第19話

プロローグ19


 いよいよ面接だった。


 少し緊張してしまう。

 あの海軍将校の人がテーブルの向こう側、僕の真正面に座る。

 強い眼力めぢからでガンと視線がやってくる。


 おっかねーよ。


 やっぱり軍人さんだね。

 でもね。

 目の前の将校さんは、あの大佐や軍曹とは全然違う雰囲気を持っていた。

 細面ほそおもてで、色も白い。

 手も、ものすごく華奢な感じがする。

 正直、軍人さんには見えない。

 あの軍曹や大佐が持っていた、何というのだろうか。

 この人からは「 力 」の匂いがしない。

 だからだろうか。

 軍服、それも海軍の将校服なんだけど、いや、似合ってるとか、似合ってないとか、

 そんなん じゃなくて、どう言っていいのなか。

 見た目はものすごくカッコイイ、うん、それは間違いない。

 でも、違う。


 なんだろう。

 こんな表現をしたらね、どこからかお叱りを受けるだろうけど、

 まなこの色が違う、肌が違う、毛並みが違う、よくわからないけど、何かが違う。

 とにかくその海軍将校さんの本質的なモノというか、この軍人ひとの一番の中心の部分、

 魂と言うべきなんだろうか。


 とにかく、その真ん中の部分は『 軍組織 』とは懸け離れている気がした。

 どういって良いのかな、ものすごく理知的に見える。

 ごめんね、軍人さんが理知的じゃないという意味じゃないよ。

 この海軍将校さん目の前の人だけの話だからね。

 たぶん。

 たぶん、白衣を着たらどっかの大学の教授に思えてしまう。

 そんな雰囲気を持っている軍人ひとだった。


「少々、強引な形でここ、軍務省まで来てもらった。

 厭な想いをさせて申し訳ない。

 あらためて陳謝する。

 そして、今回の参軍申し込みに感謝する。

 君の予備検査の結果は極めて優秀だ。

 医学的検査は全て正常、つまり、身体的判定 合格。

 数学素養試験の結果は満点になっている。Aランク判定。

 予備検査の軍務可否判定は、当然、合格になっている」


 そこで一息ついて、僕の反応をうかがっている感じ。

 

「君の予備検査の結果から、軍当局は君を非常に高く評価している。

 率直に結論から言おう。

 実は、君は海軍特務士官養成課程に志願していることになっている」


 えっ ・・・・・・ 何を言っているかよく理解できない。


 かいぐん とくむ しかん ・・・・・


 なにそれ ・・・・・


「通常なら、陸軍か、海軍か、どちらかに振り分けられて教育部隊で訓練を受ける事になる。

 しかし、君の場合は少し違う形で訓練を受ける事になる。

 通常の教育部隊ではなく、実践的な訓練となる。

 つまり、特務士官候補生として必要な知識と技能を身に付けてもらう」

  

 咄嗟に言葉が出た。

「ちょっと待ってください。

 僕は特務士官なんてモノに志願なんかしていません。

 それなのに勝手に訓練の話をされても困ります」


 すると、手元の書類フアイルから1枚の書類を出してくる。


それには、


 海軍特務士官  ■■■■■■ 課程

     志願申請書


 との題目での文書だった。

そして、文面が、

 私は、陸軍駐屯地司令の推薦を得て、海軍特務士官に志願いたします。

                     帝歴 ■■■■年 ■■■■■■

 とあった。

一番下に、日付だと思う。だけど、黒塗りされている。

そして、僕の署名があった。

全部きっちりと印刷されていて、僕の署名だけが手書きになっていた。

 日付と一部の部分が塗り潰しになっていた。

だから、この書類は原本ではなく複写された物。

でも、

でも、ちゃんと僕の署名がしてある。

僕の署名だ。

間違いない。



そんな馬鹿な。


嘘だ。


嘘だ。


嘘だ。



僕の署名 ・・・・・・


あの時か ・・・・・・


軍曹にここにサインしろと ・・・・・・

通帳を作る時だ。

それしかない。

サインする時に、全部の書類を見たわけじゃない。

言われるままに、サインした。

書類は重ねていて、全然見えなかった。

あの時点で、仕組まれていたのか。


なんてこった。


軍は ・・・・・・


軍はこんな汚い手を使うのか ・・・・・・


「 軍はこんな汚い手を用いるのですか ・・・・・・ 」


僕は最大限の敵意と侮蔑を込めて、海軍将校さんを睨め付けた。


僕の視線を何事も無いように、海軍将校さんの表情は清んだものだった。

そこには困惑とか、不安とか、一切なかった。

僕の反応をちゃんとわかっていると言う表情だった。


「 君の憤りは ・・・・・ よく理解できる。


  少し話を聞いてほしい。

 

