第20話

プロローグ20




「 もう一度いう。


  我々に協力してほしい 」


真摯な眼差しで少佐は僕を見ている。

 

なんでなんだ。


なんで僕なんだ。


「 なぜ 僕なのですか 」

「 君は適性を持っているからだ 」


 へっ てきせい なんの適性なんだろう。

「 どんな適性なんですか。

  何人も人が参軍募集に応じますよね。

  その中から僕なんですか 」


 少佐は頷いた。

 その顔には【 軍は君を逃がさない 】と書かれていた。


 「 つまり、僕には選択権はないということですね 」

 少佐は僕の視線をまっすぐ受け止めてくれていた。

 でも、表情は何ひとつ変わらなかった。


「  もう一度言う。


   帝国くには君を必要としている。

 

   我々に協力してくれ  」


 真摯な眼差しで少佐は僕を見ている。


 このまま実質徴兵を受け入れるか。

 それとも、拒否するか。


 拒否しても、結局、僕は軍に戻される。

 

 選択権はない。

 これを受け入れるしかないのか。

 国が僕を必要としている。

 僕はそれに応えるべきか。

 少佐が見ていた。


 僕の心の中で、

 何人もの僕が、

 僕を見ていた。


 それぞれが固唾を呑んで、僕がどんな決定をするのか、じっと見ていた。


       --- 帝国くには君を必要としている ---


 その言葉が僕のアタマの中でグルグルと回りだしていく。

 帝国が、軍が、海軍が、僕を必要としている。

 ほんとなんだろうか。

 うそじゃないよね。


 少佐は真摯な顔で僕を観ていた。


 なんとなく、

 なんとなく、言葉が出てくる。


「 少佐殿 ・・・ 僕はそこで何をするのですか 」


「 そこで何をしているかと言うと、ここから先は軍機だ。

  君は軍の機密を護るか。

  答えてほしい。

  海軍の機密 ・・・・ 国家機密の一つだ。


  君は、


  君は、

  軍機を守護するか。

  敢えて、この言葉を使う。

  君はその機密を守護するか。


  これはある意味、

  軍人以前の問題だ。


  君は約束を守る男か。


  人として約束を守ることができるか。


  それは命に係わる約束だ。


  それを護れるか。

  それには帝国の安寧と帝国臣民の命が掛かっている。

  少なくとも、それを護る気概、

  つまり ・・・ 君の両親、

          君の兄弟、 

  君の友人や君の故郷を護る気持ちだ。


  その気概を持っているか。


  それが軍機を護るということになる。


  軍隊に入隊するという事は、そういう事なんだ。


  軍事の秘密が漏れる事は多くの軍人と臣民の生命が脅かされる。

  それを、まず理解してほしい 」


 「 少佐殿 ・・・・・・・

   結局  ・・・・・・・

   僕に選択権はないのですね 」


 少佐は黙したままだった。ただ、真摯な顔で僕を見ていた。


 僕の心の中で、

 何人もの僕が、

 僕を見ていた


 ここに誓えるか

 僕の帝国くにを護る事を


あの4才の僕が、怖々と僕を見ていた。


お兄ちゃん 僕たちやじーちゃんばーちゃんを護ってくれるよね


そして、囁くように語りかけてくる。


僕の中で ・・・・

なにか  ・・・・ ガチャンという音して、スイッチが入る気がした。


うん、だいじょうぶだよ

君やじーちゃんばーちゃんを護るからね

心配いらないからね


僕は4才の僕に約束する、じーちゃんばーちゃんを護るってね。


自然と ・・・・・

自然と、言の葉が僕の口から流れて出ていく。

「 はい わかりました。

  軍機を護る事を誓います 」


不思議と何の気負いもなく、約束を護る事をこころの底から決めた。

僕が僕として、その約束は護る。


少佐が眦を決するようにみえて、

少佐の視線がなんだか、僕のこころにヒュンと入って来る気がした。


「 つまり、それは志願する事と同じ意味になる。


  もう一度、言う。

  我々に協力してほしい。

  志願するかい 」


「 はい、志願します 」


「 ありがとう。

  君は我々の仲間だ 」


なんだか、部屋の空気が柔らんだ気がする。

となりで、成り行きを見ていたあの偉いさんの憲兵さんの表情が緩んだ。


「 現段階で君に告げる情報は、多くはない。

  まず、そこで何をするか。 この質問に答えよう。

  君は海軍工廠の開発要員の一人となる。

 

  この情報は軍機だ。

 

  国家軍事機密の一つになる。


  そのことを、

  

  常に、

  

