第10話 無実の証明の放棄

 犯人を探そうにも動機が分からないことには目星をつけることもできない。そう思った俺はまだしっかりと話をしていない人物ともコミュニケーションを取ることに決めた。レイの忠告によれば、ベティーナは”無能力者差別”をするらしい。そりゃあ”厄災”とか言われているくらいだから、心の底から嫌っている人物がいても不思議では無いのかもしれない。それに、ベティーナが得意とする”豪炎の魔具”という魔具については、どれほど攻撃的で危険なものなのかは容易に想像がつく。下手なことを言えば焼き殺されてしまうかもしれない。彼女がエドの殺害現場で俺を見てから、彼女は俺のことを殺人鬼だと思い込んでいるのであろう。だとすれば、まずはシンからコンタクトを取って、彼の信頼を得てからベティーナ嬢と話をした方が良いだろう。

 


 広間Aには二人の姿はなかった。おそらく今はそれぞれの部屋に戻っているのであろう。だとすれば好都合である。まずはシンの部屋の扉をノックする。少し間が置かれてから「誰だ」と声がする。俺が名を名乗ると返事がなくなる。まるで相手にされていないようである。さすがに引くわけにも行かないので、一か八かの賭けに出る。


「さっきカールさんと一緒に遺体を調査して発覚したんだが、この事件の犯人は決まって被害者の首をハネていたんだ。だから、正直言うと俺はいっつも帯刀しているあんたが犯人なんじゃないかと思っている。」


力強く歩く音が聞こえてすぐに、扉が開かれた。扉を開けてくれたことに感謝を述べようと思った矢先に胸ぐらを掴まれる。


「貴様。他人に罪をなすりつけたいんだろうが相手を間違えたな。」

「だから、俺は殺していないって!刀を持ち歩いているあんたの方が怪しいだろ!あんたが殺していないって言うんならその証拠を見せてみろよ!」


胸ぐらを掴まれながら言った。


「それに、俺は異世界人の無能力者だ!魔具を使ってもいないあんたにここまでされている俺が、あの二人を簡単に殺せるかよ!」


胸ぐらを掴む手の力が少し緩む。


「なら、お前が異世界人である証明を俺にしてみろ。」

「それは、できない。方法がわからない。」


魔具が使えないという異世界人の特徴は証明が難しい。なぜなら魔具が使えないフリをしていないことを証明できないからだ。どうすれば証明できるのであろう。


...いや、待てよ。なぜ俺は異世界人であることを証明しようとしているのだ。


無能力者であることは、ベティーナと会話をする上でも不利になるというのに。そもそもは"異世界人だから俺には殺人の動機が無いこと"を証明したかったのだ。だから必死に異世界人であることを皆に認めてもらおうとしていた。しかし、その証明はこの事件の解決においては必須では無い。俺が異世界人であることが"犯人が犯人であること"を証明するのに必要では無い以上、意味の無いことだ。


「シン。俺は異世界人であることの証明ができない。だから、しない。」

シンは呆れたような顔をして言う。

「なら、お前がエドやヨハンを殺した可能性が...」

「あるよ。あんたにも、他の人にもその可能性は平等に存在している。だからこそ、もっと客観的な視点で犯人を見つけなきゃいけないんだ。そうしなければ次の犠牲者がでるかもしれない。だから、これはベティーナを助けることにも繋がると思うよ。」


シンは俺の目を見つめ、ため息を吐いた後に胸ぐらを掴んでいた手を離す。


「わかった。俺は俺の知っていることを全て話す。だからお前もお前の全てを嘘偽りなく話せ。」

「あぁ、わかった!」


そうして、なんとかシンとの会話の場を設けることができた。シンの部屋に入り、レイの時と同様に俺がベッドに座り、シンは椅子に腰掛けた。俺は自分がエドの殺害現場で怪しい影を見たことと、死体の首が全て綺麗に切断されていたことを伝えた。そしてシンとエド・ヨハンの関係性は特に無く、この館で初めて出会ったということを聞いた。俺はそのほかにシンに対する疑問について確認を始めた。


「その身につけている刀は魔具?それてともただの刀?」

「これは魔具だ。」

「刀の魔具って何ができるんだ?絶対折れないとか?」


シンは左腰に帯刀している刀に軽く左手を添え、答える。


「これは斬撃を飛ばせる。」

「その斬撃はどの程度飛ばせるんだ?」

「約3mだ。3m以内であれば切れないものに触れるまでは消えない。」


殺害現場には斬撃の跡は無かった。切れていたのは犠牲者の首のみ。もし、斬撃を放っていたなら部屋のどこかに斬撃の跡が残っているはずだ。だとすれば、その刀自体で切りつけたとか?


「斬撃ではなく、この刀自体で切りつけたと考えているな?それは不可能だ。なぜならこの魔具は"使用すると斬撃が発生する魔具を調合して結晶化しただけ"の代物だからだ。抜刀しやすいように形を整えているだけで、物理的な武器としての強度は無く、これ自体で人骨までを斬り裂くことは不可能だ。」


だとすれば、シンが犯人である可能性も低いのか?もしくはそもそも凶器が違うのか。考え込んでいると、次はシンが質問をして来た。


「レイ・アルメリアは疑わないのか?奴が所有しているフランベルジュはお前がさっき言っていた"折れない剣"の魔具だぞ。」

「え?そうなの?」

「あぁ。それに奴の家系は過去に虐殺も起こしていることも考えれば、アイツが血に飢えて見境なく殺しまくってるっていう動機にもなるだろうな。」


シンが嘲笑しながら言った。レイは最も協力的で、俺が異世界人であることや異世界人の特徴等を教えてくれた人物だ。本人が虐殺を行なったならまだしも、親族が起こした虐殺と殺人の動機を関連づけるのは正しい判断とは思えない。

シンは話を続ける。


「それに、フランベルジュは言ってしまえば拷問用の剣だ。それを起動すれば形状がは曲剣に変わり、肉をジワジワと切り裂くことができるようになる。」

「だったら、それもまた凶器には使われていないと言えるよ。」

「なぜだ?」

「犠牲者の首は"全て綺麗に切り取られていた"からだ。」


シンは少し考えてから、反論してくる。


「なら、魔具を起動せずに切りつけたんだろ。あの魔具はそもそもが剣であり、後付けで能力を付与された人口魔具だから、俺のとは違い物理的に切断が可能だ。」

「それも無いよ。もし殺人の同期が虐殺衝動によるものだとすれば、"拷問用"の魔具を起動せずに切りつける意味が無い。」


しばらく沈黙が続く。するとシンは木製の壁掛け時計をちらりと見た後に、もういいだろといって追い出されそうになる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。次にベティーナとも話をしたいんだけど、俺、彼女にものすごく警戒されていて...。それに、彼女の用心棒としても殺人犯かもしれない俺が彼女と二人きりで話をするのを見過ごす訳にも行かないよな?」


シンは嫌そうな顔をする。断られるもしくは行くなと言われるかと想定していたが、回答は意外なものであった。


「手短に済ませろよ。彼女もこんな状況になってしまって心身ともに疲弊しているんだ。」


俺はありがとうと礼を言い、シンと共にベティーナのいる部屋に向かう。

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