  そして、協力してほしい。


  我々はある計画に従事している。

  その計画に要員として赫々云々の適性の者がほしい特別リクルートと軍務省人事局に要求している。

  当然、我々の要求は軍務省人事局から各部署へ通達されていく。

  帝国全土の陸軍・海軍・国境警備隊・沿岸警備隊、憲兵隊と、

  それぞれの拠点へと、

  我々の要求は間違いなく通達される。

  つまり、予備検査を実施する部門だ。

  当然、陸軍403駐屯地へもそれが入っている。

  だからこそ、君は今ここにいる。


  君が予備検査を受けた陸軍403駐屯地司令は君の適性を見抜き、

  そして、

  君が、我々の要求する基準に達しているか、検査し、確認し、


  我々の所に送り込んできた。


  これが我々の立場から見た君だ。


  403駐屯地司令は君を高く評価している。


  申し送りにこうある。


  「はい、海軍でも陸軍でもどちらでもいいです。

   自分の適性に合ったモノと言いますか、方向と言いますか、

   能力を発揮できる方向に進みたいです」

 

   彼の言葉だ 彼の希望を叶えてやってほしい 彼は光るモノを持っている


   わざわざ駐屯地司令が連絡を取り、そして件の事由特別リクルートに該当する者がいるから、

   直ちに移送して海軍にへと手配した方が我が帝国の益になると思われると。


   さらにまだある。


   君は、参軍応募特別推薦になっている。

   これは、「 陸軍駐屯地司令推薦 」の形を取っている。

   そして、それは特務士官課程推薦での併願となっている。


  普通にこんな形、つまり、駐屯地司令の推薦で軍に入隊する者は少ない。

  少ないというか、ほとんど無い。


 我が帝国において、年間を通じて一人、

 多くても五人ぐらいだ。

 我が帝国で、その参軍応募と教育徴兵の対象者は国内で800万人にも上る。

 その中で、毎年一人から五人だ、駐屯地司令の推薦で軍に入隊する者は。


 なぜそんなに数が少ないかというと、適性優秀ということに尽きる。

 君は ・・・・・ 数少ない、そんな適性を持っている。


 故に、我々に協力してほしい。


 そして、そういう選抜の中から選ばれた故に、優遇措置が受けられる。


 ひとつ、最初から俸給が高い。

 ふたつ、恩給も二クラスから三クラス上になる。

 みっつ、住居など最初から優先優遇される。

 よっつ、ほとんどの場合、特務士官養成課程を経て、准士官からスタートするからだ。 


 403駐屯地司令はこれからの君の待遇を心配して、駐屯地司令推薦という枠を用いている。

 つまり、こうだ。

 君がイヤと言っても、11か月の教練が終わった時点で、

 海軍は君を特別召集特朱で徴兵してしまう。

 それは、結局のところ、ただの海軍二等水兵からでのスタートとなり、

 当然それなりの扱いで俸給も安い。


 特別召集とは名ばかりで、実質それは徴用・徴兵になる。


 だからこそ、軍に協力してくれるならば、通常よりもさらに良い待遇を得られる様に、

 司令推薦枠を用いて、新規の特務士官候補生として志願している形を取ってくれている。


 この心遣い 君はどう見る。


 君にとっては説明が違う、 騙されたと思うかもしれない。

 いや、普通に騙されたと思うだろう。


 君が持つその憤りは、正しい。


 軍のしていることは、欺瞞で詐欺と一緒、不法行為だということで申立てる事ができる。


 わが軍の監察官に、異議申し立てをする権利を君は持っている。


 しかし、すこし考えてほしい。

 我々に協力してほしい。


 我が海軍は ・・・・・


 君のような優秀な適性を持っている人材を必要としている。


 つまり、これからの君の仕事は帝国の安寧に直接貢献できる。


 これは間違いない。

 私が大学を離れて16年。

 間違いなく帝国の安寧に寄与しているという自負がある。

 君も間違いなく貢献できる。


 もう一度いう 我々に協力してほしい。


 今回の件で、軍のしている事は理不尽だ、詐欺だ、ペテンだ。

 そう、声高に叫ぶ事は出来る。


 でも、それをしても君にとって何も益はない.。

 こいつは注意せよと軍から睨まれて生き辛くなるだけだ。

 

 君は特務士官課程に志願してここにいる。

 君の申し立てはわかる。

 話がちがう。

 そうだろう。

 君にとっておいおい話が違うじゃないかということで、

 君は軍務省監察官に今までのことを申立てすることができる。

 監察官が君の申立てを有意とすれば、法務官とともに君の申立てを調査する。

 帝都初級裁判所の公務異議申立て審がある。

 そこで監察官と法務官は公務異議申立ての即決裁判手続きを開始する。

 責任者として私が裁判所から呼び出しを受ける。

 そして、君は通常の一般軍事教練へと廻してほしいと申立てすればよい。

 軍が欺瞞行為をして、騙されたと ・・・・・

 その証人として、君の横にいる中尉に今回の件の証言をしてもらいたまえ。

 中尉は憲兵として自分の正義に沿って、見たまま、有りのまま証言するだろう。


 つまり大騒ぎする手段はある。

 そう、君の憤りを声高に叫ぶ方法はある。

 

