第26話

プロローグ 26


車の中は爆笑だった。

そのなんとも愉快な雰囲気・中尉や伍長の笑顔は僕をバカにしたものではなく、単に僕の言葉に笑ったものに過ぎなかった。それが僕にも判ったから、僕も釣られて大笑いになる。

久しぶりの大笑いだった。

何年ぶりだろう、こんなバカ笑いは。

なんか ・・・・

どういっていいのかな。  ・・・・・・  


そのバカ笑いで ・・・・・・ 僕のこころに ・・・・・


何かつっかえていたモノが ・・・・・・ 吹き飛んでいったと思う。


ある種の晴々としたモノとでもいっていいと思う。それが僕のこころに残っていた。



そんな和やかなの一時ひとときを持ちつつ、それが良いのか、悪いのか、よく判らないままに慰霊碑へと車は進んでいく。


 しばらくして、軍務省が見えてきた。昨日は気が付かなかったけど[ 軍務省殉職者慰霊碑はこちら ]の看板が見えて、その指し示す方向へと車は進んでいく。

そのまま軍務省の裏手にと車は回って進んでいく。軍務省は大きい、だから、裏手だけど昨日はとは別のブロックにに進んでいく。

 その道路一つ隔てたところまで進んでいくと、そこに殉職者慰霊碑の看板ネームプレートが出ていた。


 車内から見ると、そこはちょっとした公園の雰囲気がただよっていた。


入口から進み駐車場へ、そこはそんなに広くない。15台程度の車が止められるスペースしかない駐車場へと進んでいき、車は止まる。その駐車場には先に一台乗用車が停車していた。


「着いたぞ、降りようか」

中尉の言葉に促されて僕は車から降りた。

中尉の後に続く。


 ゲートをくぐって軍務省殉職者慰霊碑そこに入る。

公園のようであり、厳かな霊園みたいな雰囲気がただよっている。

なんとなく、憲兵さん達みんなの姿勢というか、それがキリリとするのが判る。

厳かな雰囲気 ・・・・・

何と言うだろう、厳しさとは違う。

でも、ここの、 ・・・・・  その ・・・・ 雰囲気は ・・・・

 僕を ・・・・  僕をシャキとさせていく。

中尉が案内してくれた処、慰霊碑管理棟の看板ネームプレートが出ていた。

そこに献花受付の表示があり、ドアが開いて固定されていた。中尉はスタスタとその入り口に入っていく。僕もあとにつづく。


 その入り口に入ると、「おはよう」と声が掛かる。

僕も反射的に「おはようございます」と返答して、声を掛けてくれた主を探した。

昨日のあの店主だった。

僕が[あれっ、どうしてここに]という顔をしていると中尉が僕に説明してくれる。

「改めて紹介しよう。

 仕立て屋テーラーマセンラ の親父こと アルミン・マセンラさんだ。

 実は俺の叔父になる。彼の息子、つまり、俺の従兄弟がここで慰霊されている。

 同じ憲兵で同期だった。

 君が服を買った時に慰霊の事を話をしただろ。

 それで、後から電話が掛かってきて、いろいろと話した。

 それでね、君が献花するならば一緒に花を奉げてたいとね。

 俺も今回慰霊の花を奉げようと思う。

 一緒にいいだろ」

もちろん、僕には断る理由なんてない、頷いて同意した。なんか不思議な縁を感じる。

「よろしくお願いします」

僕はそう言って、頭を下げた。

中尉の同期の人が慰霊されている、しかも、従兄弟か。

それだけで背筋がしゃんとする。

 中尉に促されて受け付けで慰霊の花環をお願いしますと声を掛けた。

受付には国境警備隊の制服を身に纏った年配の兵士がどっかと座っていて、僕を見ていた。階級章は軍曹、敵意は無いけど鋭い眼つきで僕を見ている。

中尉が五軍持ち回りで担当していると言っていたから、今年は国境警備隊が軍務省殉職者慰霊碑ここを担当しているみたいだ。

 その軍曹は僕の父親ぐらいの年配の人だった。父と同じぐらいの年齢で軍曹の階級。

だから、たぶん ・・・・ 、たぶん、叩き上げの軍曹だと思う。

 胸には略綬リボンがいっぱい付いていて、落下傘と棍棒をかたどった徽章バッチ、そして、握り拳をかたどった徽章バッチが誇らしげに輝いていた。

落下傘はそのまま落下傘降下兵空中挺進の資格と思う。もう一つの握り拳をかたどった徽章バッチの意味するのはよく判らないけど多分簡単には取れないような資格なんだろうな。

