第46話 訓練 14 決意
中尉はぽつりとつぶやく。
「 そこか 」
まじまじと僕の顔を見る中尉だった。
「今の気持ちはどんな感じだ。
怖いか。
撃つ事、そのものは簡単な事だ。
撃鉄を上げて、引き金を引けばいい。
ただそれだけだ。
問題はその行為の結果だ。
それを恐れている、そうだな」
僕は中尉の問いにただ頷くだけだった。
「その言葉を通常の陸軍や海軍の訓練で発するならば、
指導教官から『よわむし小僧』と罵倒されて、玉無しと仇名される。
俺たちは憲兵だ。
俺たち憲兵はただの軍人じゃない。
だから、頭ごなしに全否定、そんな事はしない。
その惧れは憲兵にとっては貴重なモノなんだよ。
その惧れをたえず持つ。
それが憲兵の流儀なんだ。
お前さんはちゃんとその惧れを認識して、それを正に言葉にした。
それは極めて貴重なモノ。
治安維持で危機に正対した時、その感覚がものすごく大事になる。
だがな。
残念なことに、お前さんは憲兵じゃない。
お前さんは、いくつかの訓練課程、今している訓練が最初のものだな。
それをこなしていき、そして、士官課程まで多分いくだろう。
そして、それなりの特務士官となる。
少なくとも海軍当局はお前さんにそうなるように期待し、
そして、ここで訓練している、そういう訳だ。
憲兵は治安維持という意味で、わが帝国臣民に奉仕する。
それが求められる。
陸海軍軍人は ・・・・ なんと言ったらいいかな。
そうだな。
端的に言うと、帝国の
だから正に『力の行使』をする時に、それを実施する末端は躊躇ってはいけない。
命令で撃てと言われたら躊躇いは御法度となる。
撃ての命令には、即座に狙いを定めて躊躇なく撃つ。
それが良い兵隊なんだ。
そして、良い兵隊に成るべく、するべく、絶えず訓練し準備する。
それが、陸軍と海軍の訓練なんだ。
そこに兵個人の感情なんか入ってはいけない。
それは厳禁だ。
お前さんは特務士官になるだろ。
お前さんは、特務士官と言う名の帝国の
特別に選抜された人員だ。
だろ。
士官と特務士官の違いは ・・・・ これもなんと言ったらいいかな。
それは汎用と専門という言葉で表されると思う。
一般士官は兵を統率する事が求められる。
陸兵、海兵、それぞれに統率する立場が士官になる。
特務士官はちょいと違う。
それは専門家になる。
特定の武器、それの専門の兵、それが特務士官となる。
それは、通常の兵では取り扱う事が出来ない高度なモノ、そんな武器だ。
高度な知識と技能、そして、特定の資質が求められる。
それ故に特定の資質を持った者を集めてきて、通常の訓練とは別の課程を作り、
それを取扱う知識と技能を叩き込む。
今がその最初の課程になる。
お前さんならわかるよな。
ここまで、いいか」
中尉は僕の眼をしっかりと見つめて、僕の反応を観ていた。
僕の「 撃てるだろうか 」の疑問に真摯に答えてくれている。
そして、僕は中尉の「ここまで、いいか」の問いに頷いた。
「よし。
わかったらならば、良しとなる。
で、お前さんの疑問の回答は、
[ 撃て ]になる。
いいか、撃てと命令されたならば、撃て。
それも躊躇なく、積極果敢に、撃て。
[ヒトを撃てるだろうか]の疑問を持つのは解かる。
だがな。
撃てるだろうかではなく、撃て。
これが回答なんだ。
撃ての命令に迷うことなく撃つ。
相手は「ひと」だとしてもだ。
逆に人だから、撃て。
通常、そういう時は戦場にいる。
戦場に女子供はいない。
その「ひと」は敵だ。
だから、撃て。
そこに躊躇いは無用だ。
撃て。
いいな。
たぶん、お前さんの性格では躊躇うだろう。
繰り返し訓練するしかない。
将来、特務士官となって、それなりの武器を操作する時に、
その疑問は厄介な品物になる。
それを背負うと無茶苦茶重いぞ。
だから、こう考えろ。
お前さんは宣誓したよな。
宣誓した文言を覚えているか。
文言は、こうだ。
私は、
皇帝陛下に
忠誠を尽くし、
帝国と
帝国臣民を
守護するべく、
帝国憲法の下、
法に従って
帝国軍人として
その義務を果たし、
帝国と
その共同体である
連邦に
奉仕することを
我が名誉にかけて
誓います
つまり、帝国と帝国臣民の守護が、お前さんの仕事だ。
お前さんの
その為に撃て。
それだけじゃない。
お前さんが活躍する時は、有事だ。
自分自身の命を守り、そして、仲間を守る為に撃て。
特に海軍では、陸軍兵士みたいに小銃を持たされることはない。
特に拳銃なんて使わん。普通に丸腰だ。
そして担当の重火器の操作になる。
もし、拳銃を支給されたならば、それは少々おっかないぞ。
拳銃を支給されて、それを実際に使うときは、臨検の立入検査になる。
狭い艦船で小銃なんて使わん。
取回しに苦労するからな。
だから、臨検では拳銃を用いて検査になる。
有事に第三国の艦船をでかい大砲で脅して止める。
その船に乗り込み、敵の資材なんかを運搬していないか、検査する。
実際に船の中で銃撃戦になる。
それは至近距離で撃ち合うことになる。
その意味で、陸軍の小銃で撃ち合うのとは、一味も二味も違う。
お前さんのこれから進む道には、命のやり取りが間違いなくある。
だから、正に撃つべく訓練する。
理解したか。
たぶん、わだかまりはすぐに解消しない。
いいか、ある意味、その疑問は大事なものだ。
大事に大事にこころの奥に仕舞っておけ」
ああ、なんて重い言葉で ・・・・ 中尉は僕に決意を求めてくる。
考えるのはやめよう。
言われたとおりに、正に撃つべく訓練に励もう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます