、道具としては耐久性のない三級品。
直そうと思えば直せるが、故郷の師匠に「教訓として壊れたまま持っておけ」と言われてそのまま残しておいたものだ。
今のわしは、このハンマーと同じだ。
見てくればかり一人前で、しっかりした芯が通っていない。
わしは自分の腕や指や目に誇りを持っていなかった、石と山の民ドワーフとして恥ずべき男だ。
他の者は、自らが頼みとする能力を失い、それでもなお自分を見失わず困難へ立ち向かおうとしているというのに。
このままでは、故郷の同族にも、この開拓地の騎士や兵士たちにも合わせる顔がない。
わしは手製のナイフを抜くと、自分のあごヒゲをかきわけ、刃をのど元に当てた。
◇
兵士たちに聞くと、ロンはムスタの部屋に向かったという。
その兵士はわしを見てずいぶん驚いていたようだが、仕方のないことだ。いずれ慣れてもらおう。
廊下を歩いていくと、ムスタの部屋の前にロンとマール、それに彼らの竜や使い魔がいた。
ロンとマールはわしの顔を見てから、お互いの顔を見合わせて小さく首を振っている。
マールの使い魔、クマ娘のガウが鼻をひくつかせ、マールに向かって一声鳴いた。
「えっ、ジオールのおっちゃん?」
マールが大口を開けてわしを指さしている。失礼なやつだ。
ロンはというと、横に立った竜娘のキュウと揃って目を丸くしてわしを見ていた。
「そのヒゲ、どうしたの」
「すべてそり落とした。見苦しいとは思うがの」
「いや、別に見苦しいとかそういうのはないんだけど、なんでまた」
「わしは自分の未熟さを思い知った。初心に戻ってやり直すためのきっかけのようなものだの。それよりも」
ヒゲをそったことでロンたちをずいぶん驚かせたようだが、話したかったのはそのことではない。
「開拓村を作るなら、石工仕事に鍛冶仕事はあるな?」
「ん? ああ、そうだね。建物や道路には石が必要で、長く生活するなら魔獣用の武器防具も補修とかが必要になるし」
「それだけではないだろう。農具や鍋、包丁、石臼なんかの生活用具に、釘やハンマー、ノコギリなどの工具。細かいのをあげればきりがない」
「そのへんもあるか」
「そういった石や鉄の仕事に、わしも関わらせてほしい。そうしてくれるなら、わしはここに残ろう」
「いいのか?」
ロンが意外そうな顔でわしを見た。
「正直ありがたいけど、騎士としての任務だってあるんだ。ジオールへの負担が大きくなると思うぞ」
「望むところだ」
この新大陸に来たころは、新たな鉱石や宝石を探すため一か所にとどまらず大陸の各地を回るつもりだった。
毒水晶のことが無ければ、わしは他の開拓地に移っていたかもしれない。
だが、今のわしに足りないのは新素材ではなく自信、そしてその根源になる経験だ。
なにもかもを最初から作り上げていく開拓村の立ち上げなら、自らを鍛え直すのにちょうどいい。
この地に腰を据えて、石や鉄に関わることならなんにでも取り組んでいこう。
ドワーフとしての自信を取り戻すために。
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