Act 2. Ready to First Rock
<警備会社インペリアルアームズ・オフィス>
真夜中の依頼を終え、斎は雨に濡れた身体のままオフィスへと続く扉を開ける。ロスの都市部周辺に会社が位置する為、先ほどのような警察からの正式な依頼は非常に足を運びやすい。無機質な足音を立てる自身の双脚を一瞥しながら、部屋の中にいる女性へと視線を傾けた。ハーフリムの赤縁眼鏡を掛け、腰まで伸びた紫の長髪を靡かせながら彼女は帰ってきた斎に飛び掛かる。
「お疲れ様でありまーすっ! 労りのハグでありますよーっ! 」
「要らん」
そんな彼女の頭を斎は右手で掴み、胸に飛び込んでこさせないように阻止した。おどけた声を上げながら紫髪の女は手をバタつかせ、頬を膨らませながら斎を睨む。
「むーっ、ノリが悪いでありますなぁ。折角社長自ら部下を癒そうとしたのに」
「そんな事をする暇があるなら早く外骨格を外してくれ、ミカエラ。肩が凝って仕方ない」
わかりましたよ、と不満げに彼を会社の整備室に連れて行く彼女の名は、ミカエラ・ウィルソン。このインペリアルアームズの創設者であり、斎の機甲装備を開発した天才技術者でもある。整備室に着くなり斎は部屋の真ん中に設置された専用の台座に身体を預け、両手足が固定させる感覚を覚えた。直後ミカエラが台座の周囲にある工業用の整備機械アームを操作し始め、斎の身体に焦点を合わせる。斎の手足は根元から既に無い。消失した、と言った方が正しいだろうか。四肢を失って死にかけている彼を偶然ミカエラが発見し、彼女の発明の第一実験体として斎は機械の手足を手に入れた。作業アームが斎の胸部を覆っていた強化外骨格を取り外し、生身の胴体が露わになる。
「相変わらず良い身体してるでありますなぁ」
「なんだか気味が悪いぞ」
「むっ、仮にも年頃の乙女に何てこと言うでありますか! 改造して四足歩行にしますよ! 」
「……お前なら出来そうで怖い」
そんな冗談を交わしながら、ミカエラは慣れた手付きで斎の四肢の表面を取り外した。銀色の無機質な義手と義足が姿を現すが眉一つ動かさずに彼を取り囲む機械腕を一瞥する。次にアームが持ってきたのは人間のものに近い肌色の人工皮膚で、彼の手足を覆うように巻き付けた。駆動音と共に皮膚の交換を終えた手足の感覚を確かめるかのように斎は掌を握り締め、つま先に力を入れる。作業終了と同時に拘束は外れ、彼の身体は自由になった。
「きゃーっ! 何か着て欲しいでありますよぉ! 」
「一応下着は着ているだろう。それに何度も俺の裸は見慣れている筈だが」
「えへへ、バレてたでありますか。でも斎さんってこういう女の子好きそうですよね」
そんなわけあるか、と毒を吐きつつ斎は傍にあった白いシャツと黒いジーンズに手足を通す。ようやく外骨格が外れたことに安心を覚えたのか、斎は溜息を吐いた。
「そういえば他の二人は? 深夜でも全社員に召集が掛かる筈だが」
「案の定連絡なしでありますよ。まあお酒でも飲んでるんでありましょう」
「だろうな。まあ良い、早速報告を纏めるぞ」
そう言いながら二人は再び事務室へと移動し、自身のデスクチェアに腰かける。斎はその拍子に先ほど装着していたゴーグルを起動すると二人の間にホログラムが浮かび上がった。
「今回の仕事はロス市警特殊部隊からのものだった。州軍の人型機甲兵のAIが暴走し、民間人の女性を誘拐。どうやらAIが暴走して愛を覚えたようだな」
「愛……ですか。なんとも珍妙な話でありますねぇ。それで被害者は? 」
「死傷者が一名と負傷者が3名。どちらも機動隊からのものだ」
「なるほど。まあこの依頼料はマクレーン警部に請求するとして……」
