第22話
プロローグ22
中佐が車に乗り込む。僕も続いて乗り込む。
ゆっくりと車が動いていく。
ブライトスークか ・・・・・
オールドスークと共に有名な市場だ。
いろんな伝説めいた逸話が残されている。
実際には、どんなところだろう。
まっ、行ってみればわかるよな。
でも ・・・・・
でも、それよりも慰霊碑だ。
ものすごく慰霊碑の事が気になる。
思い切って、隣の中尉に声を掛けてみる。
「あのう、慰霊碑の事なんですが、
そこは、真夜中でも行けるのですね。
だったら ・・・・・
だったら、明日、軍務省へ行く前に、
先に ・・・・・
先に、
そこで献花してから
僕がそう言うと、中尉の表情がものすごく柔らかいモノに変化する。
中尉には申し訳ないが、中尉ってこんなやさしい顔ができるんだと言う変化だった。
そんなやさしい顔で僕に語りかけてくる。
「オレたちは君を24時間警護するのが役目だ。
君は行きたい所へ行ける。
だから、朝、行きたいのなら付き合うぜ、何の問題もない。
献花か ・・・・・
どんな献花にする?
ピンキリだぜ。
いつでも献花できるように
実はちょっと高い。いや、ちょっとじゃないな。
けっこうな値がする。
でもな。
それには理由があってだな。
実は、売上の半分は遺族会へ廻されて、遺族の子弟の学資としてプールされている。
たしか ・・・・・・
確か ・・・・ 最低1万ディールで、それがいちばん安い。
いちばん高いのが5万ディールだったと思う。
当然、そんな高いモノは無理っていうのがほとんどだ。
だから、普通は花を持ち込んで献花する。
そうだな。
3000から5000ディールの花束で充分だろ。
そして、遺族会に心付け程度の額を寄付すればいい。
ちなみに、一番高い
まあ、使いまわしの造花だけどな。
そこはだな、気持ちの問題だ。
生だとな、すぐに萎れるし、持帰りも無理だし、最後はごみになる。
だからこその、造花になる。
まあ、造花だからな。
何時でも献花したいと申し出があればすぐに用意してくれる。
その料金の半分は遺族会に行き、残りは慰霊碑全体の維持の為に使用される。
だから、それなりの給料をもらっている連中は、造花でよしとして献花するわけだよ 」
なるほど、価格が高いのには、そんな理由があるのか。
なかなか、1万ディールなんてものの金額を用意する人は少ないと思う。
献花も人ぞれぞれの事情があるもんな。
それぞれの経済事情に応じて献花すればいいよね。
幸いに、僕には、突然に手に入ったお金がある、考査協力金の10万ディール。
だから、白い花環を用意できる。
訓練での事故か ・・・・・
遺族会 ・・・・・
学資 ・・・・・
なんだか、胸が詰まる ・・・・・
中尉の言う通り、造花でいいね。
「わかりました。
僕でできる限りのことをしてみます」
僕の返答に中尉は満足したみたいだった。
そのまま、車は南北街道を走り始めていた。ただ違うは朝とは逆の方向へと走っていた。
ブライトスークの看板が見えてきて、矢印への方向へと、そのまま、車は速度を落として街中へ入っていく。
しばらく進むと、そこがブライトスークだった。
オールドスークと同じように、車両通行止めになっていて、車は手前の駐車場へと入っていく。
車から降りて、ブライトスークへ向かう。
オールドスークよりも、なんだろう。華やかな雰囲気になっている。
「服はどんな服にするんだ、予算は?」
中尉の質問にちょっと考える。
そうだな、特に何も考えていない。
明日、慰霊碑へ行くのなら、それなりの服になるよな。
だったらスーツにした方が無難だよな。
「はい、スーツ、ほしいですね。
そんなに高いモノではなく、吊るしのスーツでいいと思ってます。
4万ディールぐらいの物でいいかなと思っています」
「4万ディールか、まあ、普通のスーツになる。
まず、スーツから買うか、行きつけの店があるから行ってみるか」
「はい、お願いします」
そうやって、中尉が案内してくれた店は、老舗だった。
入り口のドアがどっしりとしていて、たぶん、
プンとあの新品の生地の良い匂いがする。
オーダーメイドの服も、吊るしの既製服も売っている店だった。
「おやじ、吊るしでいいから、この子に合う服をたのむ」
中尉の声に対して、年配の店主が振り返り、こにこしながら挨拶している。
人の良さそうな店主だった。
にこにこと愛想笑いで僕を迎えてくれる。愛想笑いだけど、それは好感の持てる愛想笑いだった。
長年の商売で培ったものなんだろうな。
「いらっしゃいませ、どんな服をお好みかな。デートなんかの遊び着かな?
