Chapter 1: Becoming a Human Being

Act 5. Time consuming child

<警備会社インペリアルアームズ>


 一日の休みを経て、月曜日。自身のアパートから車で数十分の場所にある雑居ビルの階段を上がり、斎はステンレス製のドアノブに手を掛ける。既に朝の8時半を回ってはいるが、客を招き入れる時間ではない。


「あっ、斎さん! 遅いでありますよぉ! 」

「ど、どうも……」


 応接室のソファに向かい合わせで座る女と気弱そうな男性が入ってきた斎を見るなり会釈する。女の方はミカエラ・ウィルソン、彼の在籍するインペリアルアームズの現社長だ。美しい紫色の長髪を靡かせ、赤いハーフリムの眼鏡を掛けた彼女はいつものおどけた様子で彼を迎え入れる。対する男の方は、斎のサイバネティクス化された四肢を見て怯えた視線を向けた。


「……ミカエラ。始業時間前にお客人を通してしまっては駄目だろう。朝早くから来てもらう事になる」

「いやぁ、急ぎの案件でしたので……。でも彼は信頼できるでありますよ。この前みたく裏切る何てことは無いであります」

「それはそうだが……」


 事実、ここ数年で彼らのような民間の軍事会社を潰す為に他企業が刺客を送り込んで壊滅させる件も少なくない。故に顧客との関係を保つのには、会社の規約を守ってくれる顧客を重視する状況も生まれる事も仕方が無かった。二人の会話を聞いていたのか、依頼人の男は申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「……失敬、お客人。決して貴方が信用できないと言っているのではない。ただ俺達も自分の身を守らねばならんのでな」

「い、いえ……お気になさらず……」

「気分を害して申し訳ないであります。早速、お話を続きを。マクダエルさん」


 マクダエル、と呼ばれた男は掛けていたシルバーフレームの眼鏡の位置を直す。身に纏っているビジネスカジュアルなジャケットの裾を揺らしながら、スラックスを掴んで意を決したように俯かせていた顔を上げた。


「……僕たちの努力の結晶を、奪い返して欲しいんです」

「と、言うと? 」

「僕たちの研究の成果をとある企業に盗用され、しかも彼らは金の力を使ってその罪を揉み消そうとしている。彼らの罪を、白日の下に晒して欲しいんです」


 先ほどの気弱そうな表情は嘘のようで、レンズの奥からマクダエルの瞳が光る。風貌通り彼は研究者らしく、傍に置いていた鞄から薄型長方形のタブレット端末を取り出した。無機質な液晶が即座に表示され、そこから立体的なホログラムが映し出された。


「さすが研究者殿。最新の技術には手が早い。して、その技術とは? 」

「完全な人型のアンドロイドを創り出した技術です。従来の人型のロボットは機甲兵のような武骨かつ戦場に駆り出す目的として造られたのですが、僕らのアンドロイドは違う。人に寄り添い、人を支えるアンドロイドです。いわば、人造人間と言った所でしょうか」


 22世紀を迎えようとしている人類の技術を以てしても、人と類を成す人工生命体は創り出す事が出来ていない。せいぜい斎の手足のような限りなく人体構造に近い義手や義足、人々の生活を支える支援機甲ヘルプロイド、機甲兵や様々な場所の中枢神経となっている人工AIなど、人を中心とした進化ばかりであった。もしマクダエルたちが本当に一からアンドロイドという新たな生命体を創り出したのなら、彼ら人類は大きな躍進を果たしたことになる。しかしそんな血と汗の結晶さえも金に換える残酷な亡者が、彼らの成果を奪い去ったという。マクダエルは悔しそうに奥歯を嚙み締めつつ、端末の画面を指でなぞった。


「この企業が、僕らの研究成果を奪い取った張本人です」


 ホログラムに3Ⅾの企業ロゴが姿を現す。クーレ・メディケ。イタリア語で医療の名を意味する単語だ。この会社は近年設立された支援機甲を開発し世間に売る企業の一つで、新型の機甲を短期間で何体も売り出す事で一躍有名になった企業である。斎とミカエラは肩を並べながらそのホログラムを見ていると、オフィスのドアが音を立てて開いた。足音が二つある事から、これで全社員が揃う事だろう。


「おはざーす、今日は遅刻せずに……ってあれ? センパイ、もう依頼人来てるじゃないっスか! 呑気にコーヒーなんて買ってる場合じゃなかったっスよ! 」

「馬鹿っ、オメーわざわざ自分から自白する必要ねぇだろうが! ……あはは、どうもすいません。うちの奴が騒がしくて」


 同僚であるグレイと新入社員であるリンディス・ミラフェリアが騒がしく入室してくる。斎はそんな二人の様子に呆れた表情を浮かべ、対するミカエラは悪戯な笑みを浮かべていた。マクダエルに頭を下げつつ二人は着ていたコートとライダースジャケットをハンガーラックに掛け、斎たちの隣に腰を落ち着けた。

 