ゴーグルの記録したデータをミカエラは受け取り、自身の電子端末に保存する。会社の階段を駆け上がる音が聞こえ、二人は呆れたように肩を竦めた。瞬間ステンレス製の扉が音を立てて開き、パーマが掛かった焦げ茶色の髪を揺らす男が姿を現す。服装が乱れた様子から走ってきた事が見て取れ、斎は思わず深い溜息を吐いた。
「来ましたねぇ? グレイさん、大遅刻でありますよ」
「あっちゃあ……。これで何度目? やっぱ減給か? 」
「いいえ、でも事務所内のお掃除でありますよー」
グレイ、と呼ばれた長身の白人男性はがっくりと肩を落とす。突然オフィスに押しかけてきた男の名はグレイ・バレット。インペリアルアームズの従業員の一人で、主に対人の依頼や斎のサポーターとして働いている。
「おいマジかよォ!? イツキ、お前から弁明してくれって! 」
「無理だな。だいたい、お前の代わりに俺が来たんだぞ」
「はぁーぁっ……しゃーねぇ、ひとまず煙草吸わせてくれ」
グレイは着ていたコートのポケットから愛飲している煙草・ラッキーストライクの箱を取り出し、一本の巻き煙草を咥えた。彼がそのまま部屋を出ようとした所、先ほどと同じような階段を駆け上がる音が聞こえる。ステンレス製の扉が勢いづいて開き、グレイの顔面に直撃した。素っ頓狂な声と地面に倒れる重々しい鈍い音が聞こえ、思わず斎は顔を顰める。
「すんませーんッ!! 遅れたっす!! 」
「ぶべっ!? 」
黒いライダースジャケットを羽織り、ロックバンドTシャツに身を包む深紅の髪を揺らす女性が息を切らしながらオフィスへと入ってきた。ダメージ加工の入ったスキニージーンズを穿いた彼女の名はリンディス・ミラフェリア。この会社に新入社員として入社した20代前半の女性で主にグレイのバックアップやハッキング管理、彼と同じように対人への依頼をこなしていた。
「遅刻でありますよーリンちゃん。新人ですからペナルティは無しであります」
「マジっすか!? はぁーっ……助かったぁ……」
「でも今さっきグレイさんぶっ飛ばしましたけどね」
「おわっ!? せんぱぁーい!? 」
途端に騒がしくなったオフィスの中で斎は頭を抑えながら首を横に振る。
「て、テメェ……ついに牙を剥きやがったな……」
「違うっスよぉ! 偶然先輩がそこにいたからで! 」
「二人とも止せ。とりあえず二人には罰を受けて貰うとして……もう一件依頼が来ていたな? 」
「確かにその通りでありますよ。ロス近郊のマフィアからの仕事であります」
この通り、インペリアルアームズは裏社会からも仕事を受け付けていた。いわば裏と表の境界線に彼らは立っている訳で、暴力団やその他の組織からの機械絡みの仕事は多い。依頼という言葉を耳にした途端にグレイの表情が変わり、リンの身体が引き締まった。
「場所は? 」
「ロス近郊の倉庫であります。敵対組織が人型機甲兵を手に入れたからそれを破壊して欲しいとの事。抵抗してきたら……」
「構わずぶっ放せ。だろ? 」
グレイは不敵な笑みを浮かべながら斎の肩を掴み、煙草と酒の匂いを漂わせながら不敵な笑みを浮かべる。対する斎は肩を竦め、口を開いた。
「ミカエラ。直ぐに対人用の装備を用意してくれ。機甲兵を破壊するだけなら刀一本でもできる」
「さっすが斎くんであります! グレイさんは
「当たり前だ。酔い覚ましには丁度良い」
「社長! あたしは何すりゃいいっすか? 」
「私と一緒にグレイさんと斎君のバックアップであります。ほらほら、行った行った! 」
ミカエラに発破を掛けられるかのようにグレイは先にオフィスの外に出ると、斎は整備室の奥へと消えていく。こうして彼らは、再び戦いの中へと身を投じていくのだった。
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