第47話 訓練 15 決意2
大事に大事にこころの奥に仕舞っておけ
その言葉が僕の心に沁みてくる。
中尉は僕が納得したと受け取ったみたいだった。
そのまま銃を入れていた保管庫から、箱を取り出してくる。
「訓練弾だ。
弾頭の鉛の代わりに紙が詰まっている。
紙と言っても柔らかくはない。
万が一目に当たれば、当然のように目は潰れる。
そして、目を破壊してそのまま頭蓋骨まで達して脳そのものを破壊する。
つまり、普通に死ぬ。
だから、実包と同じだ。
危険さは実包とさほど変わらない。
いいか、何回も言うぞ。訓練でも、実戦でも、銃口は常に下だ。
用心しろよ」
中尉はそこまで言うと、伍長さんらに目で合図していく。
伍長さんが、あの紙の的を ・・・ 何というのかな、射撃の枠組みというのか、
小道と言うのか、早い話が通路のように白い線で区切っている。
その通路の真ん中から、さらに残りの距離の真ん中に、だいたい約5カール(約6メートル)にぶら下げる。
「 昼日中、小銃を肩からぶら下げている一般人なんかいない。
市街地で銃器を用いての発砲事件はほとんど拳銃によるものだ。
そんな事件での、発砲距離が
いいか、拳銃を発砲する時は、あんな感じの至近距離だ。
わずか5カール[約6メートル]に過ぎない。
5カールから8カール、たったそれだけの距離で撃ち合い、
死傷者が出る事件が多い。
海軍の臨検も同じだ。
艦内での、近接戦闘はあんな感じの距離になる。
5カールから8カールの距離で拳銃を撃ち合うことになる。
だから、距離の感覚に慣れろよ。
あの距離で撃ち合うのは、速さと正確さがすべてだ。
遅れると撃たれる。
不正確だと、弾が外れて、当たり前だが反撃されて撃たれる。
素早く正確に狙い撃つ。
ところが、普通の軍人でもその5カール先の的になかなか当たらない。
だがな、練習すれば、おのずと当たるようになる。
練習しかない。
いいか。
よく見ていろよ」
中尉は僕に手本を見せるようにゆっくりとした動作で銃を構える。
銃が中尉の眼の高さまでくる。ゆっくりと撃鉄を上げていく中尉。
用心金に沿わしていた中尉の人差し指が、引き金に掛かる。
パン。
あっけない音、思っていたような音とはまったく違う物だった。
まるで花火みたいな乾いた音、それが響く。
パン。
パン。
パン。パパン。
最後は撃鉄を素早く上げての発砲だった。
連発での発砲なんて、僕にはむりだ。
的には ・・・・ 人型の真ん中にぽつぽつとした穴が六つ、開いていた。
「見ての通りだ。
実際に撃つときは胸の真ん中を狙え。
一発で十分だ。
それで相手は行動できなくなる。
生死を確認するのは後だ。
いいか、相手が倒れても安心するなよ。
倒れても撃つという奴は実際にいるからな。
倒れても銃口が自分や他のだれかを狙っているならば、容赦なく撃て。
続けて発砲しろ。
危機の大元を無効化しろ、いいな。
まず自分と仲間に対する危機がないか、それの確認を優先する。
相手の生死の確認なんてモノは二の次だからな。
まあ、正直、お前さんが拳銃を用いることなんてないだろう。
でもな、万が一の危機に備えておけよ。
武器の基本となる拳銃は練習していて損になることはない。
この拳銃になれたら、実際に我々憲兵隊が使用している自動拳銃へ移るからな。
じゃ実際に、この訓練弾を使って撃ってみろ。
普通の実弾と撃った時の感覚は同じだ」
僕は受け取った訓練弾をそのまま装填して、回転弾倉を元に戻す。
一応、安全装置をかける。
なんだか銃が重く感じる。
たった六つの弾丸を入れただけなのに?
たぶん気のせいだと思う。
ゆっくりと銃を持ち上げて、銃口を的に向けてみる。
照門のくぼみに照星がやってくる。
そして、その向こうに的がある。
あとは安全装置を外して、撃つだけ。
ふうぅ。
銃口を下げる。
何だろ ・・・・
訳も分からず胸が高鳴る。
中尉が答えを出してくれていた。
故郷を守れ --- その言葉は僕の父や母、そして、祖父祖母を守れという事。
僕は ・・・・ じーちゃん ばーちゃん 、 みんなを守る。
「撃っていいですか」
僕は的を見続けながら、聞いてみた。
「撃て」
[ ちから ]のこもっていない普通の言葉で中尉は撃てと言う。
それには【気楽にな】という意味が込められていた。
一度、力を抜いて身構える。
銃の安全装置を外す。
なんだか、銃が重く感じる。
たぶん、気のせいだ。
あらためて、右足を半歩出す。
膝を曲げて腰をかるく落とす。
人差し指をまっすぐに、用心金の感覚。
銃を眼の高さまでに、持ち上げる。
肘をかるく曲げて、銃口を的に正確に合わせていく。
撃鉄をぐいっと親指で引き揚げていく。
カチッという音。
ゆっくりと引き金に指を掛ける。
照門と照星 ・・・・ 的がぶれる。
それらが一致する瞬間 ・・・・ 引き金を引く。
パン。
思っていたより反動があった。
トンという感じを予想していたけど、実際にはズンという感じだった。
こんなに反動があるのか。
「続けて撃て」
また、力のこもらないごくごく普通の言葉で、中尉は撃てと言う。
撃鉄を上げて、狙い、引き金を引く。
パンという音、同時にズンという反動、それを繰り返していく。
パン。 パン。 パン。
的に穴が増えていく。
あと二つ。僕は狙い、そして撃った。
パン。 パン。
全弾、撃った。
撃った訓練弾は一応、紙の的にすべて当たっている。
問題は、中尉みたいに人型の胸の処には集まらずバラけている。
「 ほう ・・・・ 初めての拳銃で、全ての弾を的に当てたか。
普通ならば3発から4発ぐらいしか当たらない。
お前さん、スジがいいぞ。
よーし、訓練弾一箱全部、撃て。
ゆっくりでいいからな。たぶん、途中で弾倉と銃身が触れないほど熱くなる。
その手前で銃を変えるからな。
回転式拳銃で銃がキンキンに熱くなるような扱いはしない。
熱による歪みが出るのと、熱暴発が起こる。
それは銃の寿命を短くする。
そうだな、40発ぐらいか。
40発きっちり数えろ。
それだけ撃てば銃を交換する。
その箱の中身には全部で120発入っている。
キンキンに熱くなった弾倉に弾丸を入れるなよ。
熱で発火する。それが熱暴発だ。
まあ、今時熱暴発なんて、滅多にないけどな。
陸軍の小銃でも、そうだな、連続で200発も撃てば熱でおかしくなる。
重機関銃ならば、銃身に歪みが出て当たらなくなる。
そんな場合は銃身そのものを交換する。
どちらにしても、危険性は最初から回避する。
訓練でケガなんて、ほんとにバカらしいからな。
ゆっくりでいいからな。
続けて撃て」
どうやら、僕はスジがいいらしい。
回転弾倉を出して、弾丸の再装填をしていく。
硝煙の臭いがいっぱいに広がる。
空薬莢が火傷するぐらい熱い。
中尉が用意してくれたから薬莢容れにまとめて放り込む。
僕は再び銃を構えた。
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