第6話 防衛体制

 開拓地の中心、木造の大型兵舎に併設された会議室の中で待っていると、各隊の状況を確認した兵士長たちが続々と報告に来る。

 やはり、夜番以外の兵士たちにも被害があった。

 防衛隊、補給隊の全員に、紫の光による何らかの不調が認められるとのこと。


 兵士たちの報告内容をまとめると、こんな感じだ。


  ・防衛隊は、七割が足、三割が利き腕の不調。

  ・補給隊は、小隊長クラスの四名が利き腕、他は全員が足の不調。

  ・足や腕以外の部位が不調になった者はいない。

  ・足と腕の両方が不調になった者はいない。

 

  ・不調の程度は個人差が大きい。

  ・軽い者は、腕力や脚力が半分くらいになったが、動かすことはできる。

  ・ひどい者は、強く力を込めてようやく指先が動かせる程度。


  ・足が不調の者は、全員が両足とも不調。片足だけ不調の者はいない。

  ・腕が不調の者は、全員が利き腕側の不調。反対側の腕は問題なく動く。


 報告を終えた兵士長たちに、今は歩けるもので最小限の見張りを行い、他の者は待機の指示を出しておいた。


 彼らが会議室から出ていったあと、残った俺とキュウ、ジオールは机に突っ伏して頭を抱えた。

 キュウは俺の真似をしているだけっぽいけど。


 午後番のマールは、まだ呼ばずに寝かせてある。

 昨日の宴の後、ヒポグリフの肉の臭いに誘われた魔獣が来る可能性があるため、マールと使い魔たちには夜中まで警戒を延長してもらっていたせいだ。

 この後は忙しくなるだろうし、今のうちに少しでも休ませておきたかった。


「ここまでとはのう」

「ああ。このままだとまずい」


 はっきり言って、戦力的には大打撃を通り越して、壊滅的と言っていい。


 足をやられたものは、巡回できないのはもちろん、戦闘もままならないだろう。

 敵に近づき、攻撃を避け、武器を振るう身体を支えるのは、足腰だ。


 腕をやられたものは、できて開拓地周辺の巡回くらいか。利き腕でないほうに武器を持たせても役には立たず、やらせるなら盾を持たせて防御に専念させる程度だ。


 俺の向かいの椅子に座っていたジオールが、顔を上げてうなり声をあげる。


「さっきまでは兵士たちがいたので話さなかったが、この紫の光には心当たりがある」

「なんだって?」

「ドワーフの言葉になるが、毒水晶というのを聞いたことがあるかの」

「いや、はじめて聞くが、毒ってことは」


 思わず、隣の椅子に座っていたキュウの手を取る。その指先は冷たくなっていて、俺の不安をかきたてた。


「放っておいたら危なくなるとか? 解毒しないと手遅れになるなんてことは。キュウは外見にまで変化があったんだぞ。毒の進行速度はどれくらいなんだ」

「落ち着け。毒水晶による不調は個人差が大きいが、それが原因で死んだ例はない」


 椅子に座りなおしたジオールが、大きく息をついた。


「知識のないものが毒水晶と聞けば、兵士たちが混乱するかもしれんから黙っておった」

「それは、そうかもしれないけど」

「だから、死ぬことはないと言っておろう。おぬしがそこまで慌てるとは思わんかったぞ。騎士がそのありさまじゃ、兵士たちも落ち着いていられまい。黙って正解だったのかもしれんの」

「ああ、その、すまん」


 いつの間にか、俺は立ち上がって身を乗り出していた。椅子に座り、深呼吸して、キュウの手を握りなおす。

 どうも今日は朝から混乱続きで、なかなか冷静になれないでいた。

 キュウも不安顔でこちらを見ている。少しでも落ち着かないと。


「毒水晶は、砕けることで周囲の広範囲に紫の光を発する。それを受けた者は、身体に何らかの不調が発生する。だが、不調といっても命にかかわるものではなく、一度発生した不調はそれ以上悪化することもない。毒というより、呪いと言ったほうが伝わりやすいかもしれんの」


 呪い、か。どっちにしても物騒な言葉だ。とても安心できない。


「解毒というか、直す方法は?」

「まったくわからん。石と山の民であるドワーフとしては恥ずべきことだがな。毒水晶は希少なもので、性質は解明されてない部分のほうが多いのだ。わしらの故郷でも、研究用にまとまった量の毒水晶を探しておる」

