第41話 訓練 9 圃場5
1時間の大休止、ようやく身体が動くようになる。
身体が ・・・ 妙に ・・・ 強張ている。
日頃使わない筋肉まで使って、僕は必死で泳いでいたみたいだ。
服を着たまま泳ぐってキツイ。
水を吸っているから重い、そして、身体に張り付いて手足を動かすのにじゃまになる。軍靴そのものが足に対して重しとなる。水を蹴っても思うように動かない。
作業服・軍靴、これはただの重しにしかならない。
この二つの重しがあっても、苦もなく泳げる基礎体力を身に付けなければ、
僕は溺れて死ぬ。
今更ながら、その事に気が付いた。
船か ・・・・ 海軍だから、たぶん乗る事になる。
どんな船にしろ ・・・・
船の外は水だ ・・・・
当り前だ。
今は、訓練用のプール。
それに伍長さんら仲間いるから ・・・ 何とかなる。
これから何年か先、いざ本番っていう状況になるまでに、
それ相応の体力を持たなければ、僕は溺れて死ぬ。
有事に敵の砲撃に当たって死ぬ。
それって即死だ。
たぶん、僕の身体は一瞬で雲散霧消してお終い。
痛みなんか感じることは無い。
でも退艦命令で海に飛び込んだその後は ・・・・ 自分の体力しだい。
それでちよっと泳いで ・・・・ 溺れるなんて ・・・・ 。
ぜったいに後悔する。
そんな後悔なんて、我慢ならない。
やるしかない。
僕は腹の底から、その想いを身体に染み込ませた。
「よし、1時間だった。
整列 ! 」
号令が掛かる。
必死で起きる。
身体がまだ強張っているから、立つ事そのものがしんどかった。
伍長さんが並んでいる横に立つ。
「本当なら、基礎訓練から始めるもんだけどな。
ま、それぞれに大人の事情で君はここにいる。
しっかりとその辺を意識して、励んでくれ。
訓練を続けるぞ」
中尉はそう言うと、僕たちをプールのすぐ横に一定間隔に並ぶように指示していく。
「よーし、次はプールの間際まで進め。
いいか、そのままだ。
プールに落ちるなよ。
足を滑らないように気を付けろ。
プールには入らない。
段差運動だ。
ほんの少しの段差だ。
地味な運動だがな。
けっこう効く。
足が攣りそうになったら、申告して休め。
かまわん。
いいか、右足から上る、続いて左足も上る。
今度は左足を下げる、右足も下げる。
この繰り返しだ。
地味な訓練だがな。
体力増強にはもってこいだ。
慣れたら段差を高くしてやるからな。
とりあえずはプールの段差を利用する。
足元に各自水を用意してやれ。
30分もするとけっこうな汗をかく。
それぞれ自由に水分補給しろ。
いいな。
俺も参加するからな。
せーのっ!」
ザッザッザッと足音が響く。
僅かな段差だけどキツイ。
身体の強張りが下半身にどよーんと増してくる。
ゆっくりとしたタイミング。
必死で足をあげて、足を下げて、ついていく。
しんどい。
ただただ、しんどい。
地味に効くの意味が解る。
チラチラとみんなの視線が僕に集まってくるのが判る。
でも ・・・・・
そんな視線を意識できなくなっていく。
ものすごく ・・・・ しんどい。
「 よーし。
くろふく行進歌だ。
声を出せ。
いくぞ 」
・
・
・
くろふく くろふく けんぺーだ
くろふく くろふく けんぺーだ
かくれて とびだし つかまえる
にげても むだだよ つかまえる
おいかけ おいかけ つかまえる
さがして さがして つかまえる
くろふく くろふく けんぺーだ
くろふく くろふく けんぺーだ
ごんごんなぐる けんぺーだ
ごつごつなぐる けんぺーだ
がつがつなぐる けんぺーだ
がしがしなぐる けんぺーだ
とにかくなぐる けんぺーだ
くろふく くろふく けんぺーだ
くろふく くろふく けんぺーだ
てじょうで ほばく けんぺーだ
きらわれ きらわれ けんぺーだ
おまえも なれるよ けんぺーに
なぐれよ なぐれよ けんぺーだ
・
・
・
伍長さんらが独特のリズムで口ずさんでいく。
うへー。
すんげー歌詞。
くろふく行進歌か ・・・・ なるほどね。
伍長さんらが上手く歩調に合わせて歌っている。
トンネルで聞いたあの戦闘工兵の歌とは一つも二つも趣が違う歌詞だ。
憲兵ってなぐるのよね。まぁ、殴る理由があって殴る。
実際にごんごん殴っているのをこの目で見ているから、こえーよ。
警棒でごつごつと殴る。
正当な制圧行為だもんな。
それで憲兵って嫌われているんだ。
まあね、警官よりも怖い存在なのは間違いない。
でも、その憲兵が僕にとって教官で味方だもんな。
だから、なんとしても訓練にはついていかないと ・・・・・
でも、地味に堪える。
きついよ、疲労感が増してくる。
僕は声を出して、段差運動をこなしていった。
30分も段差運動すると、疲労困憊となる。
必死で声を出した。
くろふく くろふく けんぺーだ
くろふく くろふく けんぺーだ
「よーし、10分間の小休止!」
助かった ・・・・ へろへろだった。
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