第9話 無能力者と騎士

 広間Aにはシンとベティーナ、エーベルハルトも居た。彼らの警戒心は非常に強く、俺を必ず視界に入れるようにしているようであった。この中に人の首を簡単にハネることができる者がいるかもしれない。次に殺されるのは俺かもしれない。

 


 レイと俺は広間Aを通過し、レイが滞在している部屋の扉の前に立つ。


「えぇと。入って良いんですか?」

「当たり前だ。別にやましい話をするつもりは無いが他人に聞かせるような話でも無いからな。」


レイは身長160cmほどの赤髪の女性で、その佇まいはまさしく女騎士。しかし、顔つきは幼さを残しており、20代前半、もしかすると未成年かもとすら思えてくる。そんな女性の部屋に入るのは、たとえ彼女の所有する自室ではないとしても緊張するものである。


「どうした、警戒しているのか?」

「あ、いえ、お邪魔します!」


彼女の部屋には簡単にまとめられた荷物と窓際の机に立てかけられている銀色の剣以外はほとんど何も無かった。


「とりあえず、そこに腰掛けてくれ。」

彼女はシングルサイズのベッドを指差し、彼女は備え付けの椅子に腰掛ける。俺はベッドに座り、まず目に入った剣について質問をする。

「あの、レイさん。あの剣は前に言っていたエクスカリバーってやつですか?」

「いや、違う。エクスカリバーはエウルール氏が保有している特級魔具だ。あれは私の愛刀”フランベルジュ”だ。」


フランベルジュと言われるとイメージされるのはクネクネと曲がった刀身のものであるが、鞘の形状から推測されるに彼女の剣は曲刀ではなさそうだ。どちらにせよ、いい剣なんだろうと思った。


「レイさんはシンみたいに持ち歩いたりしないんですね。」

「彼はベティ嬢の用心棒だからな。武器を携帯するのは自然なことだろう。そして、私はこの屋敷に人を切りに来た訳では無い。理由もなく帯刀はしない。」


彼女は理性のある高貴な女性であることは、今までの言動からも容易に理解できた。このような人物が殺人など犯すのであろうか?犠牲者の殺害方法からも、容疑者としては一歩リードしてしまっている人物ではあるが...。


「そう言えば、話って何ですか?」

「あぁ、そうだったな。君には聞いておきたかったことがあるのだ。君は異世界から来たと言ったな?」


また疑われるのか。だんだんと面倒になってきていた俺はため息を交えて答える。


「そうですよ。別に信じてもらわなくてもいいですけどね。」


レイは俺の顔をじっと見つめる。


「この世界では、各地に異世界人に関する言い伝えが残っている。地方によっては”厄災”と言われることもあるし、”英雄”と讃えられることもある。それぞれの言い伝えに違いはあるものの共通点もあるのだ。」

「共通点と言いますと?」

「”無能力者”であることだ。言い換えると、異世界人はこの世界の魔具が取り扱えない。」


だいたい予想はしていたが、やはりそうなのか。俺はこの世界では最弱の生き物なのだ。訳も分からずマキナによってこの世界に転移された上に、戦う術も身を守る術もない。それだけならまだしも、殺人の容疑者にまでされているのだ。この世界は一体俺に何を望んでいるんだ?”管理者”は「この世界の人間ではないことが鍵になる」と言っていたらしいが。


「レイさんはどう思いますか。異世界人のこと。」

「私の生まれ育った故郷では、異世界人の存在は”厄災”だと言われていたよ。人類の天敵だと。それに、あの支配者デューオも異世界人だと言われているしな。」


デューオが異世界人?もしそれが真実だとして、無能力者がどうやって支配者になっているんだ?しかし今はそんなことよりも、比較的協力的だったレイにもマイナスな印象を持たれていることにショックを受けていた。わざわざ校舎裏に呼び出されてまで振られた気分だ。


