第34話 訓練 2
「 君の訓練する場所の重要性とその背景に説明した。
ここまでいいかな。
質問があれば答える 」
うーん。
どうしよう。全体像が見えないから質問そのものがね ・・・・
まあ、いいや。
とにかく疑問をぶつけてみよう。
「 あのう、少佐。
『君もこれから秘匿されることになる』という宮様のお言葉なんですが ・・・
お言葉の意味がよくわかりませんでした。
今回のその圃場と呼ばれている場所の訓練はそれなんですね 」
「 その通りだ。
[ 君は秘匿される ]、この言葉は君が関わる仕事は国家機密だという事を
意味する。
あえて仕事という言葉を用いる。
なになに計画などと言うつもりは今後一切ない。
単に仕事としか表現しないからね。
君も私は海軍の○○計画に携わっているという意識は捨ててくれ。
基本的に海軍工廠内の仕事は全て機密と捉えてくれ。
海軍工廠に勤務する技術軍人という立場になる。
軍人としての階級を与えないから、軍人と言う意識、そのものは薄いだろう。
だが、仕事が進むにつれて、君は軍人として自分の仕事に誇りを持つ事になる。
少なくとも私はそう信じる。
全体像が見えるにつれて、なぜ、単に仕事という言葉を用いたか。
それは後々になって、理解できる。
君の事だ。
全体像が判らないから、もやもやしているだろう。
違うか 」
少佐の問いは、僕の心中を見透かす問いだった。
少佐のその問いに、僕は素直に頷いた。
「 残念ながら、現段階で ・・・・
仕事の全体像を君に示す事はできない。
我々は最悪の状況を想定している。
それゆえに、今回のこのような処置を取っている。
その理由は第一に機密保持にある。
第二に関係者の安全を図る。
この二つだ。
今、ここで我々が意図している事の全体像を示すと ・・・・
万が一を考えた時、弊害の方が大きくなってしまう。
つまり機密漏洩は正直、どこで漏れるかは判らない。
厳重な秘匿が行われていたも、万が一はどの時代にもある。
機密が漏洩して君自身の重要性が露見すると、まず君が狙われる。
一番簡単なのが君を殺害する事。仕事が遅れる所の騒ぎではない。
今の段階で君を失う事は致命的だ。
第二に君を拉致誘拐して、仕事の内容をさらに探ろうとするだろう。
当然、君には拷問とか、自白剤投与とか、過激な暴行が加えられる。
また、君を拉致する事で、関係当局の反応を見るだろう。
それで仕事の重要性を吟味する事もできる。
それらによる状況の総合分析による情報の窃盗だ。
第三には君のご両親なんか関係者を拉致誘拐して、君を脅迫する。
なんにしても君は耐えられないだろう。
故に君の秘匿処置になる。
さて ・・・・ 、
我々には情報保全と隠蔽の玄人がいる。
憲兵隊がそれだ。
よって、彼等憲兵隊の潜入捜査の手法を用いて君を秘匿する。
憲兵隊の潜入捜査、つまり、広域犯罪組織に対する捜査手段なんだが、
犯罪組織に潜入するには、我は憲兵なりでは近づくことさえ無理だ。
彼ら潜入捜査員は、 ・・・ 憲兵を棄てて、『自分は何某』だと偽装する。
別の人格に成りすます・自分の持っている属性を全て変える。
状況によっては刺青を入れたりかする。
人相そのモノを変えたりもする、もちろん、整形手術でだ。
君の場合はそこまでしないから安心したまえ。
彼ら潜入員は外見を変えて、しゃべり方、癖や料理の好みなど
生活習慣全て変える。
つまり自己の属性を全て変える。
そして犯罪組織に相応しい属性で近づき潜入する
具体的には、違法薬物の捜査で、売人に近づく麻薬常用者になったりする。
つまり属性を変える技術を身に付けてもらう。
君の属性を変える技術、それを身に付ける場所が『 圃場 』になる。
正直、これを身に付けるのは若い人じゃないと無理な場合が多い。
柔軟な思考ができる人ほど短期間に訓練が終わる。
君の心理傾向から、2ヶ月から6ヶ月もあれば身に付けられる。
君が別の人間になる事で、まず第一に君の関係者の安全が図られる。
君のご両親や君の親戚の事だ。
我々の仕事を邪魔しようとする勢力から守られる。
この事だけでも、属性を変える意味がある、この事の意味が解るよね 」
少佐の話に僕は大きく頷いた。
正直、内容が内容だけに、ちょっと怖い。
これからの僕の生活はどうなるのだろう。
「 心配しなくてもいい。
