第23話 欠けた騎士たち

「今日はあまり長々と会議をするつもりはない。全員が紫の光の被害を受けているし、まだ混乱が続いてるだろう。ケガ人もいるしね」


 ルスカがそう言って全員を見る。

 今回の会議はルスカが主催なので、司会や仕切りもルスカだ。


「今日の私からの議題は二点。最初に紫の光の被害内容の確認で、次に対応状況の共有だ」


 ルスカが資料を取り出しながら俺のほうを横目で見た。


「まず兵士の被害内容について。遠征隊の参加者は私が確認した。開拓地側の状況はロンから教えてもらったよ。それを合わせて計算したのがこれだ」


 机の中央に、ルスカがまとめた被害状況の資料が広げられる。俺もその横に、キュウから受け取った開拓地側の被害状況詳細の資料を並べた。

 騎士たち全員が身を乗り出して資料を見る。


 ・兵士数は合計して約二百五十人。

  (防衛隊が約百五十、補給隊が約五十、遠征隊が約五十)

 ・全員が紫の光により両足か片腕の不調。

  (比率は、およそ三人のうち二人が両足、一人が片腕)

 ・足と腕の両方が不調になった者はいない。


「この資料を見る限り、足をやられた人が多いですね」


 剣騎士カエデが顔を上げてルスカを見た。


「遠征隊にいた兵士たちの大半は、腕をやられていたと思いましたが?」

「そうだね。遠征隊だけで見るなら八割が腕の不調だった。逆に防衛隊と補給隊は足の不調が多い。合計するとその数字になるよ」

「ふむ」


 カエデが俺の用意した防衛隊側の資料を見てうなずく。

 遠征隊側は腕の不調のほうが多かったのか。


「それで、だ。紫の光による不調について、私たち正騎士に発生したものも確認しなきゃいけない」


 ルスカの言葉に、全員が表情を硬くした。


「それは命令かい? 僕らの間に上下関係はなかったと思ったけど」

「いや、命令ではない。ムスタの言うとおり私たちの身分に上下はない同列だ。お互いに強制的な命令をする権限はない」


 ムスタが問い、ルスカがすぐに答える。

 確かに、俺たち正騎士九人の間に絶対的な上下関係はない。

 実戦経験の豊富さや冷静な判断力、それに人徳の関係でルスカがまとめ役になりがちではあるけど。


「だが、私たち正騎士は、それぞれが持つ能力を発揮すること前提に開拓任務に就いている。たとえば私なら治癒魔法だ。だが、今の私には魔法が使えない。これからは、ケガをしても私がいるから大丈夫なんて考えをされたら困る」


 ケガの治りきっていない盾騎士マクシムが、しょんぼりした表情で自分の頭をかいている。

 正騎士の中でケガをする回数が一番高いのはマクシムだ。その自分を盾にするような戦い方は、ルスカの治癒魔法がなければ長くは続かないだろう。


「自分の能力に関することだ。不利になることもあるだろうし、言いづらいのはわかる。だから、すべてを話せとは言わない。ただ、魔獣との戦闘に関する部分はなるべく教えてほしい。この開拓地にいる全員の命に係わることだしね」

「わーかった。理解したよ」

「ありがとう」


 ムスタが引っ込み、ルスカが改めて全員の顔を見る。他に反対意見は出なさそうだ。


「最初は発案者の私からにするべきだろうね。私の不調は、さっきも言ったが治癒魔法が使えなくなったことだ。それ以外の魔法も使えないと思ってもらっていい。腕や足は動くから武器を使った戦闘なら多少はできるけど、期待はしないでくれ」


