其の五

『幾ら払ったら忘れてくれる・・・・』大田原君は唇を噛み締め、喉の奥から絞り出すような声を出した。


『月並なセリフだな。俺は仕事に関しちゃ、浮気はしないんだ。こう見えても貞操堅固なんだぜ』


 俺が背を向けると、金属音が耳に届いた。  

 大田原は手を押さえ、膝をついている。足元にはベレッタが転がっている。


『イタリア製か、いい趣味だねぇ。だがリヴォルヴァーだって、そうそう捨てたもんじゃないぜ。あばよ』


 振り返り様、俺はM1917のトリガーを絞っていた。


”エースのジョー”じゃないが、俺にだってこの位の芸当はできるさ。


 さて、のんびりはしてられない。


 もう一つの仕事が残っている。


 その町の中心部、何故だか市役所のすぐ隣のどでかいビルに居を構えている『〇×市教職員組合』の事務所を訪ねた。


 何でもこの町は教育市だという触れ込みで、昔から教師の力が強いのだという。


 ビルの5階、つまりは最上階のワンフロアを全部占拠していて、フロアの入り口には妙にアナクロ(そうとしか思えない)な真っ赤な地に、

『団結』と白く染め抜いた旗がこれ見よがしに掲げられてあり、ガラスのドアの真ん中には、バカでかい文字で、

『御用のない方は入室をお断りします』という紙が貼り付けてある。


 俺は構わずにドアを押して中に入った。


 事務を執っていた連中が、胡散臭そうな目つきで、一斉に俺の顔をねめつけた。


『何ですか?貴方は?表の張り紙が見えなかったんですか?』


 ネクタイをしていないぼさぼさ頭の男が立ち上がって、居丈高な調子で俺に詰め寄ってきた。


 俺はポケットから認可証ライセンスとバッジのホルダーを取り出し、そいつの目の前に突き付け、続いて天道行人から預かって来た書類入れを取り出し、カウンターの上に置いた。


『天道薫子こと、神野薫子教諭の遺品だよ。あんたら教師センコウの組合がどんなことをしてきたか書いた書類と、やりとりの一部始終を録音したカセットテープだ。処分するなりなんなり、好きにするがいい。もっとも、コピーだから原版はこっちにあるということをお忘れなく。それから、俺の依頼人はあんたらに何かを要求することは考えていないとさ』


 俺はそれだけ言い置くと、ぽかんとしている連中を尻目に、ビルを後にした。



 東京に帰ると、俺は天道行人の元を訪れ、報告書とICレコーダーのメモリーを渡し、ことの経緯いきさつを説明した。


 彼は報告書を黙って読み、俺の話を黙って聞き、それから静かに、


『ご苦労様でした』と、言ってから、


『小切手でも構いませんか?生憎現金が手元にないもので』と、すまなそうに言い、ホルダーを取り出して卓子テーブルの上に開くと、数字を書き込んで一枚切って渡した。


 俺はその数字を見て『確かに・・・・と言いたいんですが、少し多くはありませんか?私はそう大したことをしちゃいませんが?』


 そう言うと彼は軽く微笑み、


『いいえ、これで母の供養が出来ます。そう思えば安いものですよ』と言った。


 その言葉を聞くと、俺は黙って小切手を収め、オフィスを後にした。


 幸い、今日は金曜日、時間は午前11時30分、銀行の窓口が閉まるには十分すぎる

時間がある。


 俺は口笛を吹きながら、外に出た。


 1月の終わり、時期的にはまだ春とは言えないのに、外はやけに暖かかった。


 え?

(お前の話はいつも尻切れトンボで終わるな)だって?


 じゃないだろ?


 俺はちゃんと仕事は済ませたぜ。


 依頼人があの後、連中にどう意趣返しをしたか・・・・そこまで俺は知っちゃいない。


                                終り


*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。


 

 

 


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『オニ』と呼ばれた母(おんな) 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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