2
「おっせーよ。和花」
急いで教室の中へ駆け込む。すると一番後ろの席に座っていた勇人が、不機嫌そうに私を見上げた。
「ごめんなさい」
そう言って私は勇人の隣に腰かける。
「しょうがねぇなぁ。ほんとトロいんだから、お前は」
勇人の手が伸びて、私の頭をくしゃっとかきまぜる。久しぶりに感じる勇人のぬくもり。
「なぁ、和花。今日お前んち行ってもいい?」
私の頭に手を乗せたまま、勇人が顔をのぞきこむ。黙り込んだ私の耳元で、勇人の声がもう一度聞こえた。
「いいだろ? 和花」
「うん……」
満足そうに笑った勇人が、私から離れて立ち上がる。
「じゃ、あとで」
「え、ちょっと、待って」
講義も受けずに出て行こうとする勇人を呼び止める。
「あのっ……一週間も連絡とれないで……どこか行ってたの?」
「あ? 旅行だよ、旅行。お前に言ってなかったっけ?」
誰と? どこに? 聞きたいことはたくさんあるのに、私はそれを聞くことができない。
「じゃ、あとで行くからな」
それだけ言うと勇人は背中を向けて、私の前からいなくなった。
同級生の勇人とは、友達の紹介で知り合った。私のことを見かけた勇人が、私を気に入ってくれたらしい。
「俺と付き合ってよ、和花ちゃん。いいだろ?」
知り合って、勇人から強引にそう言われるまで、さほど時間はかからなかった。
内気で、自分に自信が持てずにいた私は、勇人の声にただうなずいていた。
嬉しかったのだ。こんな私でも、必要としてくれる人がいるということに。
だけど、男の人と付き合ったことのなかった私と、女の子に慣れている勇人との間には、最初から微妙な溝を感じていた。
だからこそ私は、勇人に嫌われないよう、勇人の言うことを素直に聞いて、何でも従うようにした。
最初のうち、そんな私に満足していた勇人だったけれど、次第に物足りないと感じ始めたのかもしれない。
最近になり、勇人は私以外の女の子と遊ぶようになって、必要な時だけ私を誘う。
私の部屋で、私の身体を抱きたい時だけ、私を誘うのだ。
「
ベッドの上でスマホをいじりながら、勇人が言う。私は黙ってその話を聞いている。
「和花はそんなことしねーよな?」
勇人が私の顔をちらりと見る。
「……うん」
満足げに笑うと、勇人はベッドから降りて服を羽織った。
「帰るの?」
「飲みに誘われたから行ってくる」
「今から?」
私は壁にかかった時計の針を見上げる。「誰と?」その言葉が喉元まで込み上げてくる。
「じゃ、またな」
「あ……勇人……」
ドアを開けようとした勇人が、振り返って私を見た。面倒くさそうな顔つきで。
「何?」
私は毛布を身体に巻きつけて、首を横に振る。
「何でもない」
ふっと鼻で笑った勇人が、私のもとへ戻って来た。そして唇に軽くキスをして、また背中を向ける。
私はひとり残されたベッドの上から、閉まるドアの音を聞いた。
勇人はきっと、別の女の子のところへ行くのだろう。
それをわかっていて私は止めない。
私はまだ、勇人に必要とされているから。
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