 開拓地の中で、ルスカ以外にまともな治癒魔法が使える者はいない。これからは薬の備蓄を増やしたほうがいいだろう。


「他に話してくれる人はいるかい?」

「それじゃ、次は俺で」


 ルスカが言い終わったのを見計らって、俺は自分の手を上げた。

 こういう重苦しい雰囲気は苦手だ。とっとと終わらせたい。俺の場合、キュウが人に変わったなんてのは見れば一発でわかるんだから隠す意味もないし。


「俺はキュウが飛竜から人に変わった。俺自身には不調はないから一応は戦えるけど、今までみたいな空からの援護や偵察はできない」

「キュウ」


 膝の上のキュウが俺に合わせて手を伸ばし、声を出してくれた。


「よーしよし、ありがとうキュウ。見ての通り、今のキュウの姿は普通の女の子だ。キュウは戦闘に参加させないぞ」

「のうロンよ。わらわにはよく見えんが、その膝の上に乗せている人影がおぬしの竜か?」


 キュウの頭をなでていると、リアラが紫の瞳をこっちに向ける。


「ああ。中身は元のキュウのまま変わってない。クセは竜のころと同じだしね。ああでも、食べ物は人間と同じものになったな。あと最近はサインで簡単な対話もできるようになったぞ。他にもいろいろ手伝ってくれるし」

「そこまで聞いておらんのじゃ。おぬし、竜バカ具合が悪化しておらんか?」

「竜バカってひどくないか。俺はキュウが竜でも人でも態度を変えないようにしてるぞ。キュウが一生懸命頑張ってるってのも言いたい」

「うーむ、ここまでじゃったかのう」

「リアラさん。ロンさんは前からアレですよ」

「ふむ、カエデが言うならそうかもしれんのう」


 隣のカエデが口をはさみ、リアラが納得したように俺から視線を外した。

 アレとはなんだアレとは。


「じゃあオイラもいいかな」


 マールが声を上げ、自分の使い魔たちを前に出す。


「オイラもアニキと同じで、使い魔のみんなが人間になったんだけど……」


 人間に変化した使い魔の能力についてマールが説明し、全員が黙ってそれを聞く。

 この調子で、一人ずつ自分の不調についての説明がされていった。


 岩騎士ジオールは腹に光を受けたものの、不調の正確な内容は今も不明だ。ただ、少なくとも酒は飲めなくなったらしい。一口飲んだだけで酔いつぶれ、次の日は二日酔いが一日中続くとのこと。


 弓騎士リアラは見た目通り両目に光を受け、視界がひどく悪くなった。腕や足に影響はないので弓自体は引けるが、狙いがつけられない。戦闘も難しいだろう。


 剣騎士カエデが光を受けたのは右腕。物を握る程度の握力は残っているが、今までのように剣士として戦うことは無理だそうだ。


 盾騎士マクシムは左腕がやられていた。戦闘時のマクシムはいつも左手に巨大な盾を持っていたが、今はそれを持ち上げることもできないらしい。利き腕である右腕は問題ないので、武器を振ることはできるそうだが。


 で、残りの二人なんだけど。

 二人のうちの一人、術騎士ユニはいつのまにか椅子の背もたれに寄りかかって寝ていた。


「これ、起きんか」

「んにゃ」


 リアラにほっぺたをつつかれ、目を覚ましたユニがあたりを見回す。

 その顔はまだ眠そうで、だらしなくゆるんでいる。


「おぬしの番じゃぞ。紫の光を受けて、おぬしはどうなったんじゃ」

「あー、あたしー?」


 ユニは視線を上に向けると、両手で自分の目をこすった。


「あたしー、難しいこと考えると、眠くなるの!」


 あんまりな回答に、会議室の中が静まり返る。


「どういうことなの」


 俺は思わずそう言ってしまったが、返事は帰ってこない。

 遠征隊に参加してた騎士たちは事情を知っているのか、お互いの顔を見合わせている。

 やがて、ルスカが小さくため息をついて俺のほうを見た。


「補足するよ。ユニは紫の光を頭に受けた。その後から、あんな調子になってしまってね。物事を深く考えることができないようなんだ」

「考えるのって疲れるよねー」


 研究者のセリフじゃないぞそれ。

 あの冷静沈着なユニがここまで変わっちゃうとは。 

 元は赤色だった髪に紫が混ざってるのも、頭に紫の光を受けたせいか。


「いやでも、そんな状態だと魔法を操るのは厳しいんじゃないか?」

「まあ、そうだね」

「この前の時の、遠征隊の避難所から草原まで撃ちぬいてた破壊魔法ってユニが使ったんじゃないのか?」

「あの魔法を撃ったのはユニだよ。彼女は魔法そのものが使えなくなったわけじゃないんだ。ただその、考え事が苦手になったぶん、魔力の制御ができないみたいでね。あの時は彼女が制御なしの全力で破壊魔法を使ったんだ。その直後に魔力切れで倒れて、それから丸一日は眠っていたよ」


