第30話 リシャール城

「もー、いつ着くんですか!」


 リシャール城に向かう道中で、馬車酔いをしたマキナが文句を言う。この少女は、基本的に頭も切れるし戦闘能力も高い。しかし、乗り物に圧倒的に弱い。彼女はなかなか目的地に到着しないことにずっと文句を垂れている。何かあった時には一人でも多く味方が必要だと思い連れてきたが、少し後悔もしている。


「うるさいぞ。黙って乗ってろ。」

「もっと早く走れないのですか!気合が足りないんです!うま!」


もうこれ以上速くは走れませんよと御者ぎょしゃが困っていた。しばらく喚き散らかしたマキナは疲れて眠り、まもなくして馬車は木々が生い茂るその奥地に立つ古城にたどり着く。



 馬車を降りた俺たちは閉ざされた門の前に立ち、城内の者に自分たちの訪問を知らせる方法を探す。


「なんだ、ドアノックとかインターホンとかないのかよ。まったく、不親切だな。」

「そこの壁の窪みに指を入れるんですよ。そこで近接感知の魔具が反応して、城内の誰かに通知が行きます。」

「・・・おい、だぞ?」

「そうですね。使には為す術無しです。」


馬車上で俺に怒られたことを根に持っているのか、寝起きで機嫌が悪いのか、マキナは不貞腐れていた。とにかく城内に入るにはこの門を通るしか無い。どうにか入れないかと門を叩いたりしていると、何者かが後ろから声を掛けてきた。


「おい。何をしている!」

「あぁ、助かった。俺たちはハインミュラー家からの・・・」


俺が言い切る前にその男は右手に持っていたレイピアを俺に向け、一気に突く。しかしその速度は遅く狙いも甘い。俺は上体を反らし、攻撃を避けた後にその男を取り押さえる。


「おい、話を聞け。俺たちはハインミュラー家からの使いだ。あんたの主人あるじ様に用があって来た。」

「なに?それを先に言え!」


レイピア男を解放してやると、埃を払うような仕草をしてため息をつかれる。こいつとは仲良くできなさそうだ。その後彼から簡単に自己紹介があり名はドナルドといううことが判明した。この城の使用人代表であり、年齢は20代後半とのことだ。若くして使用人の代表とは、基本的には優秀なのであろう。しかし、戦闘能力や判断力に関してはやや問題がありそうだ。


 俺たちはドナルドの案内で城内を進む。3階構造の小さな城で、城内は薄暗く閑散としていた。彼曰く、使用人も15人は着いているそうだ。そのという物言いからも、今は何か問題があるということは明確であった。


 「ここらへんの部屋は全て使用人向けのものだ。西側に6部屋、東側に6部屋。そして、中央に中庭。中庭を抜ければ、一階の大広間だ。そこでは主に客人を招いての会食や商談といった対外応接が行われている。二階も三階も基本的な構造は同じ。東西に別れて合計12部屋と1つの大広間。二階の大広間はアルベルト殿下用の部屋で、三階はバンジャマン王の部屋だ。」

「思ったより小さいんだな。王族の城と聞いていたから、もっと仰々しいものを想像していたんだが。」

「失礼な奴め。・・・しかし、リシャール家が衰退の一途を辿っているのは間違いない。」


リシャール家は数世紀に渡ってここら辺一帯を占領していた王族の名であるが、ここ100年の間に人口減少や統治力の低下に悩まされていた。その大きな原因は"軍事力"であった。人情を最も重んじていたリシャール家は、外交の全てを武力ではなく交渉のみで行ってきたのだ。当然全てが上手くいくわけもなく、領土は次々に奪われていった。なんとか死守している現在の領土も、領地というよりかはただのだ。今のリシャール家は王家とは名ばかりのただの金持ちと言っても過言では無い。


「階段は部屋が並んでいる廊下の突き当たりにある。東西にそれぞれ一つずつだ。そして貴様の部屋は二階西側の階段に面した部屋だ。私はその逆、東側の階段に面した部屋。ところで、そちらのお嬢様はどちらの部屋をご所望でしょうか?」

「私はシンと同じ部屋で問題ありません。」

「そうですか。それでは階段側の部屋でちょうど良いです。その部屋はベッドが二つありますから。」

「この城には俺たちと王と殿下の5人以外には誰もいないのか?」

「我々以外にも二人この城内にいる。新人メイドのフランカと呪い師のヴィオラ様だ。」

「呪い師?また怪しい趣味だな・・・。」



 一通り城内の案内を受けた俺たちは、ひとまず部屋に入る。30分後にバンジャマン王とアルベルト殿下と面会できるとのことだ。そこでは、暗号を使ってまで俺を呼び出し、さらに城内をほぼ空っぽにしなければいけない異常な事情について聞き出さねばならない。


「シン。仮にもここは王族の城なのですよ。無礼な発言は慎まねばなりません。」

「あぁ、でもあの使用人の態度もおかしいだろう。俺も使用人の端くれだからな、客人に対してあの態度は許容できない。」

「・・・似た者同士だと思いますけどねぇ。」



 荷物を簡単に片付けた俺たちは、ドナルドの案内のもと三階の大広間に向かう。大広間の扉は開かれており、その向こう側には大柄な白髭の男と短髪の若い男が長テーブルに面した椅子に座していた。ドナルドは一礼をしてその場を離れた。そして、部屋に一歩踏み入れた俺たちに白髭の男が声をかけてくる。


「パスカルからの使いだな。遠いところからよく来てくれた。とりあえずこちらへ。」


彼の言葉に従い、俺は右手側に白髭、向かいに若い男が来る位置に座る。左にはマキナが座る。


「ようこそ我が城へ。見ての通り人払いをしているが故、大したもてなしも出来ない無礼を許して頂きたい。私はバンジャミン・リシャール。そしてこいつが我が息子、アルベルトだ。」

「私はシン。パスカル・ハインミュラーからの使いで参りました。こちらはマキナ。私と同じく、ハインミュラー家の使いの一人です。」

「そうか、シンにマキナ。二人の来訪を心より歓迎しよう。」


俺たちは軽く会釈をして、早速本題に入る。


「早速で申し訳ありませんが、この度お招きいただきました件について伺っても?」

「あぁ、そうだな。単調直入に言えば、我が息子アルベルトの護衛を頼みたいのだ。ご存知の通り、我々は軍事力もなければ使用人の中に武術に長けた者もいない。そこで古くからの友人を頼ったわけだ。」

「そうでしたか。恐れ入りますがなぜ護衛が必要になったのか伺ってもよろしいでしょうか?」

「それはだな・・・」

「父上、私から話しましょう。私の命を守ってもらうわけですから、それが礼儀というものでしょう。」


そう言ったのは息子のアルベルト。短髪の好青年という印象の彼から説明を受ける。


「私は命を狙われているのだ。私とルグラン家の長女との結婚を良しとしない者たちからな。」


ルグラン家というのは、軍事魔具開発を行っている財閥の名称である。それは明らかに、軍事力を失ったリシャール家の政略結婚であった。力を失った王族と、着々と力を増している財閥との結婚。今は名ばかりの王族との結婚になるわけだから、当然それを良しとしない者たちがいてもおかしく無い。


「なんとなく察していただけただろう?そういうことさ。式が終わるまでは油断できない。」

「ちなみに、その式の日取りは?」

「5日後だ。それまで私の命、貴殿に預けよう。」


俺たちが受けた仕事は想像以上に重大なものであった。仮にも王族の命を預かることになるのだから。



 そして、この護衛任務中にまた『容疑者』になってしまうなんて、この時の俺には知る由も無かった。

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