僕がおずおずと「献花をお願いしたいのですが」と申し込むと、その軍曹は僕の顔をしっかりと見つつ「どの花にされますか」と声を掛けてくる。

その声と共に料金表を僕に解かるように差し出して見せてくれる。

昨日、中尉が言っていたように、そこに記載されている献花の価格は高いモノになっていた。

一番安いのが小花束、価格が1万ディール、次に中花束となっていて、それが2万ディール、その次の大花束が3万ディールになっている。最後に花環となっていた。

中尉が言っていたように花環が一番高くて5万ディールの価格が示されていた。

「あの、いちばん良い花環でお願いします」と、軍曹が見せてくれている料金表の一番高い花環を指し示しながら、僕はそう答えた。恥ずかしいけど、その時はどういう訳か声がうわずっていた。どうもしらずしらずに僕はものすごく緊張していたようだ。

軍曹は「おっ、それにするのか」という表情を一瞬だけ浮かべ、そしてすぐに表情を隠してしまう。一番安い1万ディールの花束だろうと思っていたみたいだね。

まあ、未成年の僕がそんな大金を出すわけないと思うのが普通。

でも、やっぱり、なんだろうな。殉職された方々に誠意をみせたい。

そう思う。金額の問題じゃないけどね。

そんなことを思っていたら、中尉がマセンラさんに向かって「なっ、話した通りだろ。やっぱり花環だぜ」と話している。

ちょっとだけ、えって思う。

中尉は僕の顔を見ながら「いや、なに。君がたぶんね、一番高い花環にするとおもったからな」

そう言いつつ、中尉の次の言葉に僕は面食らう事になる。

「同じ花環をあと二基、合同で合計三基の用意を」

「三基ですか。皆様方は憲兵隊関連の団体でしょうか」

その軍曹の問いにマセンラさんが答える。

「私の息子が憲兵隊に所属しておりました。

 ここで慰霊されています。

 今回、彼が花を奉げたいという事だったので、では一緒にと本日集まりました。

 ごく普通にプライベートな集まりです」

「花環が三基ですと、簡略的な形式ではありますが慰霊献花式となります。

 それを執り行うことでよろしいでしょうか」

「はい、是非ともお願いします」

中尉がそう答えている。

ええっ、慰霊献花式を執り行うのか。僕がびっくりしていると中尉が心配するなとばかりにニコッと笑って頷いている。

それで中尉は憲兵隊の儀礼服を着用してきた訳か。妙に合点してしまう。

そんな僕に軍曹は一枚の用紙を出して「ここに記名を願います。団体での申し込みならば団体名称を、個人ならばこの欄に記名を」と説明してくれる。

中尉が僕に、先に記名しろと眼で合図を、・・・・ 

 仕方ないや、僕はその場ですぐに名前を書き込む。

マセンラさんが僕のあとを受けて名前を書き込み、最後に中尉が名前を書き込んでいく。


「では、合計15万ディールとなります」

僕は用意していた5万ディールが入った封筒をそのまま差し出し、中尉とマセンラさんが残りの金額を差し出していく。花環三つで15万ディール、大金だよね。


軍曹が金額を確認し終わると「用意に少しお時間をいただきます。

 しばしの間、控室の方でお待ち願います。

 ご案内します。

 どうぞ、こちらです」と説明がある。

その年配の軍曹が席を立ち、隣の控室へと案内してくれる。

中には8人ほど座れる円卓があり、僕たちは軍曹に促されてそれぞれ思い思いに席についていく。

「しばらくの間、準備のお時間をいただきます。

 整うまでお茶と茶菓子でもお召し上がりください」

軍曹と入れ替わりに若い兵士が二人入ってくる。

 お茶のサービスだった。

テーブルに座っている僕の席に素早く皿とカップと茶菓子が置かれていく。そのカップにお茶が注がれていく。やっぱり軍隊だなと思うぐらいその動作がキビキビとしたものになっている。

