第2章 はじまれ! 開拓村!

第22話 再起の日

 紫の光が降ってきてから九日目。


 遠征隊に参加していた兵士の治療は順調だが、同行していた正騎士のうち聖騎士ルスカ以外の五人にはまだ会えないでいた。治療を担当した衛生兵やルスカから面会謝絶の指示もあったし、警備や指揮が忙しかったのもある。


 しかし昨日の夕方、治療中の正騎士たち五人が動けるようになったとルスカが教えてくれた。

 それに合わせて、一度全員で情報共有を兼ねた会議をしたいとのこと。まだ本調子でない者もいるそうだが、欠席予定者はいないそうだ。


 そんなわけで、今日は紫の光の事件があってからはじめて正騎士全員が集まる日だ。

 久しぶりにみんなが揃うことも楽しみだし、開拓村の設立について話してみるいい機会だとも思っている。

 準備し終えた俺がキュウと一緒に自室から出ると、ちょうど岩騎士ジオールが豊かなヒゲを揺らして歩いてくるところだった。


「おう、ロン。おぬしも今から会議室に行くのかの」


 ジオールは紫の光を受けてからずっと調子悪そうだったが、今日は顔色が少し良くなっている。


「ああ。ジオールもか? ちょうどいい、一緒に行くか」

「そうするかの」

「キュ!」


 資料を持ったキュウが先を歩き、俺とジオールがその後をついていく。

 キュウは最近、いろいろと世話を焼いてくれるようになった。

 ベッドメイキングは全部やってくれるし、荷物運びも二人で半分ずつ持つようになった。今も俺が用意した開拓地の防衛に関する資料を持ってくれている。

 飛竜から人の姿に変わっても、俺の力になってくれようとキュウなりにいろいろ考えて、がんばってるのが伝わる。

 俺もやれることをしっかりやらなきゃな。

 ひとまず、余裕ができたらキュウの服を用意したい。

 キュウは今も俺の予備の服を着ているが、ぶかぶかなので手や足の出るところを何度も折り返している状態だ。その姿を見てると、ちょっと申し訳ない気持ちになる。


 廊下を進み、開けられていた会議室の扉をくぐると、中央の大テーブルにはすでに三人が席についていた。

 奥の席に座った灰色の短髪の壮年男性、聖騎士ルスカが俺たちのほうを見て微笑む。


「やあ。今日はジオールも元気そうだね」

「ルスカこそ、調子は戻ったかの?」

「おかげさまでね」


 ジオールとルスカがお互いの顔を見て笑い合った。

 黒く簡素な聖職者の平服が、ルスカの穏やかな表情と合わせて落ち着いた雰囲気を出している。顔色も良く、遠征の疲労は抜けたようだ。


「おー、ロン、ジオール。久しぶりだあよ」


 ルスカの隣にいた青髪の巨漢が、間延びした声を上げる。その上半身は包帯が巻かれた痛々しい姿だが、声を聞く限りは元気そうだ。


「おう、マクシム。久しぶりだの」

「ケガの調子はどうだ?」

「まだ痛むけど、だいぶ良くなってきたよ。もう少しで動けそうだあね」


 そう言って盾騎士マクシムが朗らかに笑う。

 愛嬌のある丸顔に、騎士団でも最大の巨体。戦闘では大盾を手に味方を守る重装騎士で、この騎士団の安全のため文字通りの「盾」となる男だ。

 先日の遠征では、紫の光を受けた後から避難所に戻るまで、身体を張って部隊を守っていたと聞いている。今の全身のケガはその時のものらしい。


「で、ムスタだけど」


 俺が言うと、全員の目が残りの一人に集まる。

 当の本人はテーブルに突っ伏した状態で、彼の長い銀髪がテーブル上に広がっている。顔は長髪に埋もれていて見えない。

 その頭の横には、羊のような黒い巻き角が生えている。この開拓地でこんな角を持ってるのはムスタだけなので、本人には違いないだろうけど。


「寝てるのか? というか、大丈夫なのか?」

「一応、この部屋までは自力で歩いてきたよ。まだ痛みがひどいらしいから、なるべくそっとしておいて」


 ルスカがフォローを入れると、ムスタは突っ伏したまま右手を伸ばし、親指を上に向けた。

 起きてはいるらしい。


 陰騎士ムスタ。魔法が得意な少数種族インプの一員で、種族特有の銀髪と二本角を持つ男。

 見た目はマールと同年代の、褐色肌で小柄の中性的な美少年。だがインプの寿命は人間の数倍あり、ムスタの実年齢はルスカよりもずっと上だったりする。

 ムスタ自身は魔法と体術の両方に通じ、身を隠す能力に長ける。一度物陰に潜めば、誰にも気づかれぬまま任務をこなせる能力が「陰騎士」の名前の由来だ。ちなみに「影」騎士でなく「陰」騎士なのは本人のこだわりだ。

 この開拓地では偵察や警戒、調査が主な役目だが、戦闘もこなせる。


 欠点として、自他ともに認める女好きであり発言にはエロオヤジの傾向がある。

 本人いわく「本当は魔法専門だけど刃物を持った女に追いまわされてるうちに身体も鍛えられた」そうだ。

 ある意味、この開拓騎士団の中で一番の問題児というか問題ジジイである。

 

