第4話 ぬいぐるみの新生活

「サムのおうちはどこ?」

「ボクに……おうちはないよ?」

「どこにも?」


 口数が少ない子だな、とニッセは思った。

 それが悪いことではない。仕事終わりの疲労感を感じているニッセは、サムがもしも元気一杯のお喋りさんだったら、余計疲れてしまってさっさと帰していたはずだ。


「家がないって言うこと?」


 静かなのは良いが、はっきり言ってサムの言葉の意味は理解しづらかった。


「ボク……」

「ゆっくりで良いからね」


 雪が積もるこの季節に薄手の恰好で外で倒れている子を急かすほど、自分はオニではないとニッセはサムの頭を撫でた。

 嬉しそうに目を瞑る仕草が猫のようで、ニッセはニコリとほほ笑んだ。


「ボク、家、ない……」

「そっか。うーん……」


 その言葉にニッセも困っていたが、サムも同時に困っていた。

 ニッセの質問には素直に答えた。工場の外に初めて出たサムに家があるはずはなかった。


「それなら、ここに住む?」

「え?!」


 飲みかけのココアがサムの手の中で揺れた。


「嫌なら嫌って言っていいよ。って言っても行くところがないなら困っちゃうけど。雪はまだ降り続けるから外では生活できないよ?」

「……ボクがここに住んでいいの?」

「小さな家だけど外よりは暖かいし、一部屋しか寝室がないからベッドも僕と一緒に使ってもらうことになるけどふかふかで寝心地はいいよ?あ、でも出会ったばかりの知らない男と生活するのは気持ち悪いか」


 しまったな、とニッセは苦笑いした。

 いつもの自分では思いつかないようなことを気づいたら口走っていた。話ながらよくよく考えてみれば、自分より若そうな少年に一緒に生活しよう、ましてやベッドを共にしようだなんて、怪しすぎる。


「ごめんね、変なこと言っちゃって」

「お、お願いします!ボク、ここに住みたい!」

「え……?!」


 空になったマグカップをローテーブルに置き、ニッセは今聞こえた言葉の意味について考えてみた。

 と言っても、深く考えなくてはいけないような言葉が紡がれたわけではないのだが。


「えっと、あの、ボクここに住みたい。何でもするから!」


 サムは真剣だった。

 何でもすると言っても自分に何ができるかは分からない。それでも、何が何でもニッセの傍にいたいことには変わりなかった。


 大好きな人と一緒に暮らすなんて、これ以上に幸せなことはないはずだ。

 それが例え一週間で終わってしまう運命でも、雪となり溶ける前に幸せを味わっておきたかった。


 少しだけニッセの香りがする大きなシャツの裾を握ってサムは正座した。


「お願い!」


 サムが頭を下げたと同時に、さらさらと黒髪がソファーに触れた。


「ねえ、頭上げて?」

「うう……」


 やっぱり駄目なんだ、とサムの瞳が潤んだ。

 暖炉がパチパチっと音を鳴らしている以外、この部屋から音が全て消えてしまったような静けさだった。


「次に住むところを見つけるまででいいから、ここに住む?」

「いいの?」


 恐るおそる顔を上げるとニッセの優しい表情が目に入った。サムの心臓はぬいぐるみだった時よりバクバクと大きな音を立てているようだ。


「サムが良ければ、好きなだけここにいていいよ。特別なものはないし、小さな家だけどね」

「ううん!とっても特別!だってニッセがいるもん」


 面白いことを言うな、とニッセは微笑んだ。同じソファーに座るサムは嬉しそうに頬を両手で支えている。

 

 こうして、人間になったばかりのサムと、優しいニッセの不思議な共同生活が始まったのである。



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