Act3. House of Wolves
<ロサンゼルス市郊外・廃倉庫>
「こちら斎、目標ポイントに到着した。グレイ、其方は? 」
『オーライ、ばっちり見えてるぜ。いつでもOKだ』
ロスの土地を夜の帳が包む頃。対人用の人工皮膚装甲に身を包んだ斎は腰から提げた対機甲の高周波ブレード"日秀天桜"の柄の感触を左手で弄びながら、右腕に装備された通信機を起動する。長方形のスクリーンには20代半ばの白人男性の顔が表示され、その表情は不敵な笑みを浮かべていた。
『先輩、油断しないで下さいよ。幾らイツキさんが強いつっても、こっちは戦力が二人しかいねえんスから』
『わーってるって。だからお前らがいるんだろ? 』
そうですけど、と愚痴を溢すのは新入社員のリンディス。深紅の髪は肩まで伸びきっており、呆れたように肩を竦める。
「リン、倉庫の地図は? 」
『既にそっちに送ったっすよ。敵の所在とか
「上出来だ。ミカエラ、侵入ルートを提示してくれ」
はいはーい、と軽快な女性の声がインカムに響いた。瞬間画面に表示されているマップに赤い矢印が現れ、建物の中へと伸びていく。リンとミカエラによるマッピング作業を経て斎は積み上げられたパイプの陰から顔の上半分だけを出した。白く照らされた入り口には二人の見張りが立っている。左もも取り付けられたレッグホルスターの中には対人用9㎜弾が15発装填された武骨な自動拳銃(オートマチック)・HF9が仕舞われ、其処に手を伸ばしかけた。
(――――いや)
腰に差しているこれもまた武骨なセラミック製の鞘に仕舞われた愛刀の黒い柄に手を伸ばし、独特の金属音を立てながらその刀身を露わにする。日本刀のような刀身をしているが、この刀には鍔が無い。刃の付け根と持ち手の間に備え付けられた引き金を引き、刀に電撃を帯びせた。
『日秀天桜、
無機質な女性の声が彼の耳に響き、そしてパイプ群の陰からゆっくりと姿を現す斎。黒一色の服装に身を包んでいるせいか電灯の下に辿り着くまで警備員は彼を視認できなかったらしく、幽霊を見つけたかのように二人の見張りは手にした自動小銃LK47のウッドグリップを握り締める。
「安心しろ。命まで取る気はない」
これから散々、殺す羽目になるからな。そう思い浮かんだ言葉を胸の中に留め、斎は先ず左方の男との距離を一気に詰める。一歩踏み込んだところで自動小銃の銃身を一刀の下斬り捨て、刃を返し愛刀の峰を肩口に叩き付けた。高電圧の電撃に身体を一度だけ大きく揺らした男は地面に倒れ、突然気を失う。
「ひっ――――」
瞬間斎は機甲脚を駆使してもう一人の見張りに急接近し、悲鳴を上げようとしていた口を塞いだ。顔色一つ変えずに彼は首を横に振り、口を開く。
「寝ていろ」
左手で男の身体を固定しながら愛刀を押し当て、全身に電撃が走る様子を斎は一瞥した。夜風に靡く腰まで伸びた銀髪を揺らしながら斎は侵入を悟られないように倉庫の中へと入る。
「倉庫の南裏口から侵入した。ミカエラ、ルートの計算を。グレイ、俺の姿は見えるか? 」
『了解であります。……ここから10メートル先には目標の機甲兵ちゃんたちがいるでありますよ』
『見つけたぜ、イツキ。奴さん方もいないみたいだ』
二人の会話を耳にしながら斎は突如としてやって来たギャンググループの一員から身を隠そうとコンテナの陰に身を潜め、監視の目をやり過ごした。大きな欠伸を掻いた瞬間に愛刀を叩き付け、一人の見張りを無力化する。
「此の先の部屋は……」
右腕のスクリーンにはメインハンガーと表示され、機甲兵のマーカーが赤く点滅した。周囲に目を配りながら斎はその広いガレージへと躍り出る。其処には灰色の複合型特殊柔合金製の身体に身を包んだ人型の巨人が3体立ち並んでいた。その三体の姿を見た瞬間に斎は刀を一度鞘に納め、日秀天桜の引き金をもう一度引く。
『日秀天桜、
虫の羽音のような重苦しい振動音を周囲に響かせながら日秀天桜の刀身は白く染まっていった。先ほどのような人の無力化に特化した峰打モードと機甲装甲を切り裂く事に特化した高周波モードの二つに分かれており、引き金を引く事で二つの状態に切り替えられる。居合の体勢を取った斎が手足のモーターを最大限に駆動させ、狙いを定めた一体目の機甲兵に飛び掛かろうとしたその瞬間だった。ハンガー内の照明が一斉に彼を照らし出し、多くの銃器を構える軽快な金属音が彼の耳に響く。侵入がバレたか、と舌打ちをしながら斎は後方へ飛び退き、右目に装着したゴーグルが彼に迫り来る
空中で斎は横一文字に愛刀を振り抜き、数十発もの銃弾を一刀の下斬り捨てた後に地面に着地し傍にあった作業用機械の陰に隠れる。どうやらギャンググループの連中は斎の姿を見失ったらしいが、このままでは時間の問題だ。すぐさま斎は右腕の通信機でグレイを呼び出し、口を開く。
「グレイ! 出番だ! 」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<廃倉庫周辺>
『グレイ! 出番だ! 』