あなたの年齢なら少し派手なモノの方がいいかな」
それとなく、僕の好みなんかを聞いてくる。
何が欲しいのか、ちゃんと説明した方が話が進むよね。
「あのう・・・・、
明日の朝、・・・ 軍の殉職者慰霊碑に献花しにいきます。
その為にちゃんとした服を欲しくてここに来ました。
ですから、派手なモノではなく、地味なモノをお願います。
上下合わせて、予算はだいたい4万ディールぐらいでお願いしたいのです・・・・」
僕がそう言うと、店主は「 ・・ ほう ・・ 」という顔をして、真顔でじっと僕の顔を見詰てくる。
そして、ゆっくりと視線を中尉に移していく。
店主から視線を向けられると、中尉は少しだけ口角を上げていく。
その中尉の視線と・・・というか、その表情は・・・・
なんて言ったらいいのだろう。
柔和な笑顔 ・・・ じゃない ・・・ それの一歩手前の表情だった。
中尉と店主の ・・・・ ふたりの視線から、僕には解からない ・・・・
何かが ・・・ あるみたいだった。
「 ・・・・ なるほど、じゃ ・・・ こちらに ・・・・ 」
そんな微妙な表情で、店主が礼服が展示されている一画に案内してくれる。
「うしろを向いてくれるかな」
言われるままに、後ろを向くと肩幅をチェックされる。
後ろから僕の体形を確認すると、すぐにいくつも吊るしている礼服の中から一つを取り出してくる。
ダブルの礼服だった。
ハンガーから外されたその礼服を着込む。
ピッタリのサイズだった。
さすがだよな、僕びったしのサイズを出してくれている。
中尉の表情がまるで僕の親戚みたいに「よしっ、いいぞ」という顔になっていた。
店主の表情も『 よし、ぴったりだ 』というモノになっていた。
「あのね、あと1万ディール何とかならないかね。
合計5万ディールならね、靴とシャツをセットで付けてあげるよ。
まあね、中尉の知り合いだからね、オマケしてあげるよ」
ありがたかった。
僕は素直に「それでお願いします」と返事する。
セットで購入で靴とシャツに礼服か、それで5万ディールならやっぱり安い。
靴の寸法を確認して、僕にあった靴が用意されていく。礼服用のオーソドックスな黒の短靴だった。
礼服の上下、そして、礼服に合う黒の短靴にシャツを格安で手に入れる事ができた。
すぐにズボンの裾を合わせてもらう。
「今からすぐに裾の処理はするからね、それで明日の朝って聞いたけど、何時に慰霊碑に行くのかい?」
「中尉、明日は9時に軍務省ですよね、だから、8時ぐらいですか」
僕が中尉に確認を取ると、うむとばかりに中尉は頷いている。
「明日の朝、8時だね」
店主、がそう呟くと判ったという表情になる。
お客が僕以外いないという事もあって、すぐミシンを走らせてくれた。
ものの10分ぐらいだろうか、ズボンの裾の処理はあっという間だった。
結局、僕はそこでセットで安く販売してくれた礼服と普段着用のシャツとズボンを二着別に買いこんだ。
店主の柔和な笑顔で安く売ってくれたからか、財布の紐が緩んだ感じかな。
何年ぶりだろう、いや、何年じゃないや。礼服なんて初めて購入する。
購入した服を預けて置き、僕は中尉に連れられてブライトスークを見て回る事になる。
******* ******* ******* ******* ******* *******
オールドスークと同じようにブライトスークは有名な市場だった。ブライトスーク、ここもかなり古い