「それじゃ、キュウも、兵士たちも、ずっとこのままなのか?」

「不調は自然に治ってはいくが、完治には年単位の時間がかかる」


 ジオールの言葉に、俺は何も言えずキュウのほうを見た。

 キュウは、俺の手を握り返しながら、大きな瞳でこちらを見ている。

 毒水晶の光自体には、すぐに命を害するものではないとしても。

 この魔獣がはびこる新大陸の奥地で、まともに歩けない、武器を握れないというのは、文字通り生死にかかわる。


「救いは、馬が無事だってことかの。人手のいる作業も、ひととおりは終わっておる」


 幸いにも、開拓地にいた軍馬や、補給隊の馬車を引いてきた馬たちに紫の光を受けた様子はなく、普通に走ることができていた。餌となる牧草も大量にある。

 補給物資の荷下ろしも昨日のうちに終えており、直近で腕や足を必要とする作業は片付いている。


「遠征隊も、毒水晶の被害を受けたと思うか?」

「それもわからん。だが受けたとしても、戦力は向こうのほうが揃っておるし、兵士を含めて全員が乗れる馬車もある。おそらくは、戻ってくるわい」

「なら、俺たちは開拓地の守りをどうにかしないといけないな。魔獣の群れにでも襲われたら、迎え撃てない」

「うむ。だが、まともに動けるのは、わしらくらいだぞ」

「そうだなぁ」

「キュー」

「ああ、キュウは無理しなくていいからな?」


 ジオールは、身体のどこかが動かないというようなことはなく、愛用の斧を振り回すことができている。

 俺も槍や剣を素振りしてみたが、とくに不調などは感じなかった。

 キュウは兵士一人を運ぶくらいの腕力はあるようだが、今の姿は女の子だ。その身体に着せられるサイズの武器や防具もない。魔獣と戦えるとは思えないし、戦わせるのは俺が許さない。


 防衛隊に補給隊、あわせて二百人近くが詰めるこの拠点を、俺とジオールの二人だけで守り切るというのはまず無理だ。


「正直なところ、わしには良い対策は思いつかん。何か考えはあるかの?」


 竜騎士団で、危機事例への対策という講義で勉強した中に、使えそうなものがあるだろうか。

 たとえば、拠点に疫病が発生し、兵士たちが弱っている場合の対処法のうちのひとつ。


「対策ってほど立派なものじゃないけど」

「聞かせてくれ」

「俺の考えでは、今の状態でのまともな長期防衛は不可能だ。かといって、ここから開拓本部への移動も、今の兵士の状態では無理だろう。開拓本部から援軍を呼んだ上での、短期防衛をする」

「防衛か。しかし、今の兵士たちに使えて、魔獣に通用する武器があるかの」

「小型のクロスボウを使う」


 普通の弓と違い、撃つだけなら筋力のいらない台座付きの仕掛け弓、クロスボウ。

 大型クロスボウは、弓を張るのに腕から腹、足まで、全身の筋力で踏ん張る必要がある。今の兵士の状態では使用できないだろう。

 だが、レバーや歯車を使って弓の弦を張る小型クロスボウなら、腕の力だけでも扱えると思う。


「本来なら一人で使うものだけど、使い手の兵士が弱っている今は二人一組で使わせる。腕を動かせる兵士で弓を張って矢をつがえ、歩ける兵士が射撃位置までクロスボウを運び、撃つ」

「ふむ。それなら、なんとかなるか」

「ただ、クロスボウの数は多くないから、開拓地の全部を守るのは無理だろう。防衛範囲をギリギリまで狭めなきゃいけない」

「少しは作ろうかの」

「え、クロスボウ作れるの?」

「耐久性は保証せんし、精密射撃はできまい。そこそこの威力の矢を、前に飛ばすのがせいぜいの代物だ。だが、ここの魔獣は的がでかい。その場しのぎはなるだろう。弦に、ヒポグリフの足の腱を使わせてもらうぞ」


 それでも作れるんだ。さすが職人集団ドワーフ。


「だが、どうやって援軍を要請するかの? おぬしの飛竜は、その姿では飛べまい。馬も、乗れる者がおらんだろう」

「ああ。しいて言えば、俺が馬に乗れば行けるかもしれないけど」


 伝令には、馬に乗った自分の身体を支える脚力と、寄ってくる魔獣を迎え撃てるだけの腕力がいる。だが今は、腕と足両方とも動かせる兵士はいない。そんな兵士たちに伝令をやらせても、魔獣のいる草原を無事に抜けられるとは思えない。


「おぬしが行くのはダメだ。ここが守り切れない。ああ、あと、悪かった。そんな顔をするな。飛べないことを責めてるつもりじゃないんだ」

「わかってるよ。ほらキュウ、別に誰もお前を怒ってるわけじゃないんだからね? しょうがないことだ」


 飛べないことを気にしているのか、俺の横に座っていたキュウがしょんぼりしだしたので、その頭を優しくなでる。

 あれだけ飛ぶことが好きだったキュウなんだ。一番傷ついているのは、この子だろうに。


「竜騎士たちの間で緊急時の連絡に使う、伝書魔法紙ってのがある。これを使おう」

「ほう。飛竜がいるのに、そんなものも使っているのか?」

「飛竜がいるからこそ、だよ。竜騎士は単独行動も多い。今回みたいに、飛竜が飛べなくなったときの緊急連絡用に持たされてるんだ。これのあるなしで、竜騎士の死亡率がだいぶ変わる」

「なるほどのう」

「俺が持ってる魔法紙の受け取り先は、開拓団本部だ。向こうに伝文が届いてから、四日か五日くらいで状況確認の竜騎士が来ると思う。ただ、使う魔法紙は貴重なもので手持ちは一個しかないし、ごく短文しか送れない。伝文は送る側からの一方通行で、返事も受け取れない」

「送った後は、待つしかないと。そして、援軍の本体が来るのは、それからさらに後かの」

「ああ。だけど、そのころには遠征隊も戻るだろう。今よりはマシになる」


 それから、細かい部分の方針を決め、ひと段落したところでジオールが立ち上がった。


「では、わしは兵士長たちに指示を出しておく。その後は少し寝させてもらうぞ」

「ああ。俺は援軍要請を送る。マールには、俺から状況を伝えておくよ」

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