第3話お願い。私を見ないで。

初めて学校というものに行く。保育園も行ったことがない私は学校というものがどういうものか知らなかった。不安。緊張。興奮。残念だ。私はそういう感情がない。黄色い帽子を被り 黒いランドセルを背負い 小さな子どもは歩き出す。至って普通だ。世間一般的な小学生だろう。ここだけを見れば。私は世間一般的な小学生ではない。

下を見て歩く。顔をあげたくなかった。見られたくなかった。顔を。痣だらけ。出血もしている。この顔を見て皆がどう思うかを考えたくなかった。同情されたくなかった。怖がられたくなかった。だから精一杯下を見て歩く。

ほとんどが保育園からの友達だろう。周りは知ってる人のように話をしていた。大人も。私は孤立していた。いじめでもあっているのか。いいや。違う。孤立するしかないのだ。

『普通』ではないから。普通なら孤立せずいられただろうか。普通で在りたかった。

声が聞こえる。

「あの子…」

「虐待かしら…」など。

私に向けての声だ。そうだ。私に向けて声を放ってくれ。私を見てくれ。救ってくれ。手を差し伸べてくれ。

なんて言えたら楽になるのだろうか。言えない。だって両親がいるから。私がそれを言ったら間違いなく今日の夜にでも私は死ぬだろう。それが怖くて。言葉を発せない私がいる。

私は人間が嫌いだ。だから近づく者は拒んできた。拒んで拒んで 故に孤独となる。これから始まる楽しい六年間を私は地獄としか感じなかった。周りの目が 大人の目が 私に言っている。可哀想だと。そんな目で見るな。同情するな。お前は私の何かではないだろう。救えもしないのに可哀想な目で私を見るな。その目で私を見ていいのはこの世界に存在しない。もっと憎しみの目で見てくれ。哀れみの目で見てくれ。やめてくれ。私に近づかないでくれ。そうやって始まる学校生活。私には出会うことがない 奇跡と呼ぶにはあまりにも小さく 偶然と呼ぶにはあまりにも不似合いな出会いが待っている。それはもう少し先の話さ。


私は甘かったのかもしれない。この先は少しでも楽になれると思っていた。本当の地獄とはここからなのかもしれない。いや。まだまだなのかもしれない。私は7歳で自殺を決意した。原因は先生だ。

当時の担任の先生は私に対してこう言った。

「○○君が言わないと何も変わらないよ」と。

失礼にも私はこの教師を馬鹿だと思ってしまった。

「○○君の味方だよ先生たちは。だから話してみて」と。

アホだ。馬鹿だ。滑稽だ。お前たちじゃ私は救えないんだよ。そのくらい気づけ。何年生きてんだ。とは言えず。変わりにこういったのを覚えてる。

「先生が救いたいと思っているのは私ではなくて私の今の現状ですよね」と。

「先生は先生という立場から私を見てる。そこには同情しかない。私一人を救いたいんじゃない。そうすることで得られる何かを欲してるだけだ」と。

ひねくれてる。こんなガキが大人になんて口を聞いているんだろうか。私は先生から出る言葉が怖かった。が、一瞬でそれは消えた。

「先生は味方になるって言ったの。それをわかってる?」と。

分かってないのは先生だ。私は味方なんて要らない。分かるだろう。どうにも出来ないことが世の中に沢山あることを。私もその一部分だ。先生が同情しても 何も変わらない。

だから私は言ったんだ。

「先生。私は玩具なんです。両親の。貴方たち大人の。だから人間じゃないんです。なので人間という扱いをしてもらわなくていいです」と。

この日から私は本当に孤立化することとなる。毎日毎日痣を作っては同級生に嫌な目で見られ先生は見て見ぬふりをする。学校が終わり家に帰ると待っているのは両親からの暴力。殴られ 蹴られ 飛ばされ。何度一時的に気を失っただろうか。あとどのくらい血を流せばいいのだろうか。終わりのない暴力は私に何を与えたいのだろうか。そうか。私は死ねばいいんだ。死ねば全てが終わる。この残酷な世界から逃げ出せる。それをみんな望んでいるじゃないか。お別れしよう。この世界と。この地獄みたいな日々と。私と。


八歳の誕生日。私はおそらく建物でいうと学校の屋上くらいの高さがある橋から飛び降りた。

死への恐怖はなかった。あの時の私はきっと笑っていた。笑っていたんだ。本当の私は。


そして私は終わる。眠りにつく。今日を。終わらせられた。私は私であった。その終わりが今日であり 明日は私でなくなる。

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