 ユニが自分の頭の上で片手をひらひらさせている。


「前はいろいろ細かいこと考えながら魔法を使ってたんだけどねー。今はむーりー」

「ということは、戦闘は厳しいか?」

「うーん。破壊魔法は撃てるよ? でも加減がうまくできないから、たくさんは使えないかなー」


 ルスカと違って、魔法そのものは使えるけど制御ができないってことか。

 魔法が使えることは喜ぶべきなんだろうけど、ちょっと怖いな。


「で、残りは僕か」


 最後の一人、また机の上に突っ伏していたムスタが顔を上げた。


「僕は腹のほうをやられた。ずっと痛みが消えなくて、寝てても痛みで起きるくらいだよ。戦闘は正直きついな」


 今も痛みがあるのか、その表情は暗い。

 腹に光を受けたのはジオールとムスタだけど、ジオールは痛みはないと言っていた。

 というか、痛みがあるのは今のところムスタだけか?

 兵士たちにも痛みを訴えた者はいなかったと思う。

 

 などと考えていたら、女性騎士カエデ、リアラ、ユニの三人が揃ってムスタのほうを向いた。


「正確には股間に光が命中してましたね」

「うむ。確かに股間じゃった」

「ちんちーん」


 キュウが心配そうな顔をして俺を見上げた。

 ごめん、鼻水が出ただけだから。大丈夫だから。

 三番目の発言をしたのは誰だ。ユニか。

 研究者が会議中にする発言じゃないだろそれ。

 だめだ、鼻水をふき終わるまでしゃべれない。


「まあ、天罰てき面と言いますか」

「日ごろからレディに対して失礼な話ばかりしおるから、バチが当たったのじゃ」

「人の身体ばっかり見てて自分の身体は守れなかったのねー」


 机に額をぶつけて動かなくなったムスタに、女性陣が追い打ちをかける。

 ムスタが普段から女性に対してもエロ発言してるせいか、容赦がない。


「飛んできた光が一度足元まで下がって、そこからえぐるように上に飛んでいって、こう、ズンと」

「命中したとたん、踏まれたカエルのような声を出して倒れおったのじゃ」

「倒れた後、紫の光がズボンを透かしてキラキラしてたねー」

「やめろぉ!」


 限界がきたのか、身体を起こしたムスタが自分の耳を押さえて叫んだ。

 そうだ、やめろよ! やめてやれよ!


「ああ、そうだよ! 僕がやられたのは僕の息子様だよ! 今も痛いんだよ! まるで中心にヒビが入ったみたいにずっと痛いんだよ!」


 ムスタの悲痛な言葉が会議室の中に響き、男性陣はみんな視線を落とした。

 なんの中心なのかを聞き出そうとする者は誰もいない。


「だいたい、股間をやられたのがなんで僕だけなんだよ! 本当は他にもいるだろ!?」

「いや、なんでって言われても」

「見たとこ、そいつの一番自信があるとこに紫の光が飛んできてるんだろ? なら他にもいるだろ! ここにいなくても兵士の中に十人や二十人ぐらいいるだろ!」


 目に涙を浮かべたムスタが両手を机について身を乗り出す。


「それは、そう、なのか?」

「オイラよくわかんないんだけど」

「わかれよ! もっと息子様に自信を持てよ!」

「他の者をおぬしと一緒にするでない。迷惑なのじゃ」

「紫の光が当たった場所は偶然ではないと?」

「それはつまり、ムスタが一番自信を持ってるのは、そこかあ?」

「いや、そこに突っ込まなくても」

「顔とか胸とかお尻とか光ってる子、いたかなー?」


 ムスタを中心にして全員が好き勝手に発言し、会議室の中が大騒ぎになる。

 これは落ち着くまで時間がかかるぞ。

 鼻水をふき終えた俺は、とりあえずキュウの両耳をふさいでおいた。

 ちょこちょこ教育に悪い単語が聞こえてくるし。

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