最悪の状況を考えての処置だ。
現段階では我々が置かれている状況は極めて安定しており、我々も君も安全だ。
だが、我々と君が置かれている状況には危険が潜在する。
それを常に意識してほしい。
そして、守ってもらいたいことがある。
訓練中は外部への連絡は不可になる。
基本的にご両親を始め、君の仕事の件は他言無用だ。
喋ってはいけない。
国家機密になる。
我々は、必要な時に、必要な事しか、君に伝えない。
機密保全のためだ。
モヤモヤするだろうが、そこは理解してほしい。
いいかな、それはひとえに君の安全と我々の安全のためだ。
ここは十二分に理解してくれ。
それと訓練中はもちろん、君のご両親や友人に電話を掛けるのは厳禁になる。
連絡を取りたいときは手紙による。
ただし、いわゆる民法上の私信は不可となる。
全て軍事郵便として扱い、訓練中も訓練後も手紙に関しては検閲の対象となる。
軍事郵便ゆえに内容によっては、塗りつぶしや手紙そのものが不許可となる。
これは新兵訓練と同じ処置だ。
移動予定は四日後を予定している。
それでだ。
本格的に訓練を行う前に前処置が必要となる。
ここまではいいかね 」
少佐はやんわりとした雰囲気で、僕がちゃんと解かっているかと聞いてくる。
僕はしっかりと頷き返す。
「 それでだ。
学寮に残している君の荷物だ。
ここに委任状がある。
学寮空け渡しと荷物移送の委任状になる。
憲兵立会いの下に、君の荷物は纏められて君の実家に送る事になる。
本当ならば、一週間ほどの時間を君に与えて全部の処置を終わってから、
403駐屯地に出頭せよと命令を出すのがスジなのだが、君の安全を最優先に
そして時間短縮を考慮して、関係当局が処置する。
君はこれに署名すればいい。
通帳や現金など貴重品があるだろう。
それがどこにあるか記入したまえ。
それらは、憲兵が立ち会って間違いなく処置される。
この委任状で君は部屋の荷物の処理と明け渡し処理をしなくてもよくなる。
だから安心したまえ 」
あっ、まずい ・・・・ 無茶苦茶まずい ・・・・
それって、こまる。
非常に困る ・・・・ どうしよう。
「 ・・・・・ ううん ・・・・・
諦めたまえ。
これは決定事項だ 」
少佐は僕の様子に苦笑していた。
お前の困っているのはもう解っているという表情だった。
「 君が何に困っているかは、容易に想像がつく。
実家に送られては困るモノがあるとすれば、諦めたまえ。
実家に送られて困るモノがどこにあるか、それも書きたまえ。
憲兵がその場でちゃんと処分する。
君の年齢ならば猥本が多量にあったとしても、当然だろう。
それをどうのこうのと言うつもりは全然ない。
別に送ってもイイならば、そのまま丁寧に梱包して、君の実家に送る。
決めるのは君だ。
もし、送られてマズイならば、
その処分すべき物という部分に書き込みたまえ 」
僕はその少佐の言葉に全面降伏した。
委任状に署名し、そして、貴重品と僕の大事な大事な猥本の場所を書き込んだ。
少佐は満足そうにそれを眺めていた。
「 次は、ご両親への連絡だ。
自筆で手紙を書いてもらう。
参軍募集に応じて、海軍に入営した事を伝えたまえ。
一応11か月終了予定になっていると。
あえて ・・・ そう書きたまえ。
もし、緊急連絡があるならば海軍総隊教育総監部2044係に連絡してほしいと。
電報は許可されている。もちろん緊急連絡の電話も許可されている。
あくまでも生死にかかわるような緊急連絡だけだ。
それ以外は受け付けない。
君の実家だと海軍総隊教育総監部に長距離電話となるだろう。
電話交換手の呼び出し、緊急連絡電話扱いを頼みたまえ。
そして、海軍総隊教育総監部につないで貰う。
教育総監部の電話交換手が出れば教育総監2044係につなげと言えばわかる。
海軍宛名略号は 『海教育き2044』 になる。それを言うだけでもわかる。
私信や慰問品などの送り先になる。
ただし、半年間は教育基礎期間だから、慰問品は受け付けない。
これは陸海共通になっている。
ここに雛形がある。
これを参考に、自筆で今すぐ書き上げたまえ。
これは命令だ。
書きたまえ 」
ああ ・・・・ 仕方ない。
僕は少佐が用意してくれた雛形を参考に両親に手紙を書いた。
両親が常々言っていた徴兵は早めにの言葉通りに参軍応募した事。
