第6話
町を出て三階層下ったところで、ようやく落ち着く場所に着いた。
そこは避難場所と呼ばれている。
小さいが透き通った水が湧く泉とダンジョン内でよく見かける天然の果物、石壁だが誰かが作ったベッドが置かれた部屋だった。
随分走ってきたのだろうか。
カナタは疲労していた。
地面に仰向けに倒れ、天井を見つめつつ何度も深呼吸していた。
あの場にいたなにかから逃げるためにここまで来なければならないのだとユクロは心身とも感じていた。
周りには人がいない。
どうやらここに来ているのはユクロたち二人だけのようだ。
「どうやら、皆さんはまだのようですね」
「……」
「息が荒いように聞こえます。水を汲んできますね」
湧水ごとく水が常にあふれ出ている。水を止めるための装置はついていないらしく、蛇口のようなものも見当たらない。
「切れにな水ね。不思議。ダンジョンなのにこんなにもきれいな水を見たのは初めてかもしれない」
素直な感想を綴りながら、カバンの中から持ってきたコップに水をくむ。
「!!」
かき混ぜても水が濁らない。
ゴミや砂などはないようだ。
水は管理されているかのような浄化装置が機能しているのが伺える。チリやゴミが沈まない浮かばないほど。
「柔らかい」
水という液体のような感触じゃない。まるでとろろ昆布のようなとろとろとしている。触れば触るほどとろとろとしていてつかめる気がしない。
「おっとそんなことをしている場合じゃなかった」
疲弊しきったカナタのことを案じながらコップに水を汲んだ。
救いあげた水はとろとろとしているものの、どんな味をしているのか気になるところだ。
「一杯だけ」
カナタに内緒で軽く一杯口の中に含む。
「不思議。触った時はトロトロしていたのに…口の中に入った途端、液体に戻った。しかも味は私好み」
口に含んだ水はただの液体に戻っていた。とろとろじゃなかった。触った時と口に含んだ時とまるで違う。
この水はダンジョンが作り出した摩訶不思議な泉だとナユタは言っていた。この水は多くの冒険者や探索者に恩恵を与えてきてくれたものだと。
「『体には癒しを与え、心には幸福を与え、喉には潤いを与える。』この水は感謝しなければならない」
ナユタが教えてくれた知識のひとつ。
この水は『オラクルウォーター』。あらゆる状態異常から体に染みついた油や汚れ、心にたまったストレス、喉や胃など内臓物の不調を癒してくれる。
上層(ここ)でしか取れない水。
「ナユタ……グス」
涙が不思議とあふれてきた。
ナユタの言葉が一つ一つに重みを感じる。
今はもうナユタはいないが、ユクロはナユタに感謝しつつ、コップをカナタの方へ走っていった。
「んぐんぐうまーい!」
カナタはコップ一杯分の水を飲み干してしまった。
こんなうまい水は何度もあったが、久しぶりに飲むとやっぱりうまいものであることに変わらないと実感した。
「おいしい。やっぱりここの水は最高だな!!」
「はい。全くです」
一同するなんて不思議なことだとカナタはユクロに振り向いた。
先ほどまでの重い空間はこれっぽちもなくなっていた。空いていたはずの距離は水が潤ってくれたのかきれいさっぱりと無くなっていた。
それから少し談笑した。
最初は戸惑うところもあったが、ナユタの話になると終始がつかなくなるほど話は収まる気配はしなかった。
小一時間ほどしてから、カナタは果物に目を配った。
泉の水から水分をもらうようにして蔦が伸びている。蔦には果物が実っており、ピーナッツほどのサイズしかないが、皮をむけば、桃のような食感と蜜柑のような甘酸っぱい味がする。
不思議な果物の種には毒があるが、よく乾燥してお茶にすれば「スッキリとした味わいある紅茶になる」と豆知識を伝えるほどだった。
「もう腹いっぱいです」
「俺もだよ」
果物と水だけで腹を膨らませた。
ダンジョンにあるものは早々食えたものは見つからない。
けど、ここだけは違う。
何日ほどいても飽きないほどの量と味がある。
ここにベッドを作る人がいるほどだ。
「さて、ベッドで少し休んでから事情を話そう。なぜ、逃げたのかを――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます