Act 7. Midnight Bullet Dance
<株式会社クーレ・メディケ・本社ビル>
時は過ぎ、深い夜の中に煌びやかな街が眠る頃。グレイは一人クーレ・メディケのビル屋上に煙草の煙を燻らせており、黒一色の潜入用スーツに着替えていた。最新鋭の強化アーマーではないものの、
『こちらリンディス。センパイ、定位置に付いたっスか? 』
「バッチリだ。早く来過ぎたもんで一服してたぜ」
『はいはい、飽きないっスねぇ』
今回はクーレ・メディケの連中に気付かれないようにヘリコプターなどと言った騒音をかき鳴らす乗り物は使用せず、強化筋繊維スーツを用いたビル間の移動によってここまでグレイは到着していた。地面に置いていた黒いリュックのジッパーを開くと、円を描くようにして纏められたワイヤーとガラスを切断する電動カッターを取り出す。左の腿にはミカエラお手製の単発式麻酔銃を収納し、フィルターギリギリまで吸い切った煙草を床に捨てて踏みつぶした。
「ミカエラ、俺だ。リンも配置についてる。そっちは? 」
『もうすぐで会社の近くに到着するでありますよ。先に侵入する時は合図をお願いします』
グレイの左手首に付けられていた腕時計型の通信端末からミカエラの姿と声が映し出され、不敵な笑みを向ける。現在斎を連れたミカエラは会社専用のトレーラーを駆ってクーレ・メディケの本社ビル近くに向かっており、この車には斎の装備をメンテナンスする器具や機材が運び込まれていた。トレーラーのコンテナから吊り下げられる形で顔を見せる斎は、仏頂面を浮かべている。
「様になってるじゃねえか。イエス・キリストみてえだな」
『からかうな。それに不謹慎だぞ』
ワイヤーの金具をスーツのベルトに装着し、同じようにして屋上の鉄柵にワイヤーを固定する器具を取り付けた。そのまま彼は落ちるように背中を向けて飛び降り、通信端末の電源を切る。
「生憎神なんざ信じない質でね。信じられるのは俺の
『かぁーっ、クセーっスよセンパイ。今どきそんな事言う奴いないですって』
「ほっとけ。男の子は幾つになってもカッコつけたがる生き物なんだよ」
『男のコって歳じゃないっスよねぇ? 』
うるせえ馬鹿、と軽口を叩きながらグレイは腰から伸びたワイヤーを右手で掴み、降下していた身体を腕一本で空中に固定した。尋常じゃない重力の重みが彼の腕に圧し掛かるが、力を込めて勢いを殺す。目的のモノがあるのは21階。目視で確認できたグレイは腰から提げていた電動カッターのスイッチを入れた。
「リン、周囲の警戒を頼む」
『もうやってるっス。窓を切断するのにどのくらいかかりそうっスか? 』
「早くて一分、長くて数分だ。明かりが点いてる箇所は? 」
『今ん所同じフロアじゃあ点いてるとこはないっスね』
上出来、と独り言を洩らしながら首に掛けていた防護ゴーグルを着け、グレイは羽虫のような振動音を響かせるカッターを透明なガラスの表面に当てると、火花を周囲に撒き散らしながら人が入れる円を描いていく。振動の熱と共に切り離されていくガラスを見つめる事約1分半、巨大な円が彼の前に出来上がった。
「こちらグレイ。穴開け作業が完了した。これから侵入する」
『了解っス』
『こっちも到着したでありますよ。では――――』
ミカエラの声が首に装着した骨振動インカムから響く前に、グレイは窓の表面を蹴って大きく勢いをつける。
『――――
切断された窓の一部分を蹴破るようにグレイは綺麗にビルの内部へと侵入し、歪な円形をした大きなガラスの破片が同時に床に落ちた。ガラスは鈍い音を立てて転がり、割れることなく静止する。防護ゴーグルから頭部に着けていた暗視ゴーグルに切り替え、腰の金具を外した。直後ワイヤーは静かな起動音と共に透明化し、深い闇の帳の中へと溶け込む。
「手早く行こうかねぇ。リン、周囲に人影は見えるか? 」
『うんにゃ、見えないっス。でも監視カメラとか警備機甲兵の反応はあるっスね』
「……あんまは派手に動き回れねえのは事実だな。了解、引き続き警戒頼むわ」
