第37話 支配者の影

 この本がただの白紙であったことをマキナに伝えると、彼女は驚いたような安心したような表情をした。


「白紙・・・ですか?」

「そうだ。なんにも書いていない。こんなただの本にドナルドが殺されたとは思えない。つまり、あの呪い師が適当を言っていただけだってことだ。」

「その本は死の手帳カルネデモルトではないということですか?」

「そういうことだな。もしくは、死の手帳カルネデモルト自体がただの空想上の存在ってことだな。」


マキナはへなへなと崩れるようにその場に座り込み、深くため息を吐き出す。


「もう!少しは私の忠告も聞いてください!そんな無鉄砲だと心臓がいくつあっても足りないですよ。」

「悪かったよ。次は気を付ける。」

「本気で言ってますか?まったく・・・」


マキナは所謂体育座りをしてこちらを睨んでいた。


「その本はあとでヴィオラのとこに持って行ってみるよ。ただの白紙だったって真実を叩きつけてやる。」



 そして俺たちは現場検証を再開し、この部屋全体に広がるある違和感に気づいた。


「シン、やっぱりこの部屋変ですよ。」

「あぁ、争った形跡も無い綺麗すぎる傷口といい、これは間違いなく・・・」


その時、扉の方に人の気配を感じ振り返る。するとそこには小刀を両手に持った黒いフードを被った何者かが立っていた。素性を問うよりも早く、こちらに襲いかかってきた。俺は即座に刀を抜き応戦する。


「くそ、なんだお前は!」

「これは試練です。選ばれしモノよ。」


鍔迫りつばぜ合う重みで、相手がそれなりに力量のある者であることはすぐにわかった。その力が一瞬落ちたと思った刹那に相手は体勢を変え、足元を狙い小刀を振る。俺はそれを間一髪で避け、桜花流の剣術を用いる。しかし、相手はそれも避け即座に俺と距離を取る。


「桜花流剣術『柳風』ですか。なかなか器用な流派を使われますな。」


声色から察するに、この相手は男であることが推測された。ただ、この声はこの城内では聞き覚えのない声であった。そしてこの男は桜花流を知っている。桜花流は刀を振る際に何度か『脱力』を挟むことで剣筋を読めなくする剣術だ。その不規則な剣筋は相手に読まれづらく、ほぼ必殺の剣となる。しかしこれはに限る。力の緩急のタイミングを把握している相手にとっては、あまり効果を発揮しない。


「お前、一体何者なんだ。」

「繰り返しますがこれは試練です。こんなところで私に殺されてしまうようでは、に相応しいと言えない。」

「一体何を言って・・・」


俺が言い切る前に、奴は距離を詰めてくる。


「シン!後ろに飛んでください!」


俺はマキナの言う通り、力一杯後ろへ飛ぶ。俺の背中は窓際の壁にぶつかり、男は追撃をしようと俺に向かって大きく踏み込む。その瞬間、ドナルドの死体の隣にいたマキナが男を目掛けて斬撃を飛ばす。男はとっさにマキナの方向を向き、防御の姿勢を取る。その隙に俺は桜花流の奥義を撃ち込もうと男を目掛けて切り込む。しかし、技の入りが浅すぎたのか上手く決まらなかった。そして男は俺の剣を捌き切り、扉の方まで逃げるように離れていった。


「邪魔が入りましたな。選ばれし者よ。試練はまたの機会としましょう。」

「待て!俺のことを選ばれし者と呼ぶってことは、お前はドミナント教の関係者だな?試練ってのは一体なんなんだ?」

「ははは。簡単なことですよ。あなたがデューオ様のお側にいるべきかどうかを試すのです。ただ、それだけですよ。」


そう言って男は廊下を走り抜け消えて行った。


 俺は刀を鞘に納め、マキナの方へと歩み寄る。


「怪我はありませんか?」

「あぁ、俺は大丈夫だ。」

「今度はちゃんと聞いてくれたんですね。」

「何をだ?」

「私の言うことをです。」


マキナは満足気にそう言った。あの戦闘中、マキナの「後ろに下がれ」という言葉を聞き入れたことに満足しているようであった。


「あれは・・・ただ本能的に下がった方が良いって思っただけだ。」

「またそんなこと言って。あれですね。シンはってやつですね。」

だろ?別に語順なんて大した意味を為さないだろうが、は語呂が悪い。というか俺はツンデレじゃない!」

「あ、ツンデレでしたか。覚えておきます。」


マキナとくだらない会話をしている時も、俺はさっきの男の言葉がずっと頭から離れなかった。


---あなたがデューオ様のお側にいるべきかどうかを試すのです


支配者デューオ。

こんなところでお前の尻尾を掴めるとは思ってもいなかったよ。

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