第6話 街道にて ⅱ

 履き慣れない靴を履きながら、硬い道を行く。歩くにはちょうど良い気候だった。

 ハクローはあたしの歩幅に合わせてくれている。昔みたいに、何か気になる物に走り出すことはない。


「ところでさ、あたしがあそこにいるってよくわかったね」


「サキのいる所は、鼻でわかる」


 なんでもないようにハクローは答えた。


「転移してきてすぐわかった?」


「……サキ、反対側へ」


「えっ?」


 城下町の方から誰かが歩いてくる。ガタイがいい三人組の男たちだ。

 道を広く使って歩いてきている。三人は上機嫌な様子で、笑い声も聞こえてきた。


 敵意を向けてきた、とハクローが耳打ちする。確かに、声の質が先ほどと違っている気がする。何か、こちらを嘲笑するような、威嚇するような声音になっている。


 避けようにも、向こうが大きく蛇行して進んできているため、あからさまにこちらが動くしかない。


「まぁまぁ、そんなに逃げないでくれよお二人さん」


「金目の物とその嬢ちゃんを置いて行ったら命は助けてやるよ」


 案の定、通り過ぎる際に男達に詰め寄られた。三人が発する土と汗の強烈な臭いに、ちょっとたじろぐ。


「野盗か」


 ハクローがあたしを後ろに隠した。


「ツレを守ってやるってか。カッコいいじゃない」


「てめぇも後ろの嬢ちゃんくらい怯えてくれたら、可愛がってやってもいいんだぜ?」


 太った男と髭面の男はゲタゲタと笑っている。


 怖くなり、ハクローのマントを両手で握りしめる。繁華街のナンパの方がまだ紳士的だ。


 ニヤリと脅しかけるように、禿頭の男が笑う。どうやらまとめ役のようだ。


「ゴレムズ団って知ってるかい?」


「知らないから通してくれないか」


 ハクローは冷徹に切り返す。でもそれじゃ相手が納得してくれるわけもない。


「おうおう。余裕じゃねぇか美人のにいちゃん」


「俺らに喧嘩売ってるのか? マジでお前も食っちまうぞ」


 言葉は軽薄な感じだったが、男たちは相当イライラしているようだった。


「遠慮しておこう。お前らも、飼い主に拾い食いはダメだと言われなかったのか?」


「……命が惜しくないらしいな。恨んで化けて出てくるなよ!」


 ハクローの物怖じしない態度に、禿頭は脅すのを諦めたようだ。


「出てこい、ゴーレム!!」


 その言葉とともに、脇の地面から何かが迫り上がってくる。振動に、あたしは立っていられず、その場にぺたんと座り込んでしまった。


 一軒家よりも大きな砂礫の塊が、その姿を現す。自慢げに男たちはニヤニヤとしている。


「な、何よこれ……」


 唸り声なのかその巨体の軋みなのか、ゴゴゴという音が耳に痛い。


「まず白髪野郎をぶっ飛ばしちまいな」


 まとめ役の男がハクローを指差すと、ゴーレムは砂煙を巻き上げて拳を振り上げた。


 ゴーレムが大きすぎてスピード感がわからないが、あたしのすくんでしまった足では避けられそうにない。人間より大きなその拳に殴られたら――想像もしたくない。


 瞬間、ふわっとした浮遊感がやってきた。ハクローがあたしを抱き抱えて後ろへ飛び退ったのだ。


 軽やかなハクローの動作は、荒々しい男たちを刺激したらしく、ゴーレムに向かって口々に指示を飛ばしていた。


 ゴーレムは誰の指示に従うか迷う様子だったが、最終的にこちらに向かって突き進んできた。


 あたしを地面にゆっくり下ろしながら、ハクローの目は真っ直ぐ男たちを見据えている。


「サキ、喰ってもいいか?」


 その言葉にハッとした。 ハクローは反省の意思を見せているんだ。


『……もう二度と拾い食いはしない』


「あんなの食べたら、お腹を壊しそうだからダメ」


 だけど……。


「食べちゃダメだけど、やっつけて!」


「――ウヴォオオン!!」


 ハクローが吠え、男たちは凍りついたように動かなくなった。


 怯まずに突撃を続けていたゴーレムの眼前に、ハクローが跳ね上がる。右腕を振りかぶって、躊躇うことなくゴーレムの頭部を撃ち抜いた。


 ドパァッと大きな音がして、ゴーレムの頭部が弾け飛ぶ。そして、何があったかわからないままに動き続けていたその巨体が、元の砂や石と化して崩れ去った。


 後に残ったのは三人組の驚愕の顔。逃げ出そうとするその野盗たちを、ハクローは逃さない。


 その場に簡単に転がされ、男たちの甲高い悲鳴が聞こえてきた。我に返ったあたしは、ようやく立ち上がった。


 ハクローって、こんなに強かったんだ……。

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