リンの応答の言葉が響くと同時にグレイは侵入した部屋の壁に身を隠し、幾つものオフィスデスクが並んでいる大きな一室を覗き見た。ゴーグルから映し出される緑色の景色を一瞥し、静かな駆動音ともにオフィスを見回っている警備機甲兵の姿がグレイの視界に映る。腰を屈めて体勢を低くした状態で彼はオフィスに侵入すると、先ほど左もものホルスターに収まっていた麻酔銃を引き抜いた。この銃は人体・機械問わず対象の動きを一定時間麻痺させるもので、弾丸には火薬が使用されていない。内臓バッテリーに蓄えられた電力で弾を射出する形式となっており、その名をTP89と言う。
「しばらく眠っててくれよ」
狙いを定める事僅かコンマ数秒、グレイはTP89のトリガーを引いた。機械が駆動する静かな射出音と共に麻痺弾が放たれ、一般男性とほぼ同等のサイズを持つ機甲兵の胸部に命中する。直後、接触した箇所から電流が流れ機甲兵の行動は停止した。グレイはその光景を一瞥した後に立ち上がり、空いた手で脇の下のショルダーホルスターに手を伸ばすと黒い筒型サイレンサーの取り付けられた自動拳銃 H&K社 HK45を引き抜く。手に取ったと同時にハンマーを倒し、設置されていた3台の監視カメラを撃ち抜いた。火薬の焦げ臭いにおいが周囲に撒き散らされるが、構わずグレイは奥に進む。
「監視カメラと機甲兵の処理は完了した。警備の人間が動いてる様子は? 」
『以前変わりなく――――』
オフィスを通り過ぎようとしたその時、インカムから響くリンの声音が変わった。グレイの視界には懐中電灯と防弾チョッキに身を包む一人の警備兵が映り、彼の姿を見るなり警備員は腰の銃に手を伸ばす。
「おいお前――――! 」
警備員の声が周囲に響き渡るよりも早く、グレイは声を発せずに男に飛び掛かり跳び膝蹴りを彼の顎に見舞う。肉を殴った鈍い音と感触がグレイの膝に伝わったせいか顔を顰めるが、そのまま警備員の首に足を絡ませて身体ごと地面に叩き付けた。幸い気絶だけで済んだのか、男の口から苦悶の声が響くだけで命を取るまでには至らない。グレイはすかさずオフィスの仕切り壁に身を隠した後、深い溜息を吐いた。
「リン、後で呑みに付き合え。お説教だ」
『ひェーッ!? 冗談きついっスよぉ!? 』
「冗談もクソもあるか! 危うく見つかるとこだったんだぜ!? 」
そんな文句を吐きながらもグレイは隠れていた壁を背に立ち上がり、腕の端末を起動する。昼のブリーフィングでミカエラから送られてきたデータをその端末内で開き、再度目標の位置を確認した。端末自体にもGPS装置が組み込まれている為、自身の正確な位置と目標がある座標と照らし合わせる事が出来る代物だ。再度息を深く吸い込むと、グレイは身を屈めながら移動し始める。
「これから21階に移動する。警戒を怠るなよ」
『肝に銘じとくっス……』
エレベーターの停止するエントランスの傍にあった扉を開け、グレイは階段を駆け上った。21階へと繋がる扉を静かに開けると其処には数名の警備員と社員が互いに談笑している光景が映り、グレイは暗視ゴーグルを外して一度壁に寄り掛かる。肺から息を深く吐き出すと扉を勢いよく開け、一番手前にいた警備兵の背後に飛び掛かった。
「なっ――――!? 」
TP89のグリップエンドで後頭部を殴りつけて先ず一人目を気絶させると、左方に居たトランシーバーを手にしていた警備員へ向けて麻酔銃の引き金を引く。電子弾が二人目の身体を麻痺させ、最後に残った一人へTP89の銃口を突き付けた。場離れしていないのか若い社員は震えながら両手を上げ、地面に膝を着く。グレイは彼の背後に回って首根っこを掴むと、社員の耳元に口を近づけた。
「……取引のデータは何処にある」
「へ、へぇっ? で、データって……」
「この会社の取引を全て記録したデータがあるだろう。その在処を教えろ」
グレイの問いに押し黙る様子を見せた男を一瞥し、グレイはHK45に持ち替えてから再度銃口を突き付ける。
「いいか、これが最後だ。データの在処を教えるなら、命まで取るつもりはない。だが抵抗するって言うなら……」
言いかけた言葉を最後まで告げず、グレイはHK45のセーフティレバーを解除しハンマーを倒した。更に怯えた声を男は上げ、大粒の涙を流し始める。
「わ、分かったぁ! 言うよぉ! 言うって! だから殺さないでくれぇ! 」
「……利口な判断だ」
