第5話 決戦

◆◆◆


闘いははじまった。

『迷宮』を埋め尽くす魔物。傷つく勇者――として俺たち。

それでも、俺たちは戦い続ける。

俺たちは、勇者とその仲間なのだから。


◆◆◆


 氷の刃が大トカゲを貫く。凍り付いたそれに恐れ戦いた獣魔たちを俺は刃で切り裂いていった。

 深層に入った途端、魔物大歓迎である。

「ははっ、久しぶりに実戦と行こうじゃないか」

「ああ――やるか」

 セイルは詠唱もなく術式を組み立てると、火炎を放つ。スライムが溶け、獣が逃げる。

「忍者の技術、見せてもらうよ」

「言うまでもない!」

 風のように駆け抜け、刃で切り刻む。虫だろうが亜竜だろうが、東方の名工によって鍛えられた刃は容易くそれらを切り裂く。

「はあっ!」

 勇者は聖剣を抜き放つと、黄金の光を纏う。

 袈裟に一閃。巨大なゴーレムは一刀のもとに叩き伏せられた。

『そのまま直進してください、巨大な魔力反応』

「よしきた!」

 背嚢から煙幕弾を取り出すと、地面に叩きつける。

『ナビゲートは私がします、そのまままっすぐ!』

 視界を奪われた魔物を尻目に、テレサの案内で『迷宮』を迷わず進んで行く。


 そうして、最奥にたどり着いた。

 数十メートルはあるかと言う高い天井に真四角の部屋。

 そのど真ん中。中天にあるのはドス黒い魔力の塊。そして、黒い影のような魔物たちがうごめいている。


「勇者、露払いは任せろ!」

「ああ!!」

 セイルが術式を展開する。可視化された雷撃が円状に広がり、有象無象を吹き飛ばす。

「それでも倒せないなら」

 大型のゴーレムに接近すると、頭部を切り落とす。

 倒しきれない奴は、俺が相手になる。

「勇者は一撃に専念してくれ」

「ああっ!」


 だが、深層となると敵も手ごわい。

 俺もセイルも、徐々に生傷が増えてきた。だが、諦めずに前進する。

 先頭に立つのは勇者。奴は、怯えることなく歩むと、ついに迷宮核を射程に捉えた。


「聖剣よ、異界の力を打ち払え!!」

 聖剣が満月のように輝く。

 奔流する魔力は、影たちですら身動きが取れなくなる威圧感を纏わせる。

 これで終わる――

 

 ――その筈だった。


『勇者、上部に空間転移術式が!』

 テレサの警告。だが、異変はそれよりも早かった。


 紅い鱗。10メートル以上の凶悪な肉体。そして、刃すら食いちぎる牙。


「火竜だ!」

 警告は遅かった。

 出現した火竜はその爪で勇者を薙ぎ払う。

「あっ……」

 鎧を貫通し、血飛沫が上がる。

「つっ!」

 セイルが術式を組み立てる。展開された氷の刃が火竜を襲うが、奴は歯牙にもかけない。

 その強烈な魔力硬度を誇る鱗には、まるで通じていない。

「くそ、無詠唱じゃこれが限界か!」

 俺も重鉄塊を抜き放つ。だが、鱗に阻まれてしまう。

「あっ……」

 そして、勇者が喰われた。聖剣だけを残して肉と骨を砕かれ、丸のみにされた。

『勇者の反応が消失――そんな」

「落ち着け、テレサ!」

 無茶を言う、と自分でも思った。

『でも!』

「殺したくらいであの勇者が死ぬわけないだろ! 呼びかけろ! あの無鉄砲な奴を叩き起こしてやれ!」

 狼狽するテレサに声をかける。それは、呆けて今にも魔物に喰われそうなセイルにだって同じだ。

『――うんっ!』

 テレサの声に強い決意が混じる。なら、大丈夫だ。

 すぐさま床を蹴ると、跳躍する。今まさにセイルを丸のみにしようとしていた魔狼を真っ二つに切り裂く。

「セイル、やれるな」

「ああ……援護を頼むよ」

 そうして、セイルは詠唱による術式を展開する。

 本来、戦闘において呪文は即座に放つ必要がある。強力であるが複雑な術式は詠唱を必要とするため、使用に向かない。

 だが、今はそんなことを言っている暇はない。無防備だろうと関係ない。


「俺は影! 俺は風! なら、貴様らなんて訳もない」

 駆ける、駆ける。魔獣の爪が、スライムの酸が体を傷つける。だが、俺は止まらない。

 刃を閃かせ、鉄塊を打ち込む。時に蹴りを交えて有象無象を蹴散らす。

「セイルの邪魔はさせねえ!」

 火竜の目が俺たちを捉えた。邪魔だ、と言っているようだった。

 口が開く。喉の奥から炎が噴き出す。

「計算済みだ」

 背嚢から魔法役を取り出す。それを炎にぶつける。

 爆音とともに魔力が拡散する。

「セイル、実験は成功だ」

 炎を防ぐ魔力弾。ついでに竜の魔力を利用して、高速の術式を発生させる。

 詠唱中のセイルは、自信満々な顔で応えてくれた。

「――雷撃よ!」

 そして、セイルの杖から雷撃が放たれる。

「――ァァァァァ」

 影どもが吹き飛び、竜の鱗が焦げる。

「ついでに持ってけ」

 火竜の目に向かって刃を投げつける。

 鱗に覆われていないそこには容易に刃は刺さり、獣は叫んだ。

「――ここまでお膳立てしたんだ、生きてろよ、ユーサー!」


 その時、竜が苦しみだした。外部からの痛みではなく、内部からの痛み。

 腹部が膨れ上がると、中から『手』が飛び出した。

 鱗すら貫通し、それは放り出されていた聖剣を掴む。

 そして、骨と肉が竜の腹から飛び出すと、人の形になる。


「まったく、無茶苦茶だ。これだから勇者は」

 隣で呆れたように呟くセイル。

「俺もそう思う――」

 肉片になっても戦うことを強いられる存在――それは、まさしく呪いだろう。

 けれど、今は頼もしく見える。


「――待たせたね」

 皮が再生し、いつもの――勇者が聖剣を携えて立っていた。

 その姿はどこまでも神々してくて、もう、何の心配もないと思った。

『勇者!』

 テレサの歓喜の声が聞こえた。

「ありがとう。キミの声で目覚めたよ」

『そんなことはいいから! 早く帰ってきなさいよ』

「ああっ!」

 聖剣が黄金の光を纏う。

「これで終わりだ!」

 光が、『迷宮』を切り裂いた。


◆◆◆


『作戦、成功です』


 『迷宮』の魔力が一掃された部屋。その中で、三人呆けたように立ち尽くす。


「浄化……か」

「だろ、異界からの浸食を祓ったんだから、綺麗になったって言うのが分かりやすい」

 わざとらしく眼鏡を直しながら、セイルは自慢気にニヤリと笑う。

「次からはそう言うよ」

 浄化の影響か、魔物の影は完全に消えていた。死骸は残っているが、周囲に敵意は感じない。

「終わったんだね」

 勇者は聖剣を下ろすと、俺たちに確認する。

「ほんと、命がいくらあっても足りないよ。それより、火竜は貰っていいんだよね、研究に使いたい」

「まったく、さっきまで殺されかけたのに」

 この研究者は、ホント――

「ま、とりあえず、ユーサー」

「なんだい?」

「服を着ろ」

 相変わらず全裸の我らの勇者さまに、服を投げつけた。


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