第4話 異変

◆◆◆


悪い報せは、いつだって突然訪れる。


◆◆◆


 夜になれば、冒険者たちも活動を終える。

 『迷宮』内に昼夜の概念はないのだけど、それでも外で生活する人々とリズムを合わせる必要がある。


 夜のギルドは賑やかだ。

 一階は酒場と併設されていて、多くの冒険者が冒険の結果を土産話に祝杯を挙げる。

 もちろん、俺もその一人だ――そして


「きいてますかぁ~~ニックゥ~~」


 我らの通信魔術士テレパスマージも、すっかり出来上がっていた。

 幼さの残る顔を真っ赤にして、舌ったらずの口調で俺に絡んでくる。ハッキリ言って、ウザイ。


「勇者がぁ……また勝手に……」


 内容は勇者の事だ。ホント、彼女は勇者の事となると必死になる。

 ――理由なんて俺を含めてギルドに出入りする人間は皆知っている。新人のガルスですら察していた。


「で、相変わらず勇者様はニブチンでございまして」

「しょうなのよぉ!!!」

 

 テーブルの上にガラス瓶を思いっきり叩きつける。割れなかったからいいものの、周囲はやれやれといった調子で遠巻きに眺めている。

 そこのオッサン……笑ってないで代わってくれ。


「どんだけ心配しても無茶するし、どんだけ好きだって言っても軽く『ボクもだよ、ニックと同じくらい大切さ』なんて言うの。お前レベルかよ!!」

「いやそれは失礼だろ!」

「ホモなの? 男にも女にも恋愛感情を抱くバイなの!? そのくせ新しいアクセサリーと褒めるし訳分からないしっ!」


 結局、彼女が泥酔するまで付き合うことになった。結局、俺は殆ど酔えていない。


◆◆◆


 テレサと俺、そして勇者はほぼ同時期にこの街にやってきた。

 『迷宮』で顔を合わせることが多い俺と勇者はもとより、通信魔術士≪テレパスマージ≫であるテレサも勇者と付き合いは長い。

 いつだって、死んでは蘇るあいつと隣に居た。


 だから、何と言うか腐れ縁なのだ。


 浅層でウロウロしてた時から何度も顔を合わせていたし、テレサの通信であちこち走り回っていた。『迷宮』内では容易く命は失われてしまう。朝、顔を合わせた人間が居なくなるなんて当たり前の光景だった。


『通信中に冒険者が殺されてると……聞こえるんだ。食べられる音』


 俺よりもテレサは死に近かった。


『聞いてくれ、今週は一度しか死ななかったんだ』


 勇者は、いつだって戦い続けていた。


 セイルはそんな俺たちを奇跡だと言った。腐れ縁ですら消えてしまうこの『迷宮』で、愚痴を言い合える仲間が揃うなんて、羨ましい……と。


◆◆◆


「んにゃあ……勇者の……馬鹿ぁ……」

 寝言で勇者に文句を言うテレサを背負い、夜の街を歩く。

 ともかく、こいつを宿に放り込まないといけない。


 見上げた空は満天の星空。満月は黄金に輝いている。


 穏やかな夜――そう思っていた。


 ――大地が揺れた。それと同時に、黒い魔力が俺を貫く。


「ひゃう!?」

 テレサも以上に気が付いたようだ。

 この突き刺すようなどす黒い魔力は間違いない。


『ニック、大変だ』


 珍しく、セイルから交信が入った。


『異界蝕だ。一刻も早くコアの浄化が必要だ』


 家のドアが開き、住民たちが何事かと騒ぎはじめた。


「テレサ、ギルドに戻るぞ」

「ええ、酔いも冷めたわ」


◆◆◆


 翌日、ギルドから正式に通知が行われた。


 『異界蝕』

 『迷宮』が肥大化し、この世界の一部を削り取る現象だ。それが近づいている。

 おそらく、この街は丸々飲み込まれてしまうだろう。


 ただち、冒険者たちを先頭に避難の準備が始まった。


 慌ただしく行き交う人々。飛び交う怒号。そんな中、俺は勇者に呼び出された。

 


 ギルドの一室。中で待っていたのは勇者だけだ。

 普段のヘラヘラした顔じゃない。真剣な顔で瞳が俺を貫いている。


「要件は?」

「次の攻略には、君にも来てもらいたい」

 なるほど……予想は出来ていた。

「構わないが……異界蝕が起こる前に決着をつけるのか?」

「ああ」

 当然のように、首を縦に振る。


 異界蝕を防ぐ手段は、発動より前に『迷宮』の核を破壊――セイルが言う所の、『浄化』をすることだ。

 それが出来るのは勇者が持つ聖剣くらいだと、セイルも言っていた。

 だが、それは危険が伴う。普段から死にながらも『迷宮』の深層に潜るのは、勇者が死んでも生き返ると言う呪いがあるからだ。

「毎度思うんだが、命は惜しくないのか?」

 妙な質問だとは思う。だが、聞いておかないといけないと思った。「そこまでどうして戦う? 正義 のためか? 勇者の使命か?」

 ただ、何も考えずに命をかけることは出来ない。

「正義、と言うのは分からない。僕は所詮、学のない戦う事だけが自慢の人間だ」

 だが、と力強い言葉は続く。

「だけど、やらないといけないと思ったから戦っている」

 ああ、本当に――こいつは何処までも迷いがない、勇者なのだ。

「もっとロマンチックな理由かと思ってたよ。好きな奴の為、とか」

「誰かのため、なんて言わないよ。自分が行動する理由すら誰かに負わせたくない」

 きっと、その言葉を聞いてテレサは泣くのだろう。

「それなら、自分がたくさんの仲間を殺してきたことだって、その人に理由を背負わせてしまう」

 だけど、それは同じだ。

「勇者の使命を背負うのは、僕だけで十分だ」

 その決意はまさしく英雄の物で――あまりにも純粋で尊い。

 だから、やっぱり悲しくなる。

「なら、俺は勇者の道具だよ。せいぜい、使ってくれ」

「――そうだね、頼むよ」

 勇者は手をさしだす。迷うことなく握り返すと、きつく結ぶ。


◆◆◆


 朝が来た。

 決戦の朝だ。


 早く起きた俺は、普段使っている皮鎧ではなく黒装束に着替える。床下から保存しておいた小刀を取り出すと、改めて装備する。

 黒い影。東方に伝わる鋭利な刃。これが、俺の本気の装備だった。


 行きますか。


 宿を出る。既に避難はある程度完了していて、人の気配はまばらだった。

 ギルドから北に行くと、噴水広場がある。セイルのラボからの帰還術式が通じる先であり、普段は冒険につかれた冒険者やそれに対する商いで騒がしい。

 けれど、今は噴水が流れる音だけしか聞こえてない。


「待っていたよ」

 その真ん中に、聖剣を携えた勇者が立っていた。

「さあ、行こう。セイルは中層で合流する予定だ」

「ああ」

 決戦に挑む勇者が仲間として選んだのは、俺とセイルの二人だ。俺としても、これ以上のパーティはこの街に無いと思う。


「……どうしたんだい、ニック」

「ああ」

 殺風景になった街を見る。

「俺はさ、ここみたいな『迷宮』を中心に発展した街に住んでいたんだ」

 そこで、いつか『迷宮』に挑むために修行を積んでいた。

「その街は?」

「異界蝕でやられた」

 今でも思い出す。無力な俺は街から遠ざけられ、遠目から黒い魔力が世界を覆い尽くす景色を見た。

 馴染みの店も、遊び場所も全て消しさられ、後に残ったのは円形に抉られた荒野だけだった。

「あの時は何もできなかったけど、今は挑むことは出来る」

 それだけは、嬉しく思う。

「――勇者はいたのかい?」

「ああ、神に祝福されて、聖剣と不死身の肉体を纏った戦士は居た」

「挑んだのかい?」

「ああ、お前と同じだよ。最後に戦いに挑んで――帰ってこなかった」


◆◆◆


 中層、セイルのラボに入ると、既に奴は準備をしていた。

 黄金の鳥の意匠が施された白銀のローブ。普段はボサボサの髪も真っすぐに整えられている。

「セイル、こんな時はめかしこむんだな」

「当然だよ。死んだときに惨めな格好だと目も当てられないだろ」

 黄金の杖構え、自信満々に口角を上げる。

「それに、主演の舞台に上がるのに、見すぼらしいボロで行くプリマが居るのかい?」

「ねえな」

「君だって、正装だろう」

「ああ。この黒装束はせめてもの手向けだよ。忍≪シャドウ≫の秘技と姿を冥途の土産にしてくれよなって」

「はは、違いないな」 

 三人、向かい合う。

「いいかい?」

 勇者の言葉に、二人そろって頷く。

「ああ。ライセンス忍≪シャドウ≫、ニック」

「ライセンス賢者≪セイジ≫、セイル」

「ライセンス勇者≪ブレイブ≫、ユーサー」

 自分たちの技能を示すライセンスを宣言する。

 この技能は今日のため。戦うために磨きこんだもの。なら、堂々と声をあげよう。


『まったく、私を忘れないでっ!!』

 訂正だ。心強いサポーターが、導いてくれる。

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