第8話 現場検証
現場検証のためにカールとともに最初の犠牲者の部屋を訪れる。扉を開くと白い霧のようなものが部屋を漂っている。
「さすがに冷気の魔具は強力だね。まぁ死体の状態を保つためにはこれぐらい必要だから、寒くても我慢してくれよ。」
カールは肩をすくめ軽く身震いをしていた。そんなに寒いだろうか。あまり寒さを感じなかった俺は疑問に思いながらもエドの死体の側まで足を進める。
俺は最初この場所に転移して容疑者になり、怪しい人物が外に出るのを目撃している。そして二人目の犠牲者の第一発見者にもなり、皆からの疑いは一層強まったわけだが...。今は目の前の現場検証に集中しよう。
エドは首を切断されて殺害されていた。切断された首と身体があまり離れていなかったため、転移されてきた時は首を切断されていることには気づけなかった。
「ここまで綺麗に首を切れるのは、切断系の魔具ぐらいだね。他に外傷は...腕に打撲痕が少々ってところか。」
カールは慣れた様子で死体の隅々まで調べる。
「カールさん。俺を拘束する前には死体を調べたりしなかったんですか?」
「あぁ。首が切断されているところを確認して、現場保存のために冷気の魔具を設置しただけだね。そこまで詳しくは調べなかったよ。なんせ君が犯人で間違いないと思っていたし。」
カールはニヤリとして言い、俺がムッとしたのを見るとすぐに笑いながら謝ってきた。俺は話を戻す。
「切断系の魔具で切断されったてことは、容疑者はレイさんとシンってことですか?」
「そうとも言えないね。たしかにレイちゃんはエクスカリバーを起動できるほど切断系魔具との相性は良い。シン君は未知数だが立派な刀を持ち歩いているくらいだから、同様に切断系の魔具と相性が良いんだろう。だが、相性の良し悪しはともかく、下級の切断系魔具なら他の者にも扱えるだろう。もちろん、私にもね。」
どうやら切断系魔具にも様々な種類があるらしい。刀や剣の形状をしたものや、石ころのような形をしていて起動すると斬撃を飛ばすものまであるらしい。石ころタイプのものは所謂インスタントな人口魔具であり、一度使用すると消滅するとのことだ。すなわち使ってしまえば証拠として残らない。この世界にある魔具はまさに万能のツールであり、返り血を防いだり、足音を消したりもできてしまうらしい。
「本当に君は何も知らないんだね。案外、異世界から来たのは本当だったりするのかな。」
「だから本当なんですって。というか、魔具があれば犯罪起きまくりなんじゃないですか?なんだってできるわけだし。」
「人体に危害を与えられるほどの魔具は人口魔具であっても高価だからね。人を確実に殺せるほどの魔具なら、立派な家が一軒建つくらいの価格になるよ。それに、エウルール氏が使っていたような嘘を見破る魔具とかもあるからね。犯罪者だけが有利な訳では無い。」
一通り部屋を確認した結果、首が非常に綺麗に切断されていることと窓の鍵が外れていること以外には特に発見は無かった。俺はエドワードという人物についてをカールに聞いた。
「エドさんは誰かに恨みを買うようなことをしていましたか?」
「そうだなぁ。前にも少し話したけど、エド君は薬剤師でその方面での知識は深く、エウルール氏とは不老不死の薬の研究を進めていたようだ。性格は非常に温厚で、誰かに恨まれるような人物では無いはずなのだが...。」
「なるほど。じゃあ、あの机の上に並んでいる小瓶は彼の所有する薬の一部ですか?」
俺は卓上に並んでいるいくつかの液体が入った小瓶の方へ指を差した。
「あれは彼が得意としていた調合魔具だね。いくつかの魔具を調合して新たな魔具を生み出すものだよ。おそらく小瓶に入っている液体はただの調味料だよ。味覚に影響する魔具だね。」
「え、魔具って食べられるんですか?」
カールはキョトンとする。
「うん、そりゃあ、魔具だからね。」
「(なんでもアリだなほんと)」
俺たちはエドワードの部屋を後にし、第二の犠牲者であるヨハンの部屋を訪れる。ヨハンの部屋にも冷気発生の魔具が設置されていた。カールはエドのときと同様に手際よく死体と部屋中の確認を行なっている。こちらも特別不自然な点も見当たらなかった。俺はヨハンが殺された理由を探るためにカールに質問をする。
「ヨハンさんは結構自己中な印象があったんですけど、特別誰かの恨みを買うようなことはしていましたか?」
「私が知っている範囲では、特定の誰かから恨みを買うような言動はしていなかったと思うよ。まぁ、全員に平等に憎まれ口を叩いていたから、全員動機はあると言えばあるかもね。」
やはり今回も容疑者を絞ることはできそうになかった。犯人は首を綺麗に切断できて、エドとヨハンを殺害するなんらかの動機があった者ということしかわからない。ヨハンの殺人なんて、そもそも犯人はなぜ館の外に出れない状態で行ったのであろうか。逃亡できないというリスクを背負ってまで殺害する必要があったのであろうか。
二つの殺人事件の現場検証を終えた俺とカールは、広間Bのソファに腰掛ける。そしてふと疑問に思ったことをカールに投げかけてみる。
「そういえばカールさんは、どうして警官を辞めてまで小説家の道を選んだんですか?」
「随分と突然だね。そうだなぁ...。ただ単に、誰かの下で働くのが嫌になったというだけだよ。もっと自分で考えて自分にしかできないことがしたくなったのさ。」
「なるほど。俺は転移元の世界では学生だったからあんまり大人の気持ちはまだよくわからないけど、色々あるんですね。」
「はは。収入は激減したけど、心は豊かになったよ。結果的に今回みたいに警官時代の経験もなんだかんだで活きているわけだしね。この事件も意外な結末を迎えるのであれば小説にしてみようと思う。」
「カールさんはこの事件はどんな結末を迎えると思いますか?」
カールは少し考えてから、ニヤリと口角を上げながら答える。
「例えば、異世界から来た人物が実は次々に殺人を犯していたとかかな。」
彼の鋭い視線に思わず寒気を感じ、なぜか返す言葉が出て来なかった。その時、広間Aの方からやって来たレイが俺の名を呼ぶ。
「タクト殿。話がしたいのだが、少しいいかな?」
「あ、はい。大丈夫です。カールさん、すいませんが俺はこれで。何か新しく発見があれば教えてもられると助かります。」
カールは先ほどの冷たい視線から一変し、いつもの穏やかな目つきに戻っていた。
「あぁ、私はこの広間も一応調べておくよ。」
俺はレイに連れられ、広間Aに向かう。
広間Bに一人残ったカールは二人の背中を見送った後に、頬杖をつき独り言を言う。
「そうだなぁ。仮にタイトルを付けるとすれば、『異界の容疑者』といったところか。本当にただの容疑者で終われば良いんだけどね。」
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