第21話

プロローグ21



大金の入った封筒を持ったまま、僕は憲兵さんたちと共に軍務省を出た。

そのまま、また憲兵さんに囲まれて乗車、海軍ゲストハウスに戻る。

ゲストハウスまでの車の中、車窓の景色はなんだか眼に入らなかった。


海軍工廠 ・・・・・


その言葉が、僕の頭の中で、 ・・・ 何回も ・・・ 何回も ・・・ 

表われては消えていく。

僕はその言葉を噛み締めて咀嚼しようと思うけど、まるでゴムの様に硬く噛み切れなかった。

そんな想いを、部屋の中でぽつんと考えるけど、ふむ、考えがまとまらない。

どうしようもないな。

軍人になるつもりは無かった。

まさか、こんな形で徴兵を受けるなんて ・・・・・・


なら ・・・・・

ならば、このまま、この流れに身をゆだねるしかないか。

志願は自分で決めたこと。

僕は4才の僕に約束した、じーちゃんばーちゃんを護り、故郷を護るってね。


だから ・・・・・ 

最善を尽くすよ、じーちゃん、ばーちゃん。

あのトンネルで思い出したばーちゃんの声 ・・・・・


・・・・・ ばーちゃん ・・・・・


ばーちゃんの声か、昔の事を懐かしんでいても仕方ない。

少佐が言っていたように身の回りの物をそろえようか。

あの隣とつながっているドアをトントンと叩く。

何だとばかり、あの偉いさんの憲兵さん、中尉が顔を出してくれる。


「あのう、身の回りの物をそろえたいので、どっか良いお店無いですか」

「じゃ、行くかい。ブライトスークでのんびり買い物でも。

 ここから、車で10分ぐらいだ。私服と身の回りの物、適当に購入したらいい。

 昼飯は観光がてらブライトスークで食えばいい。

 けっこう、安くて旨い飯屋がある。

 それと下着類とかは、軍務省の地下1階に売店がある。

 明日、そこで軍人用に割引価格で買えるから、そっちを利用した方がいい。

 明日は認識票と身分証の支給があると思う。それを売店に見せれば割引で購入できるから」


僕に向ける表情が、今までとは違うものになっていた。中尉の態度が変わっている。

なんだろう、僕が志願しますと言ってから、ものすごく柔らかな感じに対応してくれている。

なんで?

よくわからん。

大佐の時もそうだった。

僕の検査が終わってから、ものすごく優遇してくれていた。


そして、大佐の目論見通りに ・・・・・ 僕は軍人になろうとしている。


だけど、目の前の中尉からは、変な表現だけど下心みたいなモノは感じられない。


 飛行機から降りて、最初に感じた憲兵さんの厳しい雰囲気、そう言っていいと思う。

それが無いと言うか、僕に対して柔らかい対応になっている、そんな感じがする。

なんとなく、仲間のような扱いというか、雰囲気というか、そんなモノを中尉から感じられる。

でも正直、ふしぎだよな。

憲兵って一般人はもちろんの事、軍人を取り締まる側だから、僕みたいにな青二才にそんな感じで接してもらえる訳ないのが普通だよな。

何をどう考えても、中尉の変化は僕には解かる訳がない。

だけどね、それって僕にとってはものすごく楽な方向なのは間違い。

だから、それに甘えたら方がいいよな。


「 行くならば私服に着替えたらどうだ。

 いつも陸軍の恰好はさすがにしんどいだろう。

 こっちも着替えるから10分後に出るか。

 それと大金を持って歩くの不味いだろ。

 ゲストハウスの受付で貴重品を預かってくれる、預けた方が無難だぞ 」


中尉がアドバイスしてくれる。

僕はありがとうございます、仰る通りにしますと礼を言って着替える事にした。

久しぶりに私服に着替える。

私服に着替えるとなんとなく大学生に戻った気がする。


大学か ・・・・・

なんだか遥か昔のような気がする。

学寮の食堂に、第三大学がっこうの周りの街並みや、その界隈の朝の喧騒 ・・・・・

ついこの間まで、僕は大学生だった。

・・・・・ 遠い ・・・・・ 遠い過ぎた日々のような気がする。


今は何だろう。

軍事にかかわる軍務省の職員か。

海軍工廠の所属の工員?

