Act 6. Take ours time

<社内・ブリーフィングルーム>


 ミカエラ、リンディスとの追走劇を繰り広げること早30分。機械の手足を持つ斎から逃れられなかったのか、体力が切れて完全にバテてしまった二人を担ぎながらグレイの待つ会議室へと斎は足を踏み入れた。先に部屋で待っていたグレイが、煙草の紫煙と共に彼らを迎える。


「おかえり。随分と長い追いかけっこだったな? 」

「……任務前だというのに、無駄な体力を使わされた。この分は余分に請求する」


 肩で息をするミカエラとリンディスを椅子に座らせ、斎は部屋の中心に設置されていた巨大な電子ホログラムを起動させた。部屋の明かりを消した途端、4人は暗闇に包まれるが瞬く間に青白い光が彼らを照らす。


「と、とりあえず……水を……」


 肩で息をしながらソファに凭れ掛かる二人に斎は冷蔵庫から取り出したペットボトルを手渡し、向かい側のオフィスチェアに腰掛けた。受け取った水をものの数分で飲み干した二人は、深い溜息を洩らす。


「し、死ぬかと思った……」

「も、もう少し手加減して欲しいでありますぅ……」

「無理な相談だな。第一嗾けたのはお前たちだ」

「そろそろ許してやれイツキ。こうくたびれてくれちゃ話にならない」


 グレイにそう諭され、首を横に振りながら短く額を抑えた。その度に斎の長い銀髪が揺れ、ホログラムの光に煌く。その光景を横目にミカエラがホログラムの装置に先ほどマクダエルから受け取ったク会社の見取り図データをインストールさせ、瞬く間に青い立体映像はクーレ・メディケのビル全体を映し出した。気を取り戻したところで、4人は先ほどのふざけた様子が嘘のように真剣な表情を浮かべている。


「今回はマクダエルさんから、クーレ・メディケの今までの取引データを盗み出して欲しいとの依頼であります。彼らは自分たちで起訴する証拠を集めているとの事で、この取引を記録したデータは裁判に勝利する重要な書類になるとの事ですが、流石に企業の本拠地に乗り込むのは拙いと考えたのでありましょう」

「という事は今回は潜入か? 」

「そう考えて貰って構わないでありますよ。ただ、死者を会社の中の人間から出してしまえば彼らは一気に不利になります」

「おいおい、連中は武装したガードまで雇ってんだぜ? 殺さずにブツを盗み出せなんてアルセーヌ・ルパンでも難しいハナシだ」


 グレイの問いを待っていたかのようにミカエラはホログラムを操作し、不敵な笑みを浮かべた。


「なので今回は二手に分かれるでありますよ。まずそうですね……グレイさん。アナタは最初会社に潜入し、敢えてデータの奪取に失敗してください」

「冗談キツイぜミカエラ。俺に死ねってか? 」

「決してそんなつもりは無いでありますよ。リンちゃんに狙撃手をしてもらうでありますから」

「あ、アタシっスかぁっ!? 」


 未だにソファに寝転がっていたリンは突然の指名に驚きの表情を浮かべつつ飛び上がり、自らを指差しながらミカエラやグレイと視線を交わす。グレイは彼女を見るなりおどけた様に肩を竦め、煙草の灰を灰皿に落とした。


「確かにこいつにゃ俺が狙撃なり体術なり技術は教えてるけどよ……。実戦は初めてじゃねえのか? 」

「何度かはやった事あるっスけど、まあ人も足りてないんスから仕方無いっスね」

「仕方ないで俺の命懸けられてたまるか馬鹿たれ……。まあいい、その次は? 」


 二人の反応を見るなりいつも通りの笑みを浮かべながらミカエラがホログラムを操作する。内蔵された人工AIがターゲットと表示された駒を建物の外に移動させ、ロサンゼルス市郊外の倉庫へと逃げ込む様子が彼らの視界に映った。倉庫に目標が入った瞬間、斎の写真が表示される。


「その後お二人は脱出してもらうでありますよ。もちろん追う演技も含めてですが、敢えて諦めた様子を見せて追っ手を来ないように見せます。その後連中の行き先を斎さんが尾行して、一網打尽という算段であります」

「……結局は俺か」

「なーんだ、たまにゃ俺にもいい思いさせてくれっての」

「重要な仕事でありますよぉ、予め車にはGPSの方を取り付けてもらって逃げるんですから、失敗したらおじゃんであります」

「へいへい、わーってるよ」


 煙草を咥えながら肩を竦め、煙を吐き出すグレイ。紫煙を燻らせた彼の匂いが周囲に充満するが、気にせずに斎は口を開く。


「では今回の装備はどうする。殺してはならんのだろう」

「それはあくまでも会社の中での話であります。おそらく連中は人気のない場所へ避難するでありましょうよ」

「根拠は? 」

「大抵決まってるであります、こういう輩は人気の少ない場所へわざわざ逃げるんでありますよ。それに彼らが雇ってる武装組織も今しがた調べが付いたところです」


 彼女がそう口にした瞬間、ホログラムはとあるギャンググループの名前を表示した。トルペード。ドイツ語で魚雷の意を冠するその名はひどく斎にとって矮小に見える。斎はホログラムに触れてトルペードの詳細を画面に映し出させると、全組員の顔写真が表示された。


「これも全てマクダエルさんから頂いたものであります。どうやらクーレ・メディケからの支援を受けて機械素体サイバネティクスボディを手に入れたり、複合型特殊柔合金レアニウム製の装備を多数取り入れている模様ですね」

「なら、俺の出番という訳か。……まあ、斬る事に異存はない」

「ふふん、さっすが斎さんは話が早いでありますなぁ! ご褒美のナデナデにハグしちゃうであります! 」

「要らん。というか鬱陶しい、離れろ。髪が乱れる」


 ミカエラに抱きしめられながら頭を撫でられても眉一つ動かさない斎にグレイは深い溜息を吐く。彼の口から狡いぜ、と溢した言葉が聞こえたのかリンはおそるおそるグレイの肩を叩いた。彼女は目を瞑りながら頬を紅潮させつつ、両手を広げた状態で胸を差し出す。グレイに全く意図が伝わっていないのか、彼は思わず咥えていた煙草を床に落とした。


「……何やってんだ、お前? 腰でもいわしたか? 」

「んなっ!? 年頃の乙女に向かって言うセリフっスかァッ!? 」

「オメー乙女って質かよ。まあいい、俺ぁ先に一休みしてくるぜ。どうせ今日の夜決行だろ? 」

「はいはーい、ごゆっくり~」

「あっ待ってくださいよぉ、センパイ! 」


 先にブリーフィングルームを後にするグレイをリンが追い始め、部屋にはミカエラと斎だけが取り残される。互いの顔が急接近した状態でも斎は人形のような仏頂面を崩さず、目と鼻の先のミカエラを見つめた。


「むふふ……二人きりでありますなぁ。これはもう何しても怒られ――――」

「お断りだ。第一俺はそんなに軽い男ではない」


 小悪魔のような笑みを浮かべつつ近づいてくるミカエラを押し返し、斎は一人椅子から立ち上がる。彼の後ろでむすくれた声を上げているミカエラを無視しつつ、彼も会議室を後にした。


「……意外と、良い匂いだったな」

「聞いちゃったでありますぅ! 」

「黙れ」

「ふぎゃっ! 」


 とても殺しの仕事を請け負った後の雰囲気とは、思えなかった。

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