予備検査の結果、海軍に入営した事。
11ヶ月で終わる予定と、6ヶ月を過ぎるまで慰問品はダメな事。
何か連絡があれば『海教育き2044』に連絡の事。
しばらくは思うように連絡は取れない事。
そして両親は、もちろん、じーちゃんとばーちゃんに風邪などひかないようにと。
元気だから心配いらない、そんなことを書いた。
その手紙を少佐に渡すと、少佐はさっと目を通していく。
よしと頷くと検閲済許可の判を押していく。
はあ、これが検閲済許可の判か。
実物を見るのは初めてだった。
「 よろしい。
次は宛名書きになる。
これに名前と実家の住所を書きたまえ 」
軍事郵便と大きく表示されている宛名書きだった。
三枚複写になっていて、発・海教育き2044---1-0002と番号が印刷されている。
どうやらこの宛名書きは連番で管理されているみたいだ。
僕のの手紙はこうしてすべて管理される訳か。
軍だからそうなるな、文句言っても仕方ないか。
言われた通りに[ 宛・ ]の欄に住所と父の名前を書き込む。
少佐が複写をそれぞれバラバラにして、一番上を用意していた軍用封筒に貼付ける。そこにまた検閲済許可の判を、トンと押していく。
一番下の複写が僕の控え、真ん中の複写を用意していた軍事郵便の名札がある箱にしまう少佐だった。
次に少佐はよしという表情で僕をじっと見て会話が始まっていく。
「 それと、帝都で暮らす時に、絶対に守ってもらう事がある。
いいか、よく聞いてほしい。
それは
いいかね、これは君の身の安全を守る為だ。
世の中には、この手の
なぜ
第一に暴力事件に巻き込まれない為だ。
君は
君は
往々にしてそれは命のやり取りに発展する。生命に重大な危険が及ぶ、
何としてもそれを回避しなければならん。
いいかね、君は我々にとって貴重な人材なのだ。
海軍当局はそう判断している。
第二に病気をもらわない為だ。
性病の怖さは君も知っているだろう。
まさか、営内で性病の感染なんて馬鹿げた事態を招かないためだ。
いいかね。
もう一度言う。
私娼は買ってはならん。
これは命令だ。
そこには、ある種の危険が常に存在している。
暴力で金品どころか、命まで落とす可能性がある。
もしくは性病という忌まわしい病に罹患する。
そんな危険を冒してまで及ぶ行為ではないという事だ。
その認識をはっきりと持ってくれたまえ。
私娼は安い、だが、危険を避ける為に利用していいけない。
解かったね。
道徳で良い悪いを私は説教するつもりは全くない。
君は軍人だ。
しかも特別な訓練を受ける軍人だ。
だからこそ、現実的な処世術として助言している。
逆に言うと、
つまり、公娼は買っていい。
買うならばここになる。
これを見てくれ」
そう言って少佐は一枚の地図を僕に見せた。帝都市街地図だった。
帝都中央港の近くにある赤線で囲まれた地域を指でトントンと叩きここだと示してくれる。
「 ここが
紅い線で囲まれているから、単に
君も、それなりの性欲はあるだろう。
だから、正式認可を得た娼館を利用したまえ。
未成年者は利用できないが、君は別だ。
海軍当局は君を民法上のみなし成年と扱う。
今日から君は大人だ。
酒も飲めるし、娼館に出入りできる。
一般人が利用し、多くの軍人が利用している。
港の近くにあるのは、外航船の船員と海軍軍人が利用しやすいからだ。
ここは港湾繁華街だ。飲み屋に飯屋、芝居小屋にストリップ小屋、そして、
娼館がある。
船員や軍人が日頃の憂さ晴らしや、単なる娯楽を求めて金を落していく処だ。
金さえ出せば、酒も飲めるし女も抱ける。
軍人として節度を持って行動すれば何の問題も無い。
圃場の訓練が終わると、君には軍務手帳が支給される。
これは私のだが、こんな手帳だ。
これが君の身分証明書になる。
それともう一つ大事な物がある。
これだ。通称青手帳と呼ばれている。
正式名が身体疾病検査証明書になる。
娼館を利用する為には、身分証明書と
出すのが義務付けられている。
正々堂々と出せばいい。
圃場の訓練終了時に君に軍務手帳と
だからしっかりと圃場の訓練をこなしてほしい 」
うおっ。
僕は突然に
アタマの中で ・・・ 娼館 ・・・ の文字がダンスを踊っている。
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