目の前にはお茶と茶菓子がある。

このまま、茶菓子を食べていいモノなのかな。

少しためらうよ。

中尉やほかのみんなを見る。

中尉が僕の視線に気づいたみたい。食っていいぞばかりにウンと頷き返してくれる。

あのマセンラさんが、僕と中尉との無言のやり取りにニヤッと笑って「さすがにイチバン高い花環なら、お茶のサービスが付くんだね」と茶菓子を食べ始めていく。

「うまいね、これイケるよ」

マセンラさんのその言葉に僕も茶菓子を口にしてみる。

ソンファの香りだった。それが口の中に広がっていく。

 *** 作者注意 作中世界の果物 柑橘系の香り ***

色が黄色のかわいらしい茶菓子、多分、ソンファの花を練り込んでいると思う。

甘みと旨味とのバランスがいい。

普通に旨いや。この茶菓子は高いだろうな。

僕みたいな青二才の若造が日頃口に入れる事なんてないできないと思う。そんな上品な甘さと旨さだった。

お茶も旨い、香りが華やかであと味がすごくいい。まあ、403駐屯地で大佐に淹れていただいたお茶に比べると比較にならないけど、このお茶も庶民が普段口にする事なんて無い高級なお茶だと思う。

花環一つに5万ディールもするのだから、それ相応の物をという処かな。

お茶と茶菓子と一通り味わい終わるとあの軍曹さんがやってくる。

僕たちの顔を一通り見て回ると献花についての説明をしてくれる。

「準備が整いました。

 式次第でありますが、

 1、献花儀仗隊 整列

 2、献花儀仗隊 慰霊碑へと儀仗参進

   この時、儀仗員のあとに続いて皆様も参進行進となります。

 3、儀仗喇叭

   慰霊碑の前で、喇叭手の儀仗喇叭を吹奏。

   これを合図に慰霊碑正面に対して、横に整列いたします。

 4、慰霊喇叭

  慰霊喇叭を合図として、担当員が花環を保持し誘導させていただきます。

   この時、花環に手を携わって、そのままお進みください。

 5、献花・黙祷

   担当員が花環を置きます、そこの位置での献花、黙祷となります。

 6、儀仗隊整列の後、帰隊行進終了となります。

   この時、花環から模造花ではありますが、それを一輪お取りください。

   それを関係されている方々の記銘碑へ捧げていただくのが習わしとなります。

献花参列の順番は年齢の重ねられた方からとなっております。

以上、なにかご質問はおありでしょうか」


軍曹は特に僕に向かって、質問があれば言えよという顔をしている。

質問は無いけど、慰霊献花式なんてモノに僕は参加なんかした事がない。

実際にどうすればいいのか、皆目わからない。

どうやら、その不安感が僕の表情になっていたみたいだった。

中尉が、それはそれは優しい笑顔で僕に声を掛けてくれた。

「心配はいらない、順番はマセンラさん、俺、そのあとが君だ。

 そして伍長たちが続く。俺のやり方をマネをすればいい。

 ただな。行進だから、足並みをそろえてくれ。

 何も難しくはない。献花の時は担当の人が小声で声を掛けてくれる。

 言われた通りにすればいいだけだから」

ありがたい。ちゃんと説明してくれる。

でも ・・・・・ でも ・・・・・恥ずかしくなる。

おさない子供に諭すように優しく優しく語りかけてくれる中尉。

うむ、仕方ないや。

僕は恥ずかしいままに頷いた。

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