 俺とジオールが席に着くと、廊下のほうから複数のにぎやかな声が聞こえてきた。


「ねー、しっぽ触らせてよー」

「だめだってば。もう会議室だよ」

「その先の左が会議室です。足元に気を付けてくださいね」

「おう、すまんのう」


 最初に入ってきたのは栗色の腰まである長髪を揺らした少年、獣騎士マール。

 後ろにはいつもの四体、いや四人の使い魔を連れている。

 フクロウのクー、クマのガウ、キツネのクァオ、リスのクォン。

 彼らは相変わらず毛皮の胸当てだけを身に着けた野性的な恰好で、露出度が高い。顔を上げたムスタが使い魔三人娘を見て「うひょほほほ」とか言っている。


 そのすぐ後ろ、正確にはクォンの背後で、両手の指をわきわき動かしている女性が一人。

 彼女がクォンのリスしっぽに飛びつこうとし、寸前でよけられて床にべしゃっと転ぶ。


「あいたたた。もう、いじわる」


 女性が起き上がると、ふわふわとした豊かな長髪がマントのようになびいた。その髪の毛は不思議な輝きがあり、根元は紫で毛先に行くほど赤色に変化している。

 そして、その華やかな髪とは対照的にも見える地味な黒っぽいローブを着ていて、背の高さはマールと俺の中間くらい。


 いや、誰だあれ。あんな人、この開拓地にいたか?


「しっぽは敏感なんだ。そんな無理やり触ろうとすると嫌われるよ、ユニの姉ちゃん」

「ユニぃ!?」


 マールが彼女の名を呼んで、俺は思わず声を上げてしまった。

 ユニと言ったら正騎士の一人で、強力な魔法の使い手にして魔道具の研究者、術騎士のユニだが。


「お、ロンだ。元気ー?」

「あっはい、元気です」


 ユニと思われる女性は、にっこり笑ってこっちに手を振った。

 あんな無邪気な笑顔のユニは見たことないぞ。

 俺の知ってるユニは、基本的に無口、無表情、無感情。他人とは距離を取り、任務がないときは常に私室にこもって研究に没頭するタイプだ。

 それに髪の毛は赤一色のストレートロングだったはず。あんな夕暮れの地平線みたいな紫と赤のグラデーションじゃないし、ふわふわのくせっ毛でもない。


「なんじゃ、騒がしいのう」

「おや、もう皆様お揃いでしたか」


 続いて、黒のポニーテールを揺らした長身の女性が、金髪ショートで細長い耳をした小柄な女性の手を引いて会議室に入ってきた。

 よく見知った二人だが、明らかに違う場所が一か所ある。


「おいリアラ、その目は」

「む? その声はジオールかの?」


 声をかけられ、部屋を見回す金髪の女性。その瞳は両方とも濁ったような紫色に染まっていて、目全体がほのかに紫の光を放っているように見える。

 本来は青く澄んだ瞳を持つ、森の長寿種族エルフの射手。弓騎士リアラ。

 見た目は若いが、ムスタよりもずっと年上の騎士団最年長で、老練な弓の腕は百発百中。自然に関する知識も豊富な騎士団の知恵袋だ。

 服装は普段通り、森や草原の保護色となる緑を基調にしたチュニックとズボン。だけど、いつも手放さなかった愛用の弓は持っていない。


「リアラは目をやられたのか」

「そっちの声はロンか。これでも、ぼんやりとは見えておるよ。視界がだいぶ紫色じゃがの」


 リアラは軽く肩をすくめると、空いていた席に座った。


「ま、詳しくは後でじゃ。ありがとうよカエデ」

「いえいえ」


 リアラの手を引いていた長身の女性、剣騎士カエデが軽く頭を下げる。彼女はリアラから手を放すと、ムダのない動作でリアラの隣の席に座った。

 旧大陸でも東方の出身で、その地方特有のゆったりした服を着こなすカエデは「剣騎士」の名前に恥じない剣の達人。一対一の正面戦闘では、ここにいる正騎士九人の中で最強だろう。

 礼儀正しく明るい性格で、普段なら挨拶に続けて二言くらいしゃべるのだが、今日は静かだ。よく見ると彼女は一か所をじっと見ている。

 いや、カエデだけではない。全員の視線が一か所に集まっている。


 視線をたどって横を見ると、そこにはマールと使い魔たちがいた。

 彼らはひと固まりになって一つの席についている。


 紫の光が降る前、マールが今のような会議で椅子に座るときはいつも使い魔たちに囲まれていた。背後をクマに抱きかかえられ、膝や肩の上にキツネとリスを乗せ、背後にはフクロウが立つ。獣使いということで、それが自然なことだと受け入れられていた。


 今は一番大柄の半裸クマ美女ガウが椅子に座り、その膝の上にマールが座り、さらにマールの左膝の上に半裸キツネ幼女クァオ、右膝の上に半裸リス少女クォンが腰かけている。背後には翼をたたんだ半裸フクロウ老紳士クーが、執事のように控えていた。

 使い魔の配置自体は前と同じなんだけど、今は美女を周囲にはべらせて背後に護衛を立たせた悪徳貴族の跡取りに見える。


 マール自身はすごく居心地悪そうな顔をしていたが、使い魔たちを振りほどくようなことはしなかった。

 そんなマールたちをキュウがうらやましそうに見ている。

 どんな目で見られても自分の相棒から離れないという、あの姿勢は立派だ。俺も見習うべきだろう。俺はキュウを手招きして、膝の上に乗せた。


 微妙な緊張感がただよう沈黙の中、ルスカが咳払いをして口を開いた。


「みんな揃ったね。会議を始めよう」


 騎士たちがルスカに注目するが、ムスタだけは視線を変えずに使い魔という美女に囲まれたマールを見続け、歯ぎしりしている。


「ぬぐぐぐぐぐぐうらやましいいいいいい」

 

 相変わらずだな問題ジジイ。

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