右耳に装着していた通信機の声を一瞥しながらグレイは呑気に新しい一本目の煙草を咥え、そして火を点ける。彼の愛飲している銘柄・ラッキーストライクの巻き煙草が紫煙を紺色の空に燻ぶらせると、彼に心地良い安心感を与えた。
『おい! 聞こえているのか!? 』
「聞こえてるって。奴さん方に見つかっちまったんだろ? 」
地面に立て掛けていた大型の
「見ぃつけたぁ」
そんな独り言を溢すとグレイは煙草を咥え直し、ダイヤモンドテクスチャの黒いグリップを握り締める。今回使用している狙撃銃・MMSR586は対機械装甲炸薬弾を使用し、人間の力で機甲兵に対抗出来る代物だ。だがその分反動を軽減するために専用の
「リン! 弾道予測! 」
『はいっす! 』
現場から離れた位置にいるリンの手によって暗視スコープの映し出す光景に様々な情報が書き込まれた。紫煙を吐きながらグレイは不敵な笑みを浮かべ、装着型の機甲腕を身に着けた右手を握り直す。
「さあ……楽しい楽しいショーの時間だぜ」
軽口を溢しながらグレイは引き金を引くとMMSR586の銃口から尖った鉛玉が射出され、倉庫内のハンガーに立っていた二人の構成員の腹部と胸部を貫通した。
「Bingo! まだまだぶっ放してやるかぁ! 」
気分が乗って来たのかグレイは無邪気な笑顔を浮かべながら暗視スコープが映し出す刺客へフルメタルジャケット弾を叩き込んでいく。脳天を貫かれ、辺りを真っ赤に染める様子や片腕や足が吹き飛ぶ様子は彼の狂気を更に高めていった。
「今がチャンスだぞ、イツキ。さっさとぶった斬っちまいな」
『言われなくとも』
スコープの中の斎が陰から飛び出し、機甲四肢(サイバネティクスボディ)を駆使した人間離れした動きで一人、また一人と日秀天桜の錆びにしていく様子が彼の片目に映る。そんな斎のようすに口笛を吹きながらグレイはフィルターギリギリまで吸い切った煙草を捨て、引き金を再び引いた。フルメタルジャケット弾によって戦闘不能になったギャングを一瞥し、グレイは口を開く。
「後ろがお留守だ! しっかりしろ!」
『……礼は言わんぞ』
そんな冗談を交わしているその時だった。彼の使う通信機から突如としてミカエラの声が響く。
『斎さん! グレイさん! 奴ら、機甲兵を使いだしたであります! 』
「何ぃ? ったく、面倒な事しやがって」
愚痴を溢しながらグレイは覗き込んでいたスコープから顔を離し、MMSR586のレシーバーに備え付けられていたセレクターレバーを下に引くと銃の内部で重々しい装填音が彼の耳に響いた。
「AМS弾装填。イツキ、爆風には巻き込まれるなよ」
『何? お前まさか――――』
瞬間右の機甲腕を左腕で固定し、今にも動き出そうとしていた一体目の機甲兵に銃口を向ける。
「Jackpot!! 」
――――――――――――――――――――――――――――――――
<倉庫内部・ハンガー>
一方その頃。グレイによる狙撃と斎による奮闘でほぼ全員の戦闘員を無力化したものの、生き残っていた数名が機甲兵を起動して今に至る。右腕の通信機からはグレイお決まりの台詞が聞こえ、毒を吐きながら迫り来る衝撃に備えた。直後、破裂する火薬と巻き起こる爆風に思わず斎は肩をビクつかせ、硝煙の香りに顔を顰める。対装甲用炸薬弾を直撃した機甲兵は原型さえ留めていたものの、再度動き出す様子は見せない。胸部のコックピットから煤塗れの男が出てくると目の前の斎の姿に気づいたのか、情けない声を上げている。
「お、お前は……っ! 」
「大量の武器を集めたところで、素人が使っては意味がない」
ゆっくりと無機質な足音を立てながら斎は男に近づき、日秀天桜の切っ先を地面に向けた。
「ここにある機甲兵で全てか? 」
「あ、あぁっ! そうだ! こいつで全部だよ! 」
泣き喚く様子に斎はさぞ気だるそうに刀を肩に担ぎ、他の二体の下へ視線を移動させる。その行動を隙だと思ったのか隠し持っていた自動拳銃の銃口を向け、鉛玉を斎に放った。突如として感じた殺気に斎は刀を構えるも、その必要はないと察する。既に男の腕は何者かによって撃ち抜かれ、言う事を聞いていないからだ。
「敵を残してボーっとしちゃうなんて、ちょっと油断しすぎじゃないの? 」
「……お前か、グレイ」
長大なスナイパーライフルを肩に担ぎ、煙草を咥えたグレイの左腕には回転式拳銃・M686が握られている。そのリボルバーの銃口からは紫煙が燻ぶり、6インチの銀の銃身が月明かりに反射した。
「文句は後で受け付ける。それよりも今は……」
「この大馬鹿者の処理、だな」
グレイは生き残った最後の一人に静かに歩み寄り、斎も同じように彼に近づく。レッグホルスターに仕舞われていた自動拳銃・HF9を引き抜き、グレイと両隣になりながら銃口を向けた。
「あばよ。次は俺達みたいな連中に会わねえこったな」
「せめて安らかに眠らせてやる」
声にならない悲鳴はやがて二つの乾いた火薬音によってかき消される。硝煙の匂いが、紺色の空の奥へと消えていった。
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