  常に、留意したまえ。


  君は自分が開発要員であることを他者に漏らしていいけない。

  いいかね、

  海軍工廠とは海軍が直営する工場だ。

  兵器の開発と製造、そして、保守と、その他諸々と業務の幅は広い。

  それ故に業務そのものが軍機つまり軍事機密になる。

  君はこれから帝国の軍事に関する機微な情報に携わる事になる。

  我々の業務は帝国軍機保護法によって直接法的措置を受ける。

  このことを理解してほしい。

  ご両親にも喋ってはいけない。

  いいかね、

  社会的には海軍で事務をしています、これで通しなさい。


  これは関係者の生命と帝国の安寧に直接影響する。

  帝国は基本的に自由な社会だ。

  それ故に敵勢力による帝国の情報収集活動も認めている。

  あくまでも合法であればの話だがね。

  当然非合法の活動もある。

  彼等も玄人だ。

  だからしっぽを出さないがね。

  最悪の場合、君のご両親の生命と引換に情報提供を求められる可能性がある。

  君が将来、家庭を持ち自分の可愛い子供の命と引換に君は耐えられるかな 」


しょっぱなから重い内容だった。

僕が思っていた以上の内容だった。

正直とんでもないことを聞かされている。


でも ・・・・・


少佐の言われることを考えると・・・・ ふむ ・・・・ その通りだと思う。

僕が納得したと頷くと少佐は説明を続けていく。


「 いいかね、これからの予定だ。

  君はこれから15か月から24か月の間、

  ここ、帝都にある海軍工廠の要員として働いてもらう。

  期間については、まだ完全に決まっている訳じゃない。

  おおよその予定になる。

  状況によっては、最長2年から3年になる可能性がある。

  つまり、11か月ではない。

  参軍募集は、教育召集の一種だ。

  臣民軍事教練のため補充兵として召集、そして教練する。

  まったくのずぶの素人を軍人としてのイロハを教育する。

  ほとんど陸軍に入隊することになる。

  そして兵隊とはどんなものかを教育される。

  だが、君は海軍特務士官養成課程に志願している。

  単なる参軍募集ではなくなっている。

  まあ、怒るな。現状書類上そうなっている。

  陸軍駐屯地司令特別推薦枠でだ。

  予定だが1年から2年後、遅れればもしかしたら3年後になるかもしれない。

  新しい特務士官課程が始まる。

  その一期生として君は予定されている。

  それまでは海軍工廠第三部要員として働くことになる。

  本日付で、海軍は君を特別招集し、海軍工廠にて正式に登用する。

  勤務先は海軍工廠、そこには我々の仲間と一緒に働いてもらい、ある程度訓練が進むと海軍  大学校特別施設へ移動する。そこで海軍大学校の学生とともに訓練に励むことになる。

  階級はない。 敢えて階級は与えない。

  理由は、さっきも言ったように、海軍工廠内のとある計画に従事しもらう。

  君はその計画要員の一員となる。

  それ故に、階級を与えない方がより自由に君の能力を伸ばす訓練課程を組める。 

  そして、海軍大学校に新しい特務士官課程が設けられる予定だ。

  さっきも言った通り、君はその一期生となる予定だ。

  その特務士官課程を経ることで、君は正式に任官する事になる。

  准尉で任官の予定だ。

  我々は優秀に人材が必要だった。

  一期生になるにはそれなりの優秀な適性を持つ人材・要員が必要なのだった。

  我々は特定の条件に当てはまる者を探していた。

  その条件に君は、そのまま、すっぽり嵌まっている。

  ゆえに我々に協力してほしい。


  帝国は君を必要としている。


  明日、宣誓の儀を行う。


  今日はこれまでにしよう。

  突然、ここに帝都に連れてこられて、君もたまげただろう。

  二日ほど、休暇を用意する。

  心と体を休めたまえ 」


少佐の言葉は重かった。

ずんと僕にのしかかってくる。

これから、何が始まるのだろか。

正直、少しばかり不安になる。

少佐は僕の様子を伺うように、また、言葉を紡いでいく。


「 それと協力金と、準備金支給がある 」


  陸軍の考査協力金か、

  でも準備金?準備金って何?

  

僕が怪訝な顔をしていると少佐は書類フアイルから封筒を出して僕の目の前に置く。


「 陸軍の説明で聞いていると思うが、考査協力金の支給になる。

  協力金10万ディールが封筒に入っている。

  確認をして受領のサインをしたまえ 」

封筒の中を検める様に促される。

1万ディール札が10枚。間違いなく10枚だった。

10万ディールある。


「 特別召集にかかる経費は支給される。それを受任支度金と言う。

  それを単に準備金と呼んでいる。

  準備金の総額は150万ディールになる。

  その前金として、ここに50万ある。受領のサインをしたまえ。

  当たり前だが、一般新兵は準備金の支給なんてものはない。

  これも君に海軍軍人として、階級を与えない一つの理由になる。

  この金で身の回りの品を準備したまえ。

  何に使ってもいい、飲み食いに使ってかまわない。

  君は、身ひとつでここに来てる。

  それ故に、日常使用するシャツやズボンなんか身の回りの物を購入したまえ。

  まさか、今着ている陸軍の作業服で休日を過ごすのかい。

  私物を購入してもまったく問題ない。

  その為の準備金だからね。

  これから帝都で一人暮らしするのだから、必要なものを購入したまえ 」


眩暈がしそうになる。

こんな大金 ・・・・・・・

良いのかな ・・・・・・・

全部で160万ディール ・・・・・・


 「あのう ・・・ 残金は」

 

 「大丈夫だ、残金は君の生活費だ、そのための準備金なのだから」


少佐が差し出した書類にサインすると、僕の目の前には10万ディールと50万ディールが入った封筒があった。


「それと、君が帝都の生活に慣れるまで、憲兵隊が警護する。

 明日からは、私服警護に切り替えてもらう。

 身近に彼たちがいるから、日常の生活で困る事があれば彼らを頼りたまえ。

 中尉、彼のサポートをよろしく頼む。

 それと今後の君の住居なんだが、何か希望はあるかね。

 公務員の寮は残念ながらいっぱいで空きがない。

 しばらくの間、一か月ぐらいだがゲストハウスで暮らしてもらう。

 民間の集合住宅でかまわないかな。

 当局としては、民間の集合住宅で良い物件を選んで借り上げる予定でいる。

 そこに君が住めるように手配する予定だ。

 それまでの間、新しい住居が決まるまでゲストハウスで待機を頼む」



はぁぁ ・・・・ なんだか不安になる。



こんなに手厚いサポートが受けられるのか。

ものすごく優遇されている。

これってある種の危険手当だね。

しかたないか。

慣れるしかないか。

開発要員での徴兵というか、徴用だよな ・・・・・



 軍人になるつもりはなかった。

 複雑な思いだった。

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