 たぶん、君は勝つことになる。


 でも、残念だが、それをしても君にとって何も益はない。


 たぶん、君の申立て通りに結審して、君の希望通りに11か月の教練となる。

 

 ただ、それで終わらない。


  なぜならば、君が優秀だからだ。

 11か月の教練が終わると直ぐに、軍は君に召集令状赤紙を出す。

 どのみち、君がいやだといっても、海軍は君みたいな心理特性を持っている者は

 赤紙、つまり召集令状だ、それで呼ぶ。

 ただの召集令状赤紙じゃない。

 特別召集令状、別名、特朱とくあかと言って、文字通り特別に招集される。

 憲兵が4人ほど、将官用高級車で君を迎えに行く。

 君のいる所へ押しかけ、特別召集令状特朱を君と君の関係者に差し出し、

 直ちに君を将官用高級車で特別に移送する。

 それが特別召集令状特朱だ。


 今回、我々が意図している計画の要員として、君はぴったりなんだ

 真っ先に呼ぶ。

 通常の徴兵ならば、学生は含まれない。

 しかし特別召集令状特朱については、指定外というは存在しない。

 学生だろうが、司祭だろうが、その対象になる。

 もっとも、心身に何らかの形で瑕疵があるならば、特朱の対象とはならない。

 これは国民防衛法に定められている。


 つまり、正規に徴兵する事になる。

 

 11か月の訓練ののち、軍は君を正式に徴兵して、君の適性に合う所へ配属する。



 今回、君は参軍募集に応じたわけだ。

 参軍募集は、通常の教育招集と同じ扱いとなる。

 11か月の教練の中で、特に優秀な者に対しては軍は特別枠を設けて、特別招集特別リクルート・求人する。

 軍の中では、いくつかの計画があり、それに相応しい人材を絶えず調査している。

 そして、見つけ次第、徴用徴兵する事になる。


 君の場合はもちろん特別招集で呼ぶ。

 特別だから、学生だからなんだろうが、真っ先に呼ぶ。

 医師なんかそうだ。

 必要ならば、召集令状赤紙の中でも緊急の召集[特別招集]で引っ張ってくる。

 大学院で研究している学者である医師なんかを真っ先に軍医として特別招集したりする。

 いくつかの例を挙げると、南方植民地の土着病のワクチン開発とか、そこに生息している毒蛇の毒の解毒剤開発要員なんかとしてね。

 実際に私の知り合いが特別招集で海軍の付属機関である海軍病院に所属して、海軍大学校の特別施設で働いている。

 それと同じだ。


 私もそうだった。

 私は正規課程の士官じゃない。

 私は第一大学大学院で内燃機関の研究をしていた。

 とある合金の内燃機関利用の論文を発表したら、それが海軍工廠の技術士官の目に留まり、

 特別召集で、今、海軍工廠で働いている。


 予備検査で軍務不可の判定を受けたずぶの素人の私が、しかも士官待遇でね。

 予備検査での君の軍務判定は、最初に言った様に当然ながら合格になっている。

 しかも優秀を意味する甲種判定だ。

 だから、予備検査で軍務判定不可の意味を君は解らないだろう。


 私は軍務不可の判定だった。

 軍務不可判定を受けた私が、帝国から協力してくれと請われた。

 今は技術士官としての少佐を拝命している。

 陸軍の少佐ならば大隊を指揮するし、海軍少佐ならば駆逐艦とか巡洋艦とかで艦長として指揮する。

 だが、私にはそんな能力はない。


 私の場合は帝室の七大宮家の一つ、ガーネット家のご当主さまから直接請われた。

 大学で培った知見を海軍で活用してほしいと。

 それ以降、海軍で命を懸けて兵器開発に邁進している。

 

 我々は、参軍応募に従って、君を通常の教育訓練を施した後に、

 問答無用とばかりに君を徴兵できる。


 だが、敢えてそうしない。

 君が優秀だからだ。

 それ故に、優遇措置を取ろうとしている。

 我が海軍は君のような優秀な適性を持っている人材を必要としている。

 つまり、これからの君の仕事は帝国の安寧に直接貢献できる。


 もう一度いう。


 我々に協力してほしい 」


 真摯な眼差しで少佐は僕を見ている。

 そこには、欺瞞とか、虚偽とか、不正の文字はなかった。

 ただ、自分の役割を果たそうとしている真摯な眼差しがあった。




 

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