ここはオールドスークに比べて道の幅が広い。それに採光に気を配っていてオールドスークよりも明るい
ブライトスークが正式に市場と整備されるのはオールドスークから遅れてほぼ100年程後になる。
歴史的には帝国が外征で手に入れた貴金属を ・・・・ つまり、大昔の外征だから異教徒の人々の金銀財宝をそれこそ問答無用で分捕ってきたモノ・戦利品を売買する為に自然にできた市場がその大元になっている。
昔は血生臭い金製品が大いに取引されて、それが帝国の経済そのものに活力を与えていた。
それは現に今でも続いていて、ブライトスークには帝国公設の金市場があり、そこで取り扱われる金価格がそのまま帝国内での金価格の基準となっている。
お昼正午の金公設市場の金価格が、そのまま帝国公認の金価格なる。
そんな歴史のある通りを、多くの観光客が目をランランとさせて歩いてている。
その視線は貴金属を扱う店なんだけど、観光客目当てだからそんなに高いアクセサリーは置いていない。本当に金そのものを扱う店は警備員が入口に立っていた。
手ごろな価格で手に入る金のアクセサリーはイヤリングの類になる。金と紅い珊瑚や碧玉なんかで作られたモノが多い、モノがモノだけに一目でこれっていいよねというモノはやっぱり高い。
そうやって、観光客と同じように貴金属店のガラス越しに金や銀のアクセサリーリングなんかを見ていると、母に安物でもいいからなんか買ってあげようかという気になってくる。
不思議な感覚、今までそんなことは思った事も無いのに。
母は喜ぶかな。
ブライトスーク独特の雰囲気にどっぷりと浸かっている僕だった。
仮に買ってもすぐに母に手渡すなんて出来るはずもない。
何時でも買える、なにも今買う必要も無い ・・・・・
そんな声が僕の頭の中で聞こえる ・・・ あの斜に構えているあの僕だった。
だよな、僕はそう返事をして、視線を通りに戻した。
ふと、中尉が僕を見ていた。まるで僕の頭の中の考えを見られているというか、僕の考えていた事が中尉には手に取るように解かっているみたいな感じ。
「なんか気に入ったものがあったかい」
「ええ、でも、なんだか買うのがこっぱ恥ずかしいというか、そんな感じがして止めます。
明日は宣誓の儀だし、気を引き締めた方がいいって ・・・・ 」
「そうか、たしかに明日は宣誓の儀だしな。
でも、あんまり固く考えなくてもいいぞ。たぶん、訓練に入ると厳しい環境になるからな。
のんびりできる時はのんびりした方がいい」
中尉のその言葉に、そんなものかなと思う。
僕たちが一通り見物し終わると、もうお昼だった。
「昼飯はどうする。ここで食ってもいいけど、観光客相手だから少々高い。
味はソコソコだ。だから、無理に高い昼飯を食う事も無い。
ゲストハウスの食堂の方が旨いと思う。しかも、無料だ。
どうする」
そんなふうに聞かれたらね、もう帰るしかないよな。
「そうですね、じゃ帰りますか」
結局、僕たちは預けていた礼服を取りに戻り、そのままゲストハウスへと戻った。
部屋のソファに座り、ぼんやりしていると明日の宣誓の儀の事が気になる。
気になっても、どうのこうのとなる訳じゃない。
そう自分に言い聞かせて、いつもよりも早く寝る事に決めた。
そう。その方がいい。
アタマの中で、あのもう一人の自分が呟いていた。
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