社員を立ち上がらせて銃口を背中に突き付けながらグレイは歩き始めた。夜遅くまで残業していたのか、男が入ったオフィスには誰一人居ない。誰もいない時間帯を選んだのだが、彼のような若い社員がいる事は想定していなかったものの予想以上に事が進んでいる。パソコンからデータを移し終わり、目的のフラッシュメモリーを受け取ろうとしたその時。オフィスの照明が一気に明るくなり、グレイの視界を白く覆った。直後自身に向けて銃口を突き付けられる駆動音が聞こえ、グレイはゆっくりと目を開ける。
「――――見事な演技だったよ、侵入者くん。だが残念、私達の方が一歩上手だったみたいだねぇ? 」
妙に不快感を感じる声と共にグレイの視界も光に慣れ始め、横に太いスーツ姿の男が何人もの警備兵を並べながら下劣な笑みを浮かべていた。この脂ぎった男こそクーレ・メディケの代表取締役社長である、ニコラス・ブロウである。
「あらま、既にバレてたわけね。どの辺から気づいてた? 」
「最初からさ。監視カメラと機甲兵を破壊していい気になっていたみたいだが、それももう終わりだ」
ニコラスも並んでいる警備兵と同じようにして手にしていた自動拳銃の銃口を向け、グレイは両手を上げた。だが絶望的に不利な状況になっても彼は不敵な笑みを崩さず、既にオープンマイクにしたインカムを一瞥する。
「これからいたぶられるというのに、随分と余裕じゃないかね? 」
「いやまぁ……この程度で俺を捕まえられるって思えるアンタの頭ん中を想像したらさ、つい笑っちまうのさ」
大きな笑い声を上げた後、ニコラスはグレイに近づくと彼の頬をグリップエンドで殴りつけた。グレイは体勢こそ崩さないものの、口の中が切れる。血混じりの唾液を床に吐き捨て、グレイは再度笑みを浮かべた。
「一緒に踊ろうや、なぁ? 」
『Bull’s Eye!! 』
その直後グレイの背後から7.62mmの鉛玉が通り過ぎ、ニコラスの手にしていた銃を貫く。リンの狙撃によるものだとグレイが気づく頃、ニコラスが拳銃を地面に落とし、其処に一瞬の隙が生まれた。グレイは隠し持っていた閃光手榴弾を警備兵とニコラスの間に投げ捨て、即座に防護ゴーグルを装着する。強烈な光がオフィスの一室を包み込み、その際にグレイは来た道を戻り始めた。
「ナイスだリン! お前も下に車出しとけ! 」
『了解っス! 遅れないで下さいよぉ! 』
分かってらぁ、と言葉を吐きながらグレイは先ほど侵入した経路を駆ける。背後から視界を取り戻した警備兵たちが彼を追い掛けているが、それでも追い付けるような距離ではなかった。そのままグレイは丸い穴の開いた窓へと飛び込み、空中でワイヤーの金具をベルトに取り付ける。ほぼ落下に近い形でビルから脱出したグレイを、針のような冷たい風が覆う。
「何をやっている! 奴を殺せぇっ! 」
グレイの背後から怒号が聞こえ、同時に火薬の炸裂音が響き渡る。だがグレイに射出された鉛玉が当たる事は無く、焦げ茶色の髪を風に揺らしながら愛銃であるM686を引き抜いた。ワイヤーが完全に伸び切る直前に彼は装置へ銃口を向け、引き金を引く。.357マグナム弾がワイヤーの固定装置を撃ち抜き、グレイの身体はワイヤーから解放された。
「センパーイ! こっちっスよォーっ!! 」
「すぐ行く! 」
強化スーツの衝撃吸収機能を最大限に稼働させ、そのままグレイは地面に落ちる。コンクリートの地面を軽々と破壊し、砂煙が立ち上るがそれでも彼の身体には傷一つ付いていない。すぐさま立ち上がるとグレイは傍で車を停車させていたリンの下へ駆ける。ドイツの有名車メーカー、BMW7セダンの紺色のボディが青白い街灯に照らされていた。
「ヒューッ、スーパーヒーロー着地は何度やっても爽快だなぁ! 」
「言ってる場合っスか!? プランとはずいぶんかけ離れた結果になっちゃったんスよ!? 」
「あいつらなら大丈夫だっての! いいから車出せ! 連中が追ってくるぜぇ! 」
「ああもう! 人使いが荒い男っスねェッ、アンタはぁ! 」
助手席にグレイが乗り込んだと同時にアクセルを全開にし、轟音と共にBMW7は夜のロサンゼルスの奥へと消えていく。そのセダンを追い掛けるかのように、シボレー製の4WⅮが彼らを追走し始める。深夜のチェイスは、まだ始まったばかりだった。
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