第39話 訓練 7 圃場3
「中尉、心理テストの結果が出ました。
おもしろいです」
「で、どうなんだ?
何が、どう、おもしろい?」
「はい、それがですね。
興味深い事に ・・・ 予備検査に出ている結果と同じなんです」
「それって、当たり前なんだろう。
ちがうのか。
もし、ちがうなら、素人にわかるように言ってくれ」
「この手の心理テストを2回もするとですね。
何らかの偏向が入る物なんです。
つまり、1回目と2回目とでは結果が変わります。
人によりけりなんですが、大幅に変わる人、少しだけ変わる人、
たいがい何らかの変化があるものなんです。
まあ何と言うのですかね、ひねくれ者であれば前回の回答とは真逆の回答を
したりしてね。
ざまあみろ とね。
そうやって、ひとり、悦に入ったりします
そんなつもりは無くとも、前回バカ正直に答えたから、
今回はちょっとカッコよく回答しようとか、です。
はい。
その変化をきっちり調べる為にも、質問量が大幅に増やしています。
それで、心理傾向と偏向の振れ幅を調べ、心理的基底を調べます。
振れ幅の度合いと1回目の心理傾向との相関関係は軍事心理学で、
研究されて分類・定型化されています。
それに照らし合わせてですね。
こいつはひねくれている。
こいつは頑固だ。
こいつは流されやすい。
など、など、ある程度の心理傾向がよりはっきりとします。
その基本となる偏向幅が出ていないのです。
彼にはそれがありません。
ハッキリ言って、めずらしいです。
つまり、端的に言って、彼は擦れてません。
はい、生真面目ないい子です。
ヘンなこだわりもなく、ちょっと頑固ですがね。
そしてね、いい意味でも悪い意味でも粘着気質です。
基本的には、素直でおおらかですね。
ご両親の愛情いっぱいに育てられたと言うべきものです。
田舎でノビノビと育ったという所でしょうか。
心理傾向としては、知的係数が高いですので、ある意味何をするにも、
その行動の理由付け・動機付けが必要となります
予備検査の心理テストの結果概要にもある通り、彼の指導に当たっては、
なぜそれが必要なのか、それが必要になる背景は何なのか。
そして、その背景をもたらした状況の変遷はどうなのか。
この辺をきっちりと教え理解させる必要があります。
単にあーしろ、こーしろだけでは意欲そのものの低下を招き、
彼は軍の中での居場所を失っていきます。
それは軍に取って大きな損失です。
以上からですね、
訓練全体を通じての
海軍の特務ですから、彼はそれなりの
船は ・・・ 船は、常に沈む危険があります。
万が一の ・・・ それからの脱出・生き残り・そして生還です。
彼の心理傾向から、何の迷いもなく彼はこの
そして、この
この岩盤の上に立つ事ができて、初めて彼は前に進めると思います。
生き残り、その為の体力錬成。
これを基本方針としてお願いします。
それとですね。
ある程度訓練が進んだ時に、
軍としての
それには『 ちから 』が必要って事を。
知力と体力と、まあ、時にはそれは腕力と言い換えが必要となる事。
そして胆力、この三つです。
ええっと、ちょっと表現は悪いですが。
猿山の猿ですね。
軍、陸軍も海軍も、ある意味、猿山だと。
そこには力の強いモノが上へ上へと昇れると。
ちからが無いとそれなりの
居心地がいいところが欲しけりゃね、[ ちからの行使 ]が必要と。
知力・体力・胆力と。
その与えられた状況によって、それらを使い分けろと。
この辺の動機づけが上手くいくと、彼は走り出します、間違いなく。
明日から予定している重負荷訓練ですが5日間でお願いします。
3日目から脳波測定に入ります」
・
・
・
・
今日から本格的な訓練が始まる。
朝食を取り終えたら、陸軍の作業服が僕たちに支給された。
当然、それに着替えろと指示されていく。
着替えたら食堂の奥の扉へと誘導されていく。
階段があり、そのまま下へ。
また扉があり、その奥に入る。
びっくりする。
プールだった。
6コースで50カール(約60メートル)ぐらいのでかいプール。
深さは ・・・・・・
おっ、けっこうある。
たぶん、2.5カール(約3メートル)ぐらい。
足は間違いなく届かない。
「泳げ、すぐに」
中尉がニカッとさわやかな笑顔で。
伍長さんらはとまどう。
僕もとまどう。
「なにしている。
すぐに飛び込め。
今すぐだ 」
あっ、マジだ。
伍長さんふたり、そのままザブン。
泳ぎ出した。
「なにしている!!!!!
いけぇ!!!!!!!」
鬼の表情と怒声。
あたふたして、飛び込んだ。
ぐふぅ ・・・・・
はあ はあ はあ はあ はあ
うぷっ
上手く泳げない。
着の身着のままで泳ぐなんてしたことが無い。
作業服が重く体に纏いつく。
軍靴がやたら重い。
必死で泳いだ。
下半身が沈む ・・・・・
やばい ・・・・・
耳鳴りがする。
きんきんとしている。
ひいひいひいと僕は必死で泳いだ。
「往復3回だ!!!
3回!!!!」
さ さんかいってか。
三往復するのはキツイ。
たぶんね、無理。
作業服が水を吸って重い。
取敢えずこれを脱ごう。
ボタンを外そうとしたら怒号。
「着たままだ!!!!!
脱ぐな!!!!!
軍靴もそのままだ!!!!!!
脱いだ奴はもっと泳がせる!!!!!!!! 」
くそっ!!!
鬼だな。
必死で一往復 ・・・・・
身体が重い。
こめかみのあたりが痛い。
耳鳴りがする。
一気に何も考えられなくなっていく。
ひぃひぃひぃと必死で泳いだ。
二往復目 ・・・・・
がんばれ がんばれ がんばれ
必死に自分に言い聞かせた。
やれる やれる やれる やれる
できる できる できる できる
およげ
がんばれ がんばれ がんばれ がんばれ
もうちよっとだ
もうちよっとだ
もうちよっとだ
もうちよっとだ
がんばれ がんばれ がんばれ がんばれ
がんばれ がんばれ がんばれ がんばれ
やれる やれる やれる やれる
やれる やれる やれる やれる
できる できる できる できる
できる できる できる できる
必死に泳いだ。
三往復 ・・・・
死にそう ・・・・
「よーし、泳いだな。
あがれ。
休憩だ」
はあはあはあ ・・・・・
プールから上がろうとしても、ダメだった。
力が入らない。
くたくただった。
プールの端で上がろうともがくけど、身体が持ち上がらない。
中尉が僕の作業服を掴んで、上げてくれる。
うおっぷ
僕はそのまま、プール横の排水口でげえげえと朝食を吐いた。
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