「……お騒がせして、申し訳ない。不本意ながら彼らもうちの社員だ」

「てめっ、不本意ながらってなんだよ! 今までの恩忘れたとは言わせねぇぞ! 」

「そうっスよ! あたしのサポートが無きゃ今頃イツキさんとっくにおっ死んでるっスからね!? 」

「あ、あはは……随分と賑やかですね……」

「ま、全員揃った所で話を戻すでありますよ。マクダエルさん、この企業は具体的にどんな事を貴方がたにやったんでありますか? 」


 珍しくミカエラが真剣な様子で向かい側のマクダエルに尋ねる。彼女も技術者の端くれたる由縁があるのだろう、今回の依頼には妙に精力的だった。


「コホン。僕らのラボに武装した集団を連れて現れ、僕らの技術を受け渡さねば発砲するとも言われました。研究者界隈では彼らは悪名高く、おそらく今まで発表した支援機甲も全て他のグループから奪い取ったものでしょう。結果僕らは痛めつけられ、アンドロイドの技術を受け渡すほかありませんでした」

「……お気の毒に。ですが、こういった手口も最近増えてるのが現状です。特にこのクーレ・メディケは武力行使を行う企業として有名な団体でして……私達もほとほと手を焼いてるんでありますよ」

「俺も何度か報復目的でチンピラ共に襲われた事がある。まあ事あるごとに返り討ちにしてやってるんだが、その度連中の名前を吐きやがるもんで覚えちまったよ。まさか、俺達みてえな民間の軍事企業だけじゃなくて研究者さん達も襲ってるとは思わなかったがねぇ」


 そんな言葉を吐きながら、グレイはソファの背もたれに寄り掛かる。互いの敵は既に一致していた。どうする、とミカエラに尋ねるように斎は隣の彼女に視線を向けた。


「マクダエルさん、そろそろ連中はしっぺ返しを受けるべきだと我々も思ってたであります。それも、とことん強烈なやつをね。貴方の依頼、請けさせて頂きましょう」

「ほ、本当ですか!? あ、有難うございます! あ……でも、報酬の金額は……」

「まあ結構デカい企業に楯突くって言うもんスから、結構な金額を……」


 悪そうな笑みをマクダエルに向けるリンディスを、ミカエラが無理やり引っ込める。彼女の腕の中で藻掻くリンディスに半ば呆れながら斎は彼の肩を優しく叩き、静かに頷いた。


「ああ、この馬鹿の言う事は無視していいぜ。別に俺達もアンタらから金ふんだくるつもりもないから安心しな。……でも、名目上の報酬は必要だな……」

「じゃ、じゃあ、こういうのはどうですか? 報酬の金額を少なくする代わりに、ウィルソンさんが気になった技術を一からお教えするというのは」


 瞬間ミカエラの双眸が輝き始め、絞めていたリンディスの首から腕を離してマクダエルの両手を掴む。彼女の顔が彼に急接近し、マクダエルは僅かに頬を紅潮させた。即座に斎が引き剥がし、事なきを得るがミカエラの興奮はリンディスに飛び火する。気を失いかけてた彼女の両肩を掴み、想いのままに揺らすミカエラ。


「その報酬、最っ高でありますっ! いやぁ、さすがマクダエルさんは研究者の気持ちがわかるでありますなぁ! 」

「う、ウィルソンさん!? 」

「ぎえぇぇぇっ!? 止めて下さいよぉぉぉぉ!? 」

「なあイツキ、どうするこの状況」

「知るか」


 既にミカエラとリンディスを止めるのに諦めを見せた斎は深い溜息を吐きながら肩を竦める。同じようにグレイもコートの懐からラッキーストライクの白い箱を取り出し、一本口に咥えた。マクダエルが物珍しそうに巻き煙草を見つめているのに気づき、彼は箱を向ける。


「なんだ、アンタもやるか? この辺じゃ巻き煙草も珍しいだろうさ」

「ぼ、僕は遠慮しておきます……あはは……」

「その方が良い。悪い事尽くしだ。今はべイプなんてもんがあるからな」


 不敵な笑みを浮かべながらグレイは愛用のジッポライターを取り出し、ローラーを回して橙色の炎を点けた。オイルの匂いと煙草独特の香ばしい香りが周囲に充満し、紫煙を燻らせる。


「依頼を完遂したときは此方から知らせる。それと俺達には守秘義務があるから安心してくれ。誰が依頼したかなんて言うつもりもない」

「わ、分かりました。ありがとうございます……それじゃあ僕はそろそろ」


 暴れ狂う女性陣二人を一瞥し、斎はオフィスを去ろうと立ち上がったマクダエルを出口まで送ると彼を見送った。斎が戻っても尚取っ組み合いを続けるミカエラとリンディスを目の当たりにし、再度深い溜息を吐く。直後、斎は二人へ拳を振り下ろした。


「いってぇーっ!? 何するんスかイツキさん!? 」

「そうでありますぅ! こんなかわいい女子たちのキャットファイトそうそう見れないでありますよぉ!? 」

「何がキャットファイトだ馬鹿共! とっくのとうに依頼人は帰ったぞ!? いい加減お前たちは礼節をだな……! 」

「ひぇーっ! 斎さんのお説教でありますぅ、逃げますよォリンちゃん!! 」

「あっちょっ、待ってくださいよォしゃちょーっ!! 」

「待て、まだ俺の話は――――! 」


 子供のように大声をあげながらオフィスを出るミカエラとリンディスに斎は苛立ちを覚えながらも彼女らの後を追い始め、同じように事務所を後にする。一人リラックスしながら煙草の煙を吐き出すグレイは、テーブルの上の灰皿に灰を落とした。


「…………追い掛けるお前もどうかと思うがねぇ……」

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