「別に俺はこの世界を支配するつもりは無いですよ。無能力者の俺には人を殺すことも、ましてや厄災を起こすことなんて無理ですからね。」


もう話が無いなら俺は戻ると言い立ち上がろうとした時、レイは今までの凛とした振る舞いからは想像もできないほどに慌てふためき俺を引き止めた。


「ち、ちがうのだ、そんなことを言いたい訳では無い!」


その様子に驚き思わずベッドに尻餅をついた俺にレイは話を続ける。


「私は、この魔具を取り扱える能力を”呪い”だと感じている。生まれながらに適正が決まってしまい、その先の人生は魔具の適正次第。剣が得意なら剣士に、調合が得意なら調理師や薬剤師、適正の無い物事に挑戦すること自体が悪とされているのがこの世界の常だ。だから私はこれを”呪い”と呼んでいる。」


この世界において、魔具の適正は「才能」なんて浅いものではなく、その人物自体を定義してしまうほどに重要な事項なのだろう。適正による差別や格差が生まれること容易に想像できた。レイはうつむき、続ける。


「だから、私は、無能力者であることに魅力を感じる。希望を、可能性を感じる。自分自身が何者であるのかを自分で決めることができ、相手を能力で判断しない真に平等な視点を持っている存在だと思うのだ。」


レイの瞳には涙が溜まっているように見えた。少し揺らせば簡単に雫が落ちてしまいそうなほどに潤いに満ちている。多分、魔具の適正に関することで辛い経験をしてきたのであろう。


「たしかに、俺から見ればここにいる皆さんは、全員平等に俺より強い存在ですよ。多分、俺を殺すのはそこらへんの羽虫を殺すよりも簡単ですよ。」


レイはすぐに涙を拭き取り、柔らかな笑顔を見せた。


「あぁ、君が犠牲者ではないことが不思議なほどに君は不利だ。」

「はは。もし俺を殺すなら、痛みも感じないほどにうまくやってくださいよ。レイさんが犯人だとは思えませんが。」


レイは不思議そうに眉間にシワをよせ俺に問う。


「なぜ私が犯人ではないと思うのだ?」

「いや、まぁ、論理的な確証があるわけではなくって、なんとなくです。」

「はぁ?」


レイは笑う。俺は決まりが悪くなり目をそらす。


「君は本当に異世界からきた人間なのだな。私を、私の家紋を見ても動じず、しかも私が犯人に見えないとまで言ってしまうのだから。」


どういう意味であろうか。たしかにレイの衣服の左肩あたりには丸の中に二つの薔薇がクロスを描くように重なっている紋様が描かれている。


「私の家系、アルメリアの血筋は、西方クルサリアス虐殺に関わった家系なのだ。そう遠く無い過去の話だよ。」

「またよくわからない言葉が出てきましたね...。さっきも言いましたが俺はこの世界の歴史も常識も知らないんです。今目の前にいる人の話ならまだしも、過去に起きたことまで考えられないですよ。今回の事件に関わってくるなら考えますが、エドさんとヨハンさんが殺されたこととその虐殺事件が関りがあるとは思えません。」


呆気に取られた様子のレイ。俺はまた自分の無知なところが出てしまったと思い、恥ずかしさからすぐにこの場を離れようとした。


「あ、えぇと、無神経なこと言ってたらごめんなさい。とりあえず、俺はシンとベティーナとも話をしてこようと思います。失礼します。」

「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ。ベティ嬢と話をするなら気をつけて欲しい。彼女は生粋の”異世界人差別者”だ。それに君には殺人の容疑も掛かっている。もし話をしに行くと言うのなら十二分に気をつけて欲しい。」

「マジすか...。まぁ、とりあえず殺されないように気をつけます。色々ありがとうございました。」


そう言い、俺は部屋を出た。



 タクトがいなくなった後の部屋でレイは閉じた扉を見つめていた。

「タクト。君が私にとっての初めての異世界人でよかった。君の持つ可能性に私は賭けよう。」

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