よくわからんよな ・・・・・


モノ想いに耽っていてもね ・・・・・

現実を受け入れるしかない


あの薄ら笑いを浮かべていたもう一人の僕が囁いている。

うっせーよ。

わかっているよ。


トントンとドアをノックする音。

ドアを開けると中尉さんら3人が私服で立っている。


「よう。 いくぞ」


中尉が笑顔で僕に語りかけてくる。

僕も笑顔でお願いしますと返す。

そのまま、一階へ。

ゲストハウスの受付で中尉のアドバイス通りに現金50万ディールを預ける。貴重品袋を手渡されて、中に現金が入った封筒を入れてから、しっかりと封印をしていく。

 十字にテープを張り付けて、そこにサインして終わり。

あの着替えで施した十字にテープを掛けるやり方だよ。

手元の財布には10万ディールが入っている。

まあ、財布を落とすなんて事はないと思う。


ちょっとマシな服を買おうか。


あの高級車がゲストハウスの玄関に停車していた。

若い憲兵さんが運転席に、中尉が乗り込み、僕もその後に続いて乗り込む。

僕なんかが使えるような車じゃない。政府官僚や帝国議員が使うような代物の車だと思う。

ものすごく気になる。


「中尉、あのう、僕の買い物になんかに、こんな高級車で出かけるのはマズくないですか。

 正直、なんか心苦しいです。僕はバスでもいいです」

「おう、いい心がけだな。

 だがな、心配するな。

 私服警備になると、それなりの車になる。

 明日までだな、この車も。

 だから、気にせず乗ればいい。

 それと、宣誓の儀が終われば、たぶん、そのまま二日ほど休暇になる。

 どこか帝都見物するかい。

 それに合わして、車の手配をするぞ。

 一回り観光コースをまわってもいいぞ、案内してやるよ」


帝都観光か、すぐにも色々と見て回りたいな。

軍務省から一番近い名所はどこなんだろうか、そこから順番に見て回るのが早いよな。


「あのう、中尉さん、軍務省から一番近い観光名所はどこになりますか」

「まあ、軍務省そのものが観光の対象だけどな。

 玄関の衛兵交代かな、近衛連隊のハレの場だな。

 毎日、あれを見る為に観光客がくる。

 宮城の衛兵交代は一部の観光客しか公開されていない。

 申し込みして抽選でしか、衛兵交代は見る事ができん。

 近くの有名所と言えば「 無名戦士の墓 」がある。

 さらに近くと言えば、軍務省のとなりのブロックに殉職者慰霊碑がある。

 訓練における事故や演習場へ移動する時にもらい事故で亡くなった兵や、

 艦隊演習の最中で突然に脳梗塞で病死した士官とか ・・・・

  そんな形で殉職した士官兵士を慰霊している。

 観光と言ったら不謹慎になるな。

 あそこは墓所と同じ扱いになっている。

 墓とは違う、ただの碑といえばただの碑なんだが、 ・・・・・


 そこには大きな碑と殉職した武官・兵士・軍属の名が刻まれている碑が、

 整然と並んでいる。


 軍関係者が ・・・・ それぞれの想いを寄せる場所になっている。

   

 だから、関係者と遺族にとっては聖域になっている。

 君はこれから、軍と真正面に関わるから、行ってみるか。

 あの雰囲気を ・・・・ 最初から知っている方がいい 」


意味深な言葉だった。


『 無名戦士の墓 』は知っているけど、殉職者慰霊碑なんてモノが、

軍務省のすぐ近くにあるなんて、僕は知らなかった。


中尉は ・・・・・ そこで ・・・・・ 何を感じろと言っているのだろう。


あの雰囲気をって ???

それを最初から知っている方がいいって ???

どんな雰囲気何だろう。


「あのう、そこは何時いついけるのですか」

「何時でも行けるよ。

 真夜中の3時でも、朝の6時でも、いつでも行ける場所になっている。

 そこは、陸・海・憲兵・沿岸警備・国境警備・五軍で持ち回りで警備している。

 24時間、常にね。

 雨でも風でも、嵐でも、いつもいつも警備している。

 無名兵士の墓と同じ扱いというか、同等の警備している。

 その意味でそこは聖なる場所になっている」


うわっ、重い言葉だった。



でも ・・・・・

逆に ・・・・・

なんとなくだけど、 僕は ・・・・・ 僕はそこへ行かなきゃならない。


そんな気がする。


なんでだろう、なんで僕はそこへ行かなきゃならないんだ。


よくわからない。

でも ・・・・・ そこへ ・・・・・


僕は ・・・・・ そこへ 行くべきだ。


少なくとも、僕はそこで慰霊されている皆さんに挨拶をしなければならない。


訳も解らず、そんな想いがした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る