死の手帳編
第29話 桜花流
俺が異世界に転移してきてから、約半年の歳月が経っていた。ハインミュラー家の使用人の一人として職務をこなす傍で、剣術の修行も受けていた。その修行は、東方で発見された古代魔具の鑑定のためにハインミュラー家を訪れていた『コジマ』と名乗る人物から受けていた。俺から頼んだわけではなく、どちらかというと向こうから一方的に押し付けてきているものであった。とはいえ、
コジマから継承した剣術は『桜花流剣術』と呼ばれるカウンターを主体とした流派であり、俺の
「シン。今のお前に足りないものが何かわかるか?」
「・・・体力かな。」
「違う。お前に足りないのは『経験』だ。」
「もっと色々な奴と戦う必要があるってことか。」
「それも違う。その様子だと、まだまだお前は未熟なままだな。」
そう言って、コジマは笑った。俺はムッとして切りかかったが見事に返されてしまい、仰向けに倒れる。コジマは「今日はここまで」と言い残し、それ以来ここに姿を現すことはなかった。そして、しばらく倒れたまま空を見上げていると誰かが側に寄ってきた。
「ひなたぼっこですか?」
声の主はベティーナ・ハインミュラー。豪炎の魔具の使い手で、箱入り娘。彼女は手を後ろに組み、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「そうそう。天気が良いから日向ぼっこしてたんだよ。ベティも一緒にどうだ?」
「私は結構です。これからお父様のお手伝いがあるので。」
「そうかい。相変わらず忙しそうだな。」
「少しでも早くお父様のお役に立ちたいですから。そんなことより、お父様からの伝言です。今晩の食事の後に部屋に来いとのことです。」
パスカルが俺になんの用だろうか。実を言うと、俺はあの男が苦手だ。奴には何を考えているのかわからない不気味さがある。この屋敷に住まわせてもらっている以上、文句は言えないが・・・。俺はベティに適当に返事をして、使用人としての職務に戻るために起き上がる。
夕食を終えた俺は食器を片付け、言われた通りパスカルの部屋に向かう。二回ノックをすると、「どうぞ」と低い声が聞こえた。
「やぁ、コジマとの修行は順調かい?」
「・・・要件を言ってくれ。」
「おいおい、主人との世間話も使用人の仕事だぞ?」
「・・・修行は特に問題ない。コジマが常に容赦無いことを除けばな。」
「それは良かった。」
パスカルは満足そうにそう言うと、机の上にあった書類に手を伸ばす。その書類に簡単に目を通し、それを俺に手渡してきた。
「これは?」
「バンジャマン・リシャールからの手紙だよ。」
「リシャール?あの王族のリシャールか?」
「その通り。バンジャマンとは古い付き合いでね。同じ学び舎の仲間なのさ。まずはその手紙の内容を見てもらえるかな?」
手紙の内容は以下の通りであった。
**************************************
親愛なる友、パスカル
日も長くなってきたこの頃。特に変わりは無いだろうか。
立食形式の食事会の知らせだ、友よ。
都合の良い時間を知らせて欲しいのだが、いかがかな?
私の方はいつでも問題ない。
もう一点、忘れずに伝えておきたい。
喉を潤すアレだけは各自持参で頼む。
追伸、今回は頭だ。
B.J
**************************************
なんだこれ。王族はわけわからん文章で手紙を書かなきゃいけない決まりでもあるのか?しばらく手紙を睨んでいると、パスカルから助言を受けた。
「わけがわからんだろう?しかし、私と彼の手紙はいつもそうなのだ。万が一にでも傍受されたときの対策というわけだ。古典的で下らない暗号だが、その読み方はだな・・・」
彼に教えられた通りの読み方をすると、一つの文が浮かび上がった。
ヒトリツワモノ
--- 1人、強者
「詳細まではわからないが、バンジャマンは強者を一人寄こせと言っているのだ。そこで、君をここに呼んだわけだ。あのコジマの修行を受けている君なら強者とっても過言では無いだろう。このあとすぐにでも、バンジャマンの元へ向かってくれ。わざわざ暗号にして送って来ているのだ、きっと公にできない何か事情があるのだろう。」
「ち、ちょっと待て!」
「もう馬車も手配した。さぁ、頼んだぞ。」
「あのなぁ・・・。」
「一人が心細ければ、あの少女も連れていって良いぞ。マキナだったか?」
そして俺は、半ば強制的にバンジャマン・リシャールの城へと送られることになった。
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