第32話

プロローグ32


ボッシュという音がして目が眩しい。

写真撮影の閃光器が、僕等を一瞬だけ照らしていく。


「 はい、もう一度、光ります 」


閃光器がまた一瞬だけ耀く。強張った笑顔を顔に貼り付けて、僕は直立する。

写真撮影の技官?の人は[ よし、ちゃんと撮れた ]という表情。

今度は少佐に中尉、そして二人の伍長が加わっての写真撮影。

ボッシュ、ボッシュと閃光器が瞬いていく。

合計で7枚ぐらい写真を撮る。それも宮様のすぐお側での写真撮影。

やっぱり緊張するよ。

これって名誉な事だと思う。

でも平民の子の僕が、皇族の方とこんな形で接するなんて ・・・・・・

普通にあり得ないよ ・・・・


今度は少佐と僕だけで記念撮影 ・・・・

また閃光器が眩しい。


でも ・・・・


でも ・・・・ これから先に戦場に出たら ・・・・・


そうだよ、戦場に出る可能性はある。

そして、やっぱり ・・・・

万が一はある。

いや、戦場でなくても ・・・・ 訓練で万が一はある ・・・・


まちがいない ・・・・・ 僕の遺影になる。


おめーね 今から暗くなってどーする

ん あんな 一般の生活でも自動車事故なんかで死ぬぜ

それなのに、何にも始まっていないのにビビるなよ

なさけねー

おんもが暗くてこわいって、ビビっているガキかよ


いつも斜に構えている僕が、普通に怒って僕を睨んでいた。

なさけないか ・・・・ 

そのとおりだな ・・・・


よし やってみるか


そんなことを想っていると、ふと、視線に気づく。

宮様だった。

宮様の視線は、僕の瞳の奥を覗き込むように僕を観ていた。


「 決意は ・・・ 固まったかい 」


宮様には ・・・・ すべて見透かされているようだ。

僕はただ ・・・・ ただ、黙って頷いた。


宮様は僕の頷きに満足された様子だった。

そして、また柔らかい視線で、僕にお言葉を掛けてくださる。


「 よろしい、では記念に祝杯を傾けよう 」


その言葉に少佐がえっという驚きの表情、どうやら、祝杯なんてまったく予定になかったみたい。  

部屋の端に置いてある手押し車に宮様は歩み寄り、それを宮様自ら押して僕たちの所までくると、手押し車に掛けていた大きめの布巾を除かれる。

そこには葡萄酒の瓶と、乳白色の杯が10人分ほど用意されていた。

宮様は慣れた手つきで葡萄酒の瓶の蓋をくいくいと抜かれていく。

どうやら、予め栓を抜いていて乾杯の為に用意されていたようだ。普通なら栓抜きを用いないと簡単に葡萄酒の瓶の栓など抜けない。

少佐があわてて、宮様の代わりに瓶を扱うようにとすると、宮様は優雅にそれを押し留めて、そのまま、僕等に杯を取る様に勧められる。

少佐がすぐ取りなさいと眼で合図。

それに応えて僕は一番手前の杯を取った。

乳白色の可憐な杯だった。

それはそれは、いかにも手作りの高級品ですよという雰囲気の杯だった。

宮様がにこやかに笑いながら、葡萄酒を注いでくれる。

少佐が、中尉が、伍長たちみんなが杯を持ち、宮様がにこやかに注いで廻る。

みんなが恐縮している。

すぐに伍長が一度杯を置き、宮様から葡萄酒を受け取り、宮様がお取りなった杯に葡萄酒を注いでいく。

これで全員に葡萄酒が行き渡る。

にっこりと笑顔で宮様は僕等の顔を見回していく。

そして僕の顔を観ながらお言葉を掛けてくださる。


「  さて、乾杯の主人公は君だ。

  君の入隊を記念しての祝いの杯を挙げよう。

  たぶん、君は軍の祝杯の言葉を知らないだろう。

  軍の祝杯の言葉は伝統的に次の言葉を用いる。

   『 帝国と 我等の為に  乾杯 』というものだ。

  先導する者が『 帝国と 』と最初に言葉を発する。

  乾杯をするその場にいる者が『 我等の為に 』と続いていく。

  そして最後に全員で『 乾杯! 』を唱和する。

  たぶん、君はこれから杯を挙げる場に幾度も立ち会うと思う。

  今日がその最初の日だ。

   では、少佐。

  挙杯の先導を 」


  「 宮様。

    我々に祝杯を用意してくださり、誠にありがとうございます。

    一同、感謝しております。

    では、挙杯の先導を取らさせていただきます 」


  「 帝国と ! 」


 「「 我等の為に ! 」」


「「「 乾杯 !!!  」」」


みんなが僕に飲めと眼で合図している。

僕はそのまま飲み干した。

甘くて渋くて、そして、香りが良い紅い液体が喉を下っていく。

もちろん、酒精がそのまま熱さとなり喉を下っていき、僕の腹に酒精の熱さが固まっていく。

喉を下る熱さは初めての経験。たぶん、酒精の度数は高いと思う。

舌に渋みと旨味が残っていた。


みんなが僕をみていた。

どうやら、 ・・・

これで、 ・・・


本当に

僕は軍に入ったらしい。


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