第34話 希望の書

「・・・部屋、入らないんですか?」

「あ、あぁ。入るよ。ありがとう。」


マキナから聞いていた「希望の書カルネデエスポワールの導き」という言葉。これはドミナント教の信者から信頼を得るには手っ取り早い言葉らしい。


 俺はフランカの部屋に入り、彼女に促されるがままにベッドに座る。しばらくの沈黙の後に彼女が口を開く。


「・・・は、どこで?」

「マキナから聞いたんだ。あ、マキナってのは俺の連れで、ちんちくりんのロリっ子だ。」

「え?ろ、ろり?何ですかそれ?」

「何でも無いよ。とにかく、あの小さい幼女がマキナだ。見た目はあんなだが、知識量は豊富でな。ドミナント教についても少し話を聞いたんだ。そして興味を持ったってところだ。」

「それは、とても良いことだと思います。しかし、罪の無い者を殺めるのはいただけません。・・・どうして彼を?」


フランカはおそるおそる俺を見つめる。


「そもそも俺はドナルドを殺していない。たしかに気に食わない奴ではあったが、そんな理由だけで俺は人を殺さない。」

「じゃあ、一体誰が彼を・・・。」

「さぁな。殺害現場も殿下がすぐに封鎖してしまったから、証拠を探すこともできない。君の権限であの部屋に入ったりできないか?」

「さすがに無理です。私はつい最近雇われた身です。下っ端も下っ端ですよ。」


彼女はここ数ヶ月で雇われた新人メイドで、殿下の婚約が決まってからはドナルドの補佐役としてこの城に残されたようだ。常に怯えているよう様子ではあるが、夕食の時の仕事ぶりをみている限り、優秀そうなメイドであるのは間違いがなかった。そして、殿下と同じくドミナント教の信者。


「君は昨晩俺と最後に会った後は何をしていたんだ?」

「すぐに部屋に戻り就寝しました。ドナルドさんも特に変な様子もなく部屋に戻られていました。」

「そうか。この部屋はちょうどドナルドの部屋の真下になるが、変な音が聞こえたりとか、階段を上り下りしている気配があったとか、とにかく何か異変はなかったか?」

「私の意識のあるうちは何も・・・。睡眠中はさすがにわかりません。」


俺の覚えている限りだと、ドナルドはベッドにもたれかかるように座り込んでいた。そして首の左側にナイフが突き刺さっていて、部屋の様子も争ったような形跡は無かった。ベッドの上に血痕は・・・どうだったかな、思い出すことができない。それに今の情報だけじゃ彼女がドナルドを殺したかどうかも断定できない。


「やっぱり、犯人を見つけるにはあの部屋にもう一度入るしか無い。」

「だから無理ですってば。・・・それより、あなたも希望の書カルネデエスポワールに導かれたいということでここへ来られたんですよね?」

「え、あぁそうそう。勉強不足であんまり理解できていないから、まずは色々教えて欲しい。」

「そうですね。ではまず、『希望の書カルネデエスポワール』についてからお話しましょうか。」


できればドミナント教から教えて欲しい。しかし、あまりに無知を晒すと怪しまれてしまう。とりあえず希望の書カルネデエスポワールの情報だけでも聞き出しておこう。


希望の書カルネデエスポワール。それは私たちドミナント教の信徒にとっての希望の存在です。その書に記された『導き』に触れれば、我々の未来の全てを知ることができると言われています。」

?君はみたことが無いのか?」

「私のような者にはまだ触れる権利もありませんよ!修行が足りない者が触れれば、それはになると言われています。」

「君は実際にその書の存在を確認したことはあるか?」

「・・・ありません。いつ出逢えても良いように修行は続けていますが。」


どうやら、希望の書カルネデエスポワールは実際に存在しているのかも怪しいもののようだ。そして俺は死の手帳カルネデモルト希望の書カルネデエスポワールに何か共通点があるように思えてならなかった。全くの別物ではなく、対になる何かなのではないだろうか。


「俺は、死の手帳カルネデモルトという名前も聞いたことがあるんだが、何か繋がりはあるのか?」

死の手帳カルネデモルト?すいません、私は聞いたことがありません。」


フランカの表情や動作からみても、嘘をついているようではなかった。やはり別物と考えた方がいいのかもしれない。情報源があの怪しい老婆ということもあり、確かに信憑性は薄いかもしれない。


「結局あなたは、ドミナント教へ入信するつもりということでいいんですよね?」

「・・・あー、ソウダナ。ウン。」


そう適当に返事をした瞬間に、彼女の表情は今までの何かに恐れているような表情から、柔らかく温かみのある表情へと変わった。入信の儀式とかあるのだろうか。それに棄教することもできるのであろうか・・・。適当に返事をしてしまったことに後悔していると、フランカは部屋の奥に置いてあった瓶を取り出し、小さなグラスにを注ぐ。


「シン。これは入信のお祝いです。今日から私たちは家族です。」

「え、あ、ありがとう。」


彼女から渡されたグラスの中には透明な液体が入っており、そこからはアルコールの匂いが漂ってきた。これがいわゆる儀式になるのであろう。これ以上本物の信者に偽りの信仰心を持ったまま接するのは申し訳ないと思い、俺はそれを一気に飲み干し適当に礼を言い、さっさと部屋を出た。




 彼は、修行水を意図も簡単に飲み干してしまった。普通の人間なら一舐めするだけで痛みに耐えられずに悲鳴をあげるほどのが含まれているのにも関わらず。


そうか、彼もドミナターに選ばれた一人なんだ。特別な存在なんだ。そう、きっと同じなんだ、


我々ドミナント教をお導き下